文・絵/牧野良幸

作家の鈴木光司さんが2026年5月に亡くなられた。享年68歳だった。まだ早すぎる逝去は残念でならない。
そこで今回は鈴木光司さんの小説を映画化した『リング』を取り上げたい。今やジャパニーズ・ホラー(Jホラー)の代表作として有名な作品。監督は中田秀夫、脚本は高橋洋である。
1998年(平成10年)の劇場公開時、『リング』は続編の『らせん』と同時上映だったそうだ。シリーズ2本が同時公開というのは珍しい。
ただ僕は劇場ではなくレンタルビデオで『リング』を借りて観た。当時はレンタルビデオが全盛の頃だ。劇場公開とタイムラグはあるものの、新作映画をレンタルビデオで見るというのも珍しくなかった。子どもから大人まで、ビデオが日常の生活に欠かせない時代だからこそ、『リング』のビデオを使ったホラーも生まれたのだと思う。
僕は当時、団地住まいで、『リング』を小さな14インチのブラウン管テレビで見た。それでも怖かった。
それまで僕の中で一番怖いホラー映画はイタリアの『サスペリア』という映画だったのだが、『リング』はそれ以上の怖さだった。そういえば、この頃プレステの「バイオハザード」にもハマり、毎晩震えながらゲームをしていた。僕の人生でいちばんホラーに浸っていた時期だったかもしれない。
「バイオハザード」は怖いながらも繰り返しプレイできたが、『リング』は怖すぎて、以後封印した。近年は配信などで見かけても近寄らないようにしていた。あらすじがわかっていても怖い。いやわかっているからこそ怖いのが『リング』なのだ。
しかし今回エッセイに取り上げる以上、見なければならない。DVDを取り寄せて家に置いておいたら、妻が「ディスクを見ただけで、あのシーンが浮かんでくる」と言ってきた。気になって夜眠れなかったようだ。
小説も久しぶりに読んでみようと、図書館に借りに行ったら、受付の人に「怖くないんですか!?」と心配された。怖いけど仕事だから、とも言えず、笑って本を受け取った。小説は出版から35年、映画は公開から28年も経っているのに、いまだに国民的に怖がられているなあと実感。
なので今回は大方の人がストーリーを知っているつもりで書かせていただく。また貞子についても知っている前提で書かせていただく(なにせプロ野球の始球式にも出るくらい、有名キャラクターになっている)。
物語の最初は女子高校生の大石智子(竹内結子)が謎の変死をする場面である。智子は同級生たちとペンションに泊まった時に「このビデオを見たら1週間後に死ぬ」という呪いのビデオを見てしまう。見た者には怪電話がかかってくるという。その1週間後が今夜だった。
彼女は家で友だちの雅美(佐藤仁美)と留守番をしている。智子は雅美に呪いのビデオの話をするが、冗談にしてしまう。この場面で早くもヒンヤリしてくる。小さい頃、友だちと怪談の話をしていると、昼間でも周りの空間が何やら怖く感じられるのと一緒だ。
と、そこに電話が鳴る。硬直する二人。雅美が恐る恐ると出ると、それは智子の両親からの電話だった。見に行っているナイターが伸びて帰りが遅くなる連絡だった。安心して大笑いする二人。同じく安心するのは映画を見ている我々もだ。
雅美はトイレにいく。台所でひとりになった智子。と、突然リビングのテレビがつく。プロ野球が流れる。初めて『リング』を見た時、テレビが突然つくというのが、いかに怖いか初めて知った。飛び上がった人もいたかもしれない。
テレビのスイッチを切る智子。雅美はまだ戻ってこない。智子は冷蔵庫から飲み物を取り出そうとする。と、その時、智子は背後に不気味な気配を感じ、振り向くと……。
『リング』はこの冒頭から怖かった。それまでホラー映画は、外国のいかにも怪しげな洋館だとか廃墟が舞台だったのだが、ここでは日本のよくある普通の家。智子と雅美の会話で見るものをヒンヤリとさせ、恐怖の正体を見せない。これが世界に注目されるジャパニーズ・ホラー初体験だったかもしれない。今見ると地を這うような低音や、切り裂くようなストリングス、不気味な効果音が効果的に使われているのがわかる。
怖いと言えば、呪いのビデオの謎を追う浅川玲子(松嶋菜々子)が箱根のロッジでビデオを見るシーン。ここも怖かった。ホラー映画でよくある、主人公に「それしちゃ、だめ」と言いたくなる、あのパターンであるが、玲子がロッジの管理人室でそのビデオを見つけた時から、もう怖い。たくさんの映画のビデオの中に、そのビデオが並んでいるだけで怖い。ここも効果音が効いている。
怖い場面を取り出したらキリがないので、好きなシーンも書いておこう。実は『リング』には安心して見ていられるシーンも多い。とにかく主人公の玲子が、モデル出身の松嶋菜々子ということで華やかだ。原作では浅川は男性だけれど、女性にして正解だったと思う。
玲子の元夫で、玲子と一緒に謎を追う高山竜司(真田広之)の存在も大きい。いかにも頼り甲斐のある真田広之の竜司がいるからこそ、僕はこの映画を見続けられたと言ってもいい。玲子と竜司、この二人が呪いのビデオの謎を解き明かしていく過程は、松本清張サスペンスに匹敵するくらい見応えがある。
ただ玲子と竜司も呪いのビデオを見ているから、1週間というタイムリミットが迫ってきて、物語はじわじわとホラー度を増していく。
玲子がタイムリミットを迎える夜。とうとう二人は、呪いのビデオを生み出した貞子が眠っているとされる井戸にたどり着いた。ここに呪いを解く手がかりがあるかもしれない。
ここが恐怖のクライマックスだと思ったが映画はその上をいく。玲子と竜司が呪いから逃れたと思わせながら、映画は誰も予期しなかったシーン。この展開こそが『リング』が単なるホラーにとどまらず、今もみんなが、それこそDVDや文庫本を見ただけで震えてしまう所以であろう。
こうして『リング』の恐怖を僕なりに追体験してみると、映画化の巧みさは言うまでもないが、こんな怖い話を書いた鈴木光司氏のストーリーテラーとしての才能に敬服してしまう。小説は『リング』のあと『らせん』『ループ』と続いた。僕も当時読んだが、どんどん意外な展開に発展していくストーリーにはびっくりしたものだ。あらためて鈴木光司氏のご冥福をお祈りしたい。
* * *
【今日の面白すぎる日本映画】
『リング』
1998年
上映時間:95分
監督:中田秀夫
脚本:高橋洋
原作:鈴木光司
撮影:林淳一郎
音楽:川井憲次
出演者:松嶋菜々子、真田広之、中谷美紀、竹内結子、佐藤仁美、松重豊ほか
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記 1971-1976 増補改訂版』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

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