今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「牛肉を食べ、ビールを飲めば一人前の人間になれると思っている馬鹿な鳥の肖像」
--チャールズ・ワーグマン

ロンドン生まれの英国人チャールズ・ワーグマンが日本へやってきたのは、幕末の文久元年(1861)4月。イギリスの絵入り新聞『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』の特派画家兼通信員としての来日であった。翌年、主に横浜、長崎、神戸の居留地にいる外国人たちに読ませるための諷刺雑誌『ジャパン・パンチ』を創刊。日本初の漫画雑誌とも位置づけられるこの雑誌は、不定期刊行ながら明治20年(1887)までつづいた。

上に掲げたことばは、その『ジャパン・パンチ』明治5年(1872)11月号に掲載されたもの(原文は英語)。ビールを傍らに置いて牛肉を食べる鳥のイラストがあり、それを説明する形でこの一文が付されている。ここでは、鳥は「日本人」の象徴に他ならない。やみくもに文明開化による欧化運動をすすめ、西洋文明を無批判・無差別に受け入れようとしている日本人に対する痛烈な皮肉である。描かれている鳥がオウム、すなわち「ものまね鳥」ということが、諷刺の度合いを一層強めている。

多くの外国人には、当時の日本人の姿はこう映っていたということだろう。

夏目漱石は『現代日本の開化』という批評文の中で、この問題を日本人の内面から掘りさげ、こう書いている。

「日本の現代の開化を支配している波は西洋の潮流でその波を渡る日本人は西洋人ではないのだから、新しい波が寄せるたびに自分がその中で食客(いそうろう)をして気兼ねをしているような気持になる。(略)食膳に向かってその皿の数を味わい尽くすどころか元来どんな御馳走が出たかはっきりと眼に映じない前にもう膳を引いて新しいのを並べられたと同じことであります。こういう開化の影響を受ける国民はどこかに空虚の感がなければなりません。またどこかに不安の念を懐(いだ)かなければなりません」

ワーグマンもまた、単に日本を揶揄するような目で見ていただけではない。

慶応3年(1867)1月号の同誌では、「幕府」氏(擬人化した江戸幕府)に新しい洋風の身だしなみを整えてやるフランス公使ロッシュと、その外で外敵を防ぐためレンガを積んで頑丈な家をつくってやるイギリス公使パークスの姿を描き、「占領軍なのか外交使節なのか」という説明文をつけた。英仏の外交攻勢が、幕末・維新の日本に大きな影を投げかけていた一面が、ジャーナリスティックに切り取られている。

ワーグマンは文久3年(1863)には日本人の妻を娶り、高橋由一ら日本人画家の指導もした。明治24年(1891)横浜にて没。享年58。亡骸は外人墓地に葬られた。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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