文/印南敦史

衝動的に東海道新幹線に飛び乗ってでかけたくなる、ニッチな一冊|『名古屋の酒場』
きわめてニッチな一冊であると言えよう。

なにしろ『名古屋の酒場』(大竹敏之 著、リベラル社)というタイトルのとおり、名古屋の酒場だけに特化したガイドブックなのだから。つまり、名古屋の酒場に惹かれない人にとってはあまり縁がないとも言える。

しかし、とことん偏っているからこそと興味深いのも事実。“老舗酒場”“酒場系名古屋めし”“立ち飲み”などさまざまなカテゴリーに分け、個性的な店を紹介しているので、おのずと関心も高まってくるのである。

著者は名古屋在住のフリーライターであり、新聞、雑誌、ウェブなどを通じて名古屋情報を発信しているという。『名古屋の喫茶店』『名古屋めし』『名古屋じまん』などの著書もあるようなので、筋金入りの“名古屋ライター”だと言えそうだ。

ところで手羽先や味噌カツなどの「濃い」ご当地グルメが有名なだけに、名古屋人にはいかにも酒に強そうなイメージがあるのではないだろうか(少なくとも私はそう感じていた)。だが著者によれば、そもそも愛知県には飲み屋が少ないのだという。

愛知県の飲み屋(酒場、ビヤホール+バー、キャバレー、ナイトクラブ)の店舗数は約1万1600軒。成人人口比だと47都道府県中34位で全国でも少ない部類に入る。岐阜県、三重県もそれぞれ41位、44位で、東海地方は総じて飲み屋があまり多くない地域だといえるようだ。(本書42ページ「コラム 名古屋の酒場繁盛記」より引用)

意外な気もするが、そもそも飲み屋へ行く・行かないという以前に、東海地方の人は酒に弱いというデータもあるのだそうだ。

1人あたりのアルコール消費量は岐阜、三重、愛知が47都道府県中下から3〜5位に並び(1、2位は滋賀、奈良)、アルコール分解する遺伝子が少ないという報告すらある。(本書42〜43ページ「コラム 名古屋の酒場繁盛記」より引用)

都市部の戦災が激しく、戦時中にほとんどの居酒屋が消滅した名古屋において、戦後の酒飲み文化を支えたのは屋台だった。全国でも有数の屋台街である栄・広小路通りをはじめ、円頓寺、上前津、大曽根、栄生、熱田神宮前などに、最盛期の昭和30年代後半には800軒以上が営業していたのである。

しかしそんな屋台は、名古屋市による浄化政策もあって昭和48年には全面廃止される。

とはいっても、名古屋名物の味噌カツは屋台が発祥だ。屋台時代を経て、苦境を乗り越え、いまなお活況を呈する店も多い。だからこそ、屋台が名古屋の飲み屋文化に遺した功績は決して小さくないと著者は記している。

その後は地元発の居酒屋が台頭し、手羽先の「風来坊」「世界の山ちゃん」など全国進出に成功した企業が生まれたことも知られている。が、その一方、名古屋はとりわけ定番、老舗が強いという傾向もある。

たとえば著者の取材に対し、およそ3000店舗の飲食店に酒を卸している秋田屋の副社長、浅野好司氏もこう説明している。

「味が濃い=豆の文化が根底にあるのでしょう。地のモノで事足りるという豊かさがあるので、保守的な嗜好が今でも守られている。『風来坊』など鳥系の居酒屋も相変わらず強いと感じます。『大甚 本店』や『鳥正』といった歴史がある店に若い人も行くようになっている“老舗の客の新陳代謝”も昨今の傾向。これも地域特有の嗜好が若い世代にも受け継がれていることの現れでしょう」(本書45ページ「コラム 名古屋の酒場繁盛記」より引用)

新たな外食グループが市場を活性化させているものの、昔ながらの老舗の存在感も大きいということだ。また著者によれば、昨今は個性が際立った小規模の個人店も増えているのだとか。

“飲み屋が少ない”“そもそも酒に強くない”という傾向があるとはいえ、他の都市とは異なる「名古屋色」はしっかりと根づき、支持されているということなのだろう。

たしかに本書を見てみても、いい意味で“ひと癖”ある店が多いことに気づく。しかも、それらひとつひとつが視覚的に強烈なメッセージを投げかけてくるので、パラパラとページをめくっているだけで、衝動的に東海道新幹線に飛び乗りたくなってくる。

去る14日には39県における緊急事態宣言の解除が発表され、そのなかには愛知県も含まれていた。だが、まだまだ油断はできず、コロナショックの直撃を受けた飲食店も従来の勢いを完全に取り戻すまでには時間がかかりそうだ。

しかし、いつしか終息した暁には、本書を携えて気になる名古屋の酒場を探索したいところである。

『名古屋の酒場』

大竹敏之 著
リベラル社
1,600円+税
2019年11月

『名古屋の酒場』(大竹敏之 著、リベラル社)文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。
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