『職人歌合画本(しょくにんうたあわせえほん)』より「絵師」/国立国会図書館蔵

『職人歌合画本(しょくにんうたあわせえほん)』より「絵師」/国立国会図書館蔵

『金岡(かなおか)』は、平安時代の絵師・巨勢金岡(こせのかなおか)がシテという、実在の人物が登場する数少ない狂言だ。

巨勢金岡は平安初期の人物で、宮中の障壁画の名作を手掛けた名人だったという。作品は現存しないが、金岡を祖とする巨勢派の絵師が、9世紀から15世紀頃まで宮廷画家として活躍していたという。

金岡には、描いた馬が毎夜抜け出したという左甚五郎(ひだりじんごろう)のような伝説もあり、中世から近世においては著名な存在だったようだ。

狂言が描く金岡は、宮中で見染めた女中に恋慕を募らせる色っぽい男だ。

まず、妻が登場し、夫が十日以上も帰宅せず、物狂いとなって洛中(らくちゅう)をさまよい歩いていると知って、探し歩き清水までやってくる。そこに金岡が「恋ひや恋ひ、われ中空になすな恋…」などと謡いながら登場する。

妻が失踪の原因を問い詰めると、御殿の襖(ふすま)に、四季の図を描いたところ、女中たちが見物に来た。その中に「楊貴妃はいざ知らず、絵にかく天人の姿もいかな、いかな及ぶまい」という二十歳位の美人を見染める。

扇に画を所望され、手渡した笑顔を見て、寝ても覚めても忘れられなくなったと恋心を妻に向って縷々(るる)述べる。もちろん、妻は腹を立てるが、そこは狂言。妻は、名人ならば私の顔に彩色を施し、その女に負けない美人にしてみよと命じる。

金岡は自分の道具を取りだし、思うままに彩色してみるものの、「恋しき人の顔には似いで、狐の化けたに異ならず」と、絵筆を捨てて妻を突き飛ばし、妻に追い込まれるという結末だ。

舞台では、妻の顔に実際、絵具で彩色して笑いを誘うが、金岡の恋心を謡う狂言謡(きょうげんうたい)は難しく、宮廷絵師の品位を踏まえながら恋心を表現する心得を求められるため、屈指の大曲とされている。

写真・文/岡田彩佑実
『サライ』で「歌舞伎」、「文楽」、「能・狂言」など伝統芸能を担当。

※本記事は「まいにちサライ」2013年10月30日掲載分を転載したものです。

 

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