ニュースで頻繁に取り上げられるようになった激烈な猛暑、豪雨や台風。なぜ異常気象はここまで増えてきたのか。世界の気象に精通する数少ない気象予報士・森さやかさんの著書『お天気ハンター、異常気象を追う』から、私たちの暮らしに影響を及ぼす異常気象についてご紹介します。

文/森さやか

戦後の自然災害で、2011年の東日本大震災、1995年の阪神・淡路大震災に次ぐ多くの死者を出したのが1959年の伊勢湾台風である。今後、温暖化によって台風が“少数精鋭”化していく中で、いまだかつて経験したことのない「スーパー台風」が襲来する恐れもある。

冒険家マゼランが「平和な海」と呼んだことから名付けられた「太平洋」は、穏やかすぎて船乗りを狂乱させる海でもあった。太平洋の真っ只中、陸地に辿りつかない船にしびれを切らした乗組員はこう嘆いている。「3カ月と20日のあいだ、新鮮な食べ物は何一つ口にしなかった。ビスコットを食べていたが、虫がうじゃうじゃ湧いており、ネズミの小便のにおいも染みついていた。日数がたちすぎて、腐敗し黄色くなった水を飲んだ。帆桁(ほげた)に張り付けてあった牛の皮さえも食べた(※1) 」。穏やかな海だったが、船内は地獄そのものだった。

北西太平洋は世界でもっとも多くの台風を生みだす海域

太平洋は地球全体の3割の広さを持ち、その水量は世界の海洋の半分にも及ぶ。太平洋はあまりに広すぎるから、気象研究の観点から3つに分けられていて、北半球には、アメリカ西海岸沖から日付変更線にかけての「北東太平洋」、日付変更線からアジア沖の「北西太平洋」が、南半球には「南太平洋」がある。そのうち日本も面する北西太平洋で発生し、10分間平均で秒速17メートル以上の風を吹かせる熱帯生まれの低気圧を「台風」と呼ぶ。

日本の天気に大きく影響する北西太平洋は、世界でもっとも物騒な海域である。というのも、ここは世界でもっとも多くの台風を生みだす海域だからである。地球全体では年平均80個ほど誕生するが、その約三分の一に当たる25個ほどがここで発生するし、嵐の世界記録も叩き出している。

まず、2020年の台風19号(コーニー)は、アメリカの分析によるとフィリピン上陸時の最大風速が87メートル(1分平均)と、上陸台風としては世界最強となった。さらに、悪名高き2013年の台風30号(ハイエン)は、フィリピンのサマール島に巨大な高潮をもたらし、重さ180トンもの巨岩を海岸に打ち上げた。これはアフリカゾウ25頭分の重さに匹敵し、台風が運んだ自然界の物体としては、世界最重量といわれている。

このように北西太平洋は、嵐の記録覇者を次々と輩出しているのである。さらに日本を縦断して甚大な被害をもたらした1979年の台風20号(国際名:チップ)は、中心気圧が870ヘクトパスカルの、世界の観測史上もっとも中心気圧の低い台風だ。

一般に気圧が低い台風ほど、風が強くなるのだが、古今東西どの海域を見渡しても、これより低い気圧を持った嵐は記録されたことがない。また普通、小型の台風のほうが強い勢力を維持しやすいのだが、20号は常識破りで、直径2200キロを超える強風域をもつ世界最大の台風でもあった。最盛期には海の上にいたが、その後日本に上陸して110人の命を奪っていった。

驚く人もいるかもしれないが、当時は台風の目の中に専用の航空機が直接突っ込んでいって、計測器を落として気圧を測定していた。だから、この870ヘクトパスカルという数値は、正真正銘の実測値である。「台風チェイサー」などというが、この勇猛果敢なアメリカ軍の“特攻部隊”による観測は1944年に始まり、1980年代に廃止されている。それからは衛星画像から台風の気圧を推測する、安全だが少し味気ない時代に変わった。ちなみにアメリカ周辺では今もハリケーンの航空観測が行われていて、縁あって搭乗させてもらった友人は嘔吐が止まらなかったと嘆いていた。

保険の支払額が史上最高に

この台風製造マシーンの太平洋を目前に、何のバリアもなくたたずんでいるのが日本列島である。上陸数は年平均3個、これに主要四島以外の沖縄などの島や、陸に上がってもすぐに海に出るという“通過”した台風を加えるともっと増える。

過去最強とされる台風は中心気圧925ヘクトパスカルで上陸した1961年18号の第二室戸台風、死者数がもっとも多い台風は1959年15号の伊勢湾台風で、高潮の影響などで5000人以上が犠牲になった。近年はインフラの整備、予報技術の向上、防災への関心の高まりなどで、犠牲者の数は激減している。ただ、ここ数年は、強力な台風が都市部を直撃して、多額の保険金が支払われている。

2018年9月に25年ぶりとなる「非常に強い」勢力で西日本に上陸した台風21号は、西日本の大都市圏を襲った。関西国際空港では観測史上最大瞬間風速となる58.1メートルの突風が吹き、強風で押し流されたタンカーが連絡橋に衝突した。さらに前例のない巨大な高潮が滑走路やターミナルを水浸しにして、空港内では3000人が足止めを食らい、ベンチや床の上で夜を明かした。市街地では屋根が舞い、巨木が倒れ、京都にある任天堂本社のロゴの「N」の文字もどこかに吹き飛んでしまった。そんなこんなで2018年度は、損害保険の支払額が風水害としては国内史上最高額となる1.6兆円となり、青ざめた保険会社は相次いで保険料を引き上げた。

その翌年は、元号が平成から令和になった記念すべき年だったが、都心を含む東日本を台風15号(ファクサイ)と19号(ハギビス)が立て続けに駆け抜けていった。15 号は千葉県のゴルフ練習場の鉄柱を倒し、19号は箱根で日降水量の国内新記録となる922.5ミリの雨を降らせ、土砂災害や洪水で90人以上が命を落とした。強い竜巻も現れて、千葉県では横倒しになった車から男性が遺体で発見されている。

気象庁気象研究所が、過去40年間の台風の経路を調べたら、近年は太平洋側が台風にねらわれやすくなっていたことがわかった。分析によれば、日本の太平洋側に近づくケースが増えていて、前半の20年と後半の20年を比べると、東京は五割、名古屋は3割も接近数が増えていたそうである。その理由は、台風の進路を決定する太平洋高気圧が北と西に大きく張り出していたためというが、この傾向がこのまま続くかは分かっていない。

エリート化する台風

そのほかにも、台風に不穏な変化が起きている。まず雨量が増えていること。スーパーコンピューターの計算では、もし温暖化していなかったら2019年の台風19号の雨量は一割ほど少なかっただろうという。

ただ台風の数は減るかもしれないそうである。地球が暖まると、台風の生まれ故郷の熱帯では上空の空気も暖まり、空の高いところと低いところで温度差が狭まっていく。すると大気が安定するので、雲が発達しにくくなるというのである。数が減るのは万々歳だが、しかしながら強い台風は増えるだろうと言われている。

それは植物の間引きに似ていて、引っこ抜かれなかった元気な苗が土壌の養分を独り占めしてぐんぐん育っていくように、台風もライバルが減る中ひとけのない海上でぬくぬく水蒸気を独り占めし、超エリート化していくのである。だから、これまでは日本に上陸したことのない「スーパー台風」のような超強力な台風が、今世紀中に日本にやってくる可能性も指摘されている。

近頃よくこの「スーパー台風」という言葉を耳にするようになったが、これは米軍が使っている台風のスケールの中で最も強いカテゴリーで、最大風速67メートル(一分平均)以上の台風を指す。日本の気象庁の分類では、最強カテゴリーの「猛烈」に相当する。もし上陸されたら、日本が超巨大な竜巻にひとのみにされるのと同じようなことになり、目も当てられないような被害が出る可能性が高い。しかも台風は今後、上陸後にスピードが遅くなるという予測も出ているから、台風の影響が長引いて恐ろしさはこの上ない。マゼランが穏やかすぎると言っていた太平洋も、いまや変わろうとしている。

※1 『マゼラン 最初の世界一周航海──ピガフェッタ「最初の世界周航」・トランシルヴァーノ「モルッカ諸島遠征調書」』長南実訳(岩波文庫)

* * *

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森さやか(もり・さやか)
NHK WORLD-JAPAN 気象アンカー。南米アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ、横浜で育つ。2011年より現職、英語で世界の天気を伝えるフリーの気象予報士。日本気象学会、日本気象予報士会、日本航空機操縦士協会・航空気象委員会会員。著書に『竜巻の不思議』『天気のしくみ』(共著/共立出版)。最新刊に月刊誌『世界』での連載をまとめた『いま、この惑星で起きていること』(岩波ジュニア新書)。「Yahoo! ニュース個人」では最新の天気記事を執筆。

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