えなりかずきと「子役スター祭り」

A:さて、蔦重(演・横浜流星)ら周辺で展開される文化人の狂歌の会の雰囲気も楽しそうですし、仲間が集って案思(あんじ、構想のこと)を話し合う場面など、この時代の市井の自由な空気がみなぎっていたことがわかります。そして、その自由な空気を醸成したのが、将軍家治(演・眞島秀和)を頂点とする幕閣の構成。家治は、田沼意次に信を置いて、政治向きはすべて任せていた感じです。家治の祖父徳川吉宗は家治の利発さに期待していたといわれていますから、家治自身、自分で政治に向き合うという選択肢もあったかと思います。
I:それをせずに、政治向きは松平武元(演・石坂浩二)、田沼意次らに任せたというのは、将軍として優秀だったということをいいたいのですね。
A:おもしろいのは、『赤蝦夷風説考』を受けて、蔦重らのグループが関連本の出版をしたことです。この部分が劇中で描かれるのかどうかはわかりませんが、恋川春町(演・岡山天音)執筆の『悦贔屓蝦夷押領(よろこんぶひいきのえぞおし)』という本。「悦」の字を「よろこんぶ」と読ませているのは地口風でもあり、蝦夷地特産の「昆布」にかけているものです。エカチェリーナ2世をモデルにしたと思われる「奥蝦夷女王」が登場し、源義経一行の冒険譚という筋で、蝦夷特産の昆布などを雲に乗って運んでくるという内容です。
I:奇天烈ですけど面白そうですね。松前藩の藩主松前道廣(演・えなりかずき)が登場しました。演者のイメージだと、「良い藩主」なのかと思いきや、かなりの非道な藩主のようで、ちょっとびっくりです。
A:演者のイメージって、確かにそう思われるのは否めないですが、当時から道廣の噂はよくないようです。
I:それにしても、えなりかずきさんの登場で、『べらぼう』では「子役スター祭り」を意図しているのが鮮明になりましたね。大黒屋の女将りつを演じる安達祐実さんは、「同情するなら金をくれ」で一世を風靡した『家なき子』(1994年)で天才小役の名をほしいままにしました。大文字屋で「かぼちゃ」と称される妓楼主を演じた伊藤淳史さんも4歳の時に、バラエティ番組の「ちびノリダー役」で一躍人気者になり、1989年の大河ドラマ『春日局』では徳川家光の竹千代時代を熱演しました。花魁誰袖役の福原遥さんもNHKの『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』のまいんちゃん役で大人気。今でも彼女のことを「まいんちゃん」と呼んで見守っているファンも多いらしいですよ。さらに、松平定信の少年期(田安賢丸)を演じた寺田心さんも3歳から芸能活動を始めて、出演したCMで大ブレイク。2017年の『おんな城主 直虎』では、井伊直政の幼少期(虎松)を演じました。
A:確かに、みなさん一世を風靡した方々ばかり。オールドファンにとってはうれしい限りというか、来し方を振り返って感じ入る機会になるのではないでしょうか。それにしてもえなりさん、安達さん、伊藤さんなどは30年以上も活躍されているわけですから頭が下がります。
I:さて、松前道廣の話に戻ります。この人物、3万石の小藩の藩主なのですが、女郎を身請けするなど、吉原で派手に遊興していたことも知られています。藩主といえども3万石。どこからそんな遊興費を捻出できたのでしょう。
A:いわゆる「抜け荷」といわれる密貿易が疑われるわけです。江戸からの距離が遠いということで薩摩藩と共通するのですが、「抜け荷」のキーワードまで一緒ですね。遠いからなかなか監視の目が行き届かない。そういえば、監視の目が行き届かないといえば、現代も深刻です。新聞、テレビ、雑誌のジャーナリズム界隈は「調査報道」をする体力が年々そがれています。令和の米騒動で顕著なのですが、米がなぜ急激に高騰したのか、その真相になかなか迫れない。
I:現代にも通じるテーマなわけですね。
山東京伝が登場

I:北尾重政(演・橋本淳)のもとで絵師をしていた北尾政演(演・古川雄大)が、蔦重らに知られることなく黄表紙デビューしていたことが描かれました。
A:絵も描ける、ストーリーも構成できる。現在の漫画家のような才能の持ち主だったのが北尾政演。山東京伝(さんとうきょうでん)という戯名を名乗り、ベストセラーを連発する作家となります。
I:恋川春町や朋誠堂喜三二(演・尾美としのり)は武士階級出身ですが、山東京伝は町人の出。元禄のころには近松門左衛門や井原西鶴など「上方町人文化」が一世を風靡しましたが、京都の鶴屋などが江戸にも拠点を構えて、江戸の町人文化も爛熟期を迎えつつあるのですね。
A:江戸文化研究家の車浮代さんの『蔦屋重三郎と江戸文化を創った13人』(PHP文庫)の受け売りですが、北尾政演=山東京伝が手がけて、と劇中で登場した『御存商売物』についてこう説明しています。〈この『手前勝手御存商売物』は「江戸の版元で働く絵師が、本の構想を閃いた」という内容で半ば自分自身を主人公にしたような物語です〉としたうえで、主人公が〈仕事中にうたたねしたこと〉〈その際にみた夢の中に赤本、黒本、青本などの出版物が擬人化して登場〉と説明しています。
A:夢を見ている最中に夢の中で展開される物語といえば、恋川春町の『金々先生栄花夢』、朋誠堂喜三二の『見徳一炊夢』と同じような骨組みですし、赤本などの本を擬人化するというスタイルは、「とんだ茶釜」「大木の切口太いの根」などの「地口」を擬人化した『辞闘戦新根(ことばたたかいあたらしいのね)』を髣髴とさせます。
I:大田南畝(演・桐谷健太)も評価していましたけど、二番煎じ、三番煎じを気にしないっていうスタイルですね(笑)。『辞闘戦新根』の「歌舞伎の大見得を切る鯛の味噌ず」「とんだ茶釜」「妖怪のような大木の切口太いの根」は『初めての大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」歴史おもしろBOOK』に掲載されてましたね。
A:そして狂歌を詠みあうという流れになりました。狂歌については次週に詳報しましょう。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
