植物学者・牧野富太郎に通ずる鑑識眼をもち、名もなき植物を描き続けた孤高の日本画家を知る

牧野富太郎と堀文子。生きた時代も背景も異なるふたりだが、実は「植物」と「ホルトノキ」で繋がっていた。手記や植物図譜、絵画を通して、共通する思いを探る。

軽井沢(長野県)の林で、スケッチ中の堀文子さん(82歳頃)。堀さんは「見れば見るほど不思議だ」と草花を好んでスケッチした。
協力/一般財団法人堀文子記念館
写真/飯島幸永

牧野富太郎が調査したホルトノキを堀文子が守り通した

4年前、100歳で亡くなるまで『サライ』で画と文による「命といふもの」の連載を続けた日本画家の堀文子さん。
最晩年を過ごした大磯(神奈川県)のアトリエには、堀さんが読み込んでいた『原色牧野植物大図鑑』が置かれる。
その著者こそ、「日本の植物学の父」と呼ばれる牧野富太郎(1862~1957)。NHKの連続テレビ小説『らんまん』の主人公のモデルとなった人物である。
牧野は、植物学者であると同時に、「植物画家」の顔も持っていた。その観察力と描写の緻密さは、牧野の植物図鑑の質を上げている。

東京帝国大学理学部植物学教室助手時代の牧野。右の棚は、植物標本で溢れている。大磯をはじめ各地の採集会に積極的に出かけた。
写真/小石川植物園

堀さんは、牧野の生き方を尊敬していたという。生涯を植物に捧げ、植物を観察し続けた「牧野の目」は、同じく植物を描き続けた堀さんの目に重なる。
絵画制作の下絵にするため、枯れ葉などを集めては紙に貼り、自分流の「植物図譜」を作っていた堀さんの姿は、まさに植物標本を作る牧野そのものだ。

堀さんはさまざまな枯れ葉を集めては、紙に貼り付け絵の構図とした。虫食いの穴は、神が生み出した芸術作品だと常々口にしたという。これが堀さんにとっての「植物図譜」なのだろう。

堀文子と牧野富太郎。ふたりを結びつけているのは、それだけではない。堀さんはアトリエの前に立つ古木ホルトノキ(※)が伐られそうになった際、土地を購入することで救った。実はこの木を、54歳の頃の牧野が採集に来ているのだ。日記に書かれた「高麗山」はホルトノキの辺りの地名で、元は徳川家敷があったという。
大磯のホルトノキで、ふたりは繋がっていたのである。

※千葉県以西の本州、四国、九州および沖縄に分布する常緑樹。

堀さんのアトリエに立つ、樹高20mのホルトノキ。樹齢300年のこの古木を守るため、堀さんは多額の借金をして敷地を購入した。大磯町指定史跡名勝天然記念物。
撮影/高橋 曻
牧野富太郎の日記(大正5年4月16日)に、「横浜植物会、大磯行/徳川邸ヨリ高麗山行」とある。
写真/大磯町郷土資料館
所蔵/高知県立牧野植物園
この時採取した植物一覧には「ホルトノキ」の名が。当時の標本が残る。
写真/東京都立大学・牧野標本館

雑草の美しさ

「雑草という草はない」
牧野が残したとされる言葉だ。
「どんな草にだって、ちゃんと名前がついている」というのが理由だった。
堀さんなら、さらにこう付け加えるに違いない。雑草それぞれに、美しさがある、と。
踏みつけられても、雨風に打たれても、なお堂々と生き抜く雑草に、堀さんは感動し、その姿をたたえるべく、絵に残した。

秋は、植物にとっての晩年だ。葉は枯れ落ち、終わりを待つ。だが堀さんはここに、命を燃やす輝きを見つけ、筆をとった。『華やぐ終焉』2004年、49.8×64.2cm。韮崎大村美術館蔵
牧野の植物図鑑を思わせる、精緻な植物のスケッチ。堀さんは、自身の感動を真っ先にスケッチで写し取った。スケッチ帳は、堀さんが心を動かされた記録ともいえる。

牧野富太郎も、堀文子も、植物の生き様に心打たれたともいえる。
《自己主張や、自己表現ではない絵を描きたい、気に入った植物や美しいと思う風景があれば、ただそれに近づくためだけに絵を描きたい》(『私流に現在を生きる』)
ふたりはただひたすらに植物と向き合ったのだった。

堀文子 略年譜

『サライ』で長期連載。「命といふもの」の植物画

堀文子「命といふもの」描きおろし原画『尾花』額装

雌しべと雄しべのひとつひとつが、花かんざしのように震えている姿を、堀さんは見事に切り取っている。多くの色を使っているわけではないのに、華やかさがある絵だ。
「尾花」とはススキのこと。秋の七草のひとつだ。堀さんは61歳で軽井沢にアトリエを構えたが、その存在に惹かれたのか、そこでもよくススキをスケッチした。

《今、花ざかりの尾花の穂をまじまじと見詰めている。(中略)この目立たない花の精巧な細工は、息をのむばかりだ》(「命といふもの」)
『サライ』の連載で、本ページの作品に添えられた堀さんの言葉だ。私たちもまた、この絵に息をのむ。やがてススキは命の終焉を迎え、綿毛からまた新たな命が生まれる。堀さんが描いたのは、壮大な生の流転のドラマだった。

額装した『尾花』を洋間に飾ってみる。堀さんによれば、晩秋の芒ヶ原を描いたとのこと。約30cm四方の絵にもかかわらず、奥行きや広がりを感じることができる。
作品の裏には、堀さん直筆の題名と署名が添えられている。
作品『尾花』は、『サライ』の連載「命といふもの」のために描かれ、平成19年11月1日号に掲載された。堀さん89歳。

堀文子「命といふもの」描きおろし原画
『尾花』額装

ナカジマアート(日本)
275万円(税込み)
画寸縦32.0×横27.0cm
額寸縦49.7×横44.5×厚さ4.0cm
●額は木、アクリル、布、紙。吊り下げ紐付属。日本製。※すべて直筆サイン入り、一点物の作品となります。
●あわせ買い不可

原画・墨絵のご注文について

作品のお支払いは、銀行振り込み(振込手数料お客様負担)での前払いのみ。代引き、カード決済不可。キャンセル、返品不可。ご注文後、小学館LIFETUNES MALLより詳細をご案内いたします。ご入金確認後、ナカジマアートの担当者より日時などのご相談をし、ご送付希望先へ宅配便で配送、または直接お届けに伺います(弊社の都合で宅配便での対応になる場合もございます)。

堀文子が描いた植物画の展覧会が今秋、東京・銀座で開催

11月16日(木)から29日(水)まで企画展〈堀文子 植物画の軌跡〉を画廊ナカジマアートで開催予定。『サライ』12月号で紹介した作品に関連する植物画が多数展示される。詳しくは公式ウェブサイト(http://www.nakajima-art.com/index.html)を参照。

ナカジマアート
住所:東京都中央区銀座5-5-9 アベビル3階
電話:03・3574・6008
営業時間:11時~18時30分
料金:無料
交通アクセス:東京メトロ銀座線銀座駅より徒歩約3分

 

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