文/印南敦史

昨年1月に還暦を迎えた著者は、『還暦からの人生戦略』(佐藤 優 著、青春新書INTELLIGENCE)の冒頭で、定年後に再雇用された高校時代の友人たちが抱く“戸惑い”について触れている。

再雇用になると賃金が少なくなるという心構えは、誰もができていた。しかし、「実際に収入が減ることで受ける心理的ダメージがこんなに大きいとは思わなかった」と皆が異口同音に言う。特に、大企業の事業本部長や部長で年収1500万円程度だったいう人が、再雇用で年収300万〜500万円になったときの衝撃は大きいようだ。(本書「まえがき」より引用)

組織の構造上、当然のことではある。だが現役時代に組織の中心で活躍していた人ほど、そういった環境に置かれることを苦痛に感じてしまうのかもしれない。

だが、それだけではない。還暦を過ぎれば身体の不調を感じることも少なくないだろうし、ビジネスマン時代とは違って常に家にいるとなると、配偶者とのいさかいが生じることも充分に考えられる。

いままでの“常識”が、常識として機能しなくなるわけだ。だとすれば、やがてそれが生きづらさにつながっていったとしても不思議ではないだろう。

そこで著者は本書において、還暦を過ぎてから多くの人が直面する環境の変化にどう対応するか、いかにしてそこで強く生き残っていくかについての処方箋を提示しているのである。

人間関係とメンタル、働くことの意味、お金の問題、学びと教養、そして私との向き合い方とテーマも幅広いが、なによりもまず気になるのは「孤独と不安」ではないだろうか?

著者も、孤独感と不安感は60代以降の人たちを襲う危険な落とし穴だと指摘している。それは、肉体的に衰え、社会的な役割が変化する世代の宿命なのだとも。

問題は、そんな状況下で上手に自分をコントロールして第二の人生を楽しむ人がいる一方、孤独と不安に押し潰されてしまう人がいることだ。

そうなってしまうのは、意識と行動のシフトチェンジができずに、還暦以前までの生き方と価値観を引きずってしまうからである。

だが、過去の自分がどれだけ華々しかったとしても、それは過去の話に過ぎないのだということを忘れるべきではない。

大切なのは、いまの自分と自分が置かれた立場や環境をしっかり見据えること。そのうえで、過去とは違った価値観のもと、違った生き方をする必要があるということだ。

これを言い換えるなら、「リセット」という言葉がふさわしい。それまでのものを一度リセットして、新たな気持ちと視点で人生を再スタートするのです。(本書23ページより引用)

一般的に、そんな人生のシフトチェンジが求められるタイミングは60歳、還暦を迎える前後だろう。会社や組織のなかで勝ち抜くために突っ走ってきた50代までとは違い、60代からはビジネス社会の価値観と競争原理から外れたところで自分の人生を再構築する必要に迫られるわけだ。

ちなみに「リセット」とは、言い換えると「捨てること」であり、「あきらめ」や「諦観」に近いのかもしれないと著者は記している。

それまでの自分が積み上げてきたものを一度白紙に戻すということだが、それは決して簡単なことではない。人間はどうしても、自分がそれ以前に置かれてきた環境に固執してしまうからだ。

もちろん若いころは、欲望や願望を叶えるため、競争に勝ち抜くために、いろいろなものにこだわり、執着することが原動力になったかもしれない。しかし、60歳を過ぎてもなお同じように固執し続けたとしたら、現実とのギャップに苦しむだけである。

肉体の衰えについても同じだ。これからどんなに鍛えたとしても、20代や30代のころの自分には戻れはしない。したがって、肉体が確実に衰え、いろいろガタがくることを受け入れ、上手につきあっていく必要があるのだ。

実は、私自身の肉体にも危険信号が点滅しています。腎臓の機能が以前から低下していたのですが、最近はクレアチニンの値がかなり高くなっています。(中略)腎機能は基本的に加齢とともに衰え、よくなることはないとされているので、このままいけばそう遠くない時点で人工透析が必要になるでしょう。いわば爆弾を抱えたような体ですが、今さら嘆いたり暗くなったりしても仕方ありません。人工透析にかかる時間や労力などを今から頭に描き、私自身の余命を冷静に考えて、仕事や生活、家族との時間のすごし方を考えています。(本書26ページより引用)

こういう問題に直面した場合は感情に流されず、淡々と向き合うことが大切だと著者はいう。「どうすれば残り時間を増やせるか?」「どうやったら有意義に時間を使えるか?」を冷静に見極める必要があるということだ。

ここまで達観できるのは、著者がプロテスタントのキリスト教徒であるからなのかもしれない。やるべきことをやったら、あとは神に委ねるという宗教的な意識が、人生観の根本にあるわけだ。

だが宗教的な問題を差し置いても、これはすべての人に当てはまる話である。

なんにせよ、大切なのはリセットすること。そして、新たな価値観と視点で人生のゴールに向けて再スタートを切ろうと考えること。そんな気持ちこそが、なにより重要なのである。

『還暦からの人生戦略』
佐藤 優 著
青春新書INTELLIGENCE

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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