
若い頃は、自分の目標や理想像を胸に、格言やことわざ、名言を「心のコンパス」のように携えていた人も多いのではないでしょうか? ところが、仕事・家庭・健康など、日々の優先順位に追われるうちに、気づけば「こんなはずじゃなかった」と思う瞬間もあります。
ただ、いまは人生を途中で描き直せる時代です。転職や学び直し、暮らしの整え直しも、珍しくありません。情報は検索やAIが助けてくれますが、「自分はどう生きたいか」だけは、自分の言葉で確かめる必要があります。そんな「芯」となる座右の銘を、改めて持ってみませんか?
今回の座右の銘にしたい言葉は「眼光紙背」(がんこうしはい) をご紹介します。
「眼光紙背」の意味
「眼光紙背」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「書物の字句の背後にある深い意味をも読みとる」とあります。「眼光」は、物事を見抜く鋭いまなざしのこと。「紙背」は、文字どおり紙の裏側を意味します。もちろん、実際に紙を透かして見るという話ではありません。書かれた文字の背後にある考えや意図にまで目を向ける、という比喩です。
多くの場合、「眼光紙背に徹する」という形で使われます。「徹する」には、奥深くまで行き届くという意味があります。したがって、「眼光紙背に徹する」は、文章を注意深く読み込み、字面の奥にある意味まで理解することです。
現代はインターネットの普及により、誰もが膨大な情報に瞬時にアクセスできる時代になりました。しかし、情報が多いからこそ、表面的なニュースの見出しや、誰かの切り取られた発言だけで物事を判断してしまう危険性も潜んでいます。
そんな時代だからこそ、物事の背景を想像し、真実を見極めようとする「眼光紙背」の精神は、私たちに非常に大切な視座を与えてくれます。
「眼光紙背」の由来
この言葉は江戸時代末期の儒学者・塩谷宕陰(しおのや・とういん)が著した『安井仲平の東遊するを送る序』に由来します。
安井仲平(やすい・ちゅうへい)の才能について、「書を読むに眼は紙背に透る」(読書するときには、書かれている紙の裏まで見通す)と激賞しています。
読書というと、若い頃は知識を増やすために冊数を重ねることへ関心が向きがちです。しかし、年齢を重ねると、一冊の本から受け取れるものが変わってきます。以前は何気なく通り過ぎた一文が、仕事や家族、老いを経験した後には、胸に深く響くこともあるでしょう。
「眼光紙背」は、速くたくさん読むことだけをよしとしません。一つの言葉に立ち止まり、自分の人生と照らし合わせながら考える。その読み方にこそ価値がある、と教えてくれるのです。

「眼光紙背」を座右の銘としてスピーチするなら
「眼光紙背」を座右の銘としてスピーチする際には「なぜ、その言葉を選んだのか」を、自分の体験と結び付けて語ると、聞き手の印象に残ります。以下に「眼光紙背」を取り入れたスピーチの例をあげます。
新しいプロジェクトのキックオフでのスピーチ例
私の座右の銘は「眼光紙背」です。眼の光が紙の背中、つまり裏側まで突き抜けるという意味で、表面的な言葉だけでなく、その奥にある真意や本質を深く読み取ることを指す言葉です。
若い頃の私は、仕事の速さや効率ばかりを追い求め、報告書の表面的な数字や、お客様の表面的な言葉だけを受け取って失敗したことが何度もありました。「なぜこの問題が起きたのか?」「お客様は本当は何に困っているのか?」という、言葉の裏側にある本質にまで考えが及んでいなかったのです。
その反省から、私は「眼光紙背」という言葉を心に留めるようになりました。
これから皆様と一緒に仕事を進めていく中で、もちろん迅速な対応は大切にします。しかし同時に、目に見える事象の裏側にある背景を想像し、相手の本当の思いを汲み取れるような、深い洞察力を持った人間でありたいと思っています。
インターネットで検索すればすぐに答えが出る時代ですが、人と人との関わりの中で生まれる「見えない思い」は、私たちがしっかりと目を凝らさなければ見えてきません。皆様とのコミュニケーションにおいても、言葉の奥にある真意を大切にしながら、より良いチームを作っていきたいと存じます。
最後に
「眼光紙背」は、単に読書を深めるための言葉ではなく、他者への思いやりや、社会を見つめる真摯な眼差しを育ててくれる言葉です。人生の経験を積み重ねてきた皆様だからこそ、この言葉の本当の重みと温かさを、周りの世代に伝えていけるのではないでしょうか。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com











