文/一乗谷かおり

私がボランティアをしている保護猫シェルターでは、様々な出自の猫たちが里親さんが見つかるまでの間、一緒に暮らしています。

保健所から引き出されてきた猫、野良出身の母子、捨て猫、引っ越しの際に飼い主に置き去りにされた猫、そして多頭崩壊現場から救出された猫……出自が違えば、ライフスタイル、性格も十にゃん十色です。

現在は30匹ほどの猫たちがシェルター(広々としたマンションの一室)にいますが、たまの小競り合いはあるものの、おおむねみんな、仲良く過ごしています。

でも、最近ちょっと気になることが。シェルターにやってきて2年ほど経つ5歳の男の子・冬馬が、昨年シェルターに加わった1歳半の男の子・ちび丸に厳しい態度を取るようになったのです。

孤高の冬馬。基本的に猫嫌いで、他の猫のことは極力無視している。

孤高の冬馬。基本的に猫嫌いで、他の猫のことは極力無視している。

■いつもおとなしい冬馬がなぜ?

冬馬はある日突然、駐車場に現れ、ゆくあてもなくうろうろしていたところを保護されました。人慣れした様子や手足などの汚れ具合などからも、おそらく飼われていたのに、捨てられたのだと思います。

シェルターに来てからは、他の猫たちとの交流をあまり好まず、ひとりでゆったり過ごすのがお好み。玩具などで人と遊ぶのは大好きだし、甘えて膝に乗ってくることもあります。

他の猫のことは自分から避けているようで、おそらく以前は1匹だけで飼われていたのかな、と想像しています。グレーのキレイなコートをまとった、孤高のハンサムくん。そんなイメージです。

一方のちび丸は、淡い茶色のミルクティー色、いわゆる「笹かま」模様の猫です。高齢の飼い主さんが飼い猫たちの面倒を見切れなくなり、手放した猫の1匹です。

人懐っこくて甘えん坊、抱っこも大好きで、すぐにごろごろ喉を鳴らし始めます。そしてわんぱく。猫じゃらしが大好きで、遊びの時間にはいつもいの一番で参戦してきます。

ちび丸がシェルターに来た当初は、冬馬は特に関心も示さず、無視を決め込んでいました。他の猫に対しても冬馬はだいたいそんな態度です。でも、しばらく経つと、冬馬がちび丸に威嚇しているのを頻繁に見かけるようになりました。威嚇されるとちび丸は、目を細くすぼめてイカ耳になって、小さくなってじっと災禍が過ぎるのを待っています。

いつもは猫に無関心の冬馬が、どうしてちび丸のことを気にするのか、最初は不思議でした。でも何日か観察をしたところ、冬馬がちび丸に怒り始めるタイミングがわかってきました。

どうも冬馬は、ちび丸がトイレ以外の場所でおしっこをすると、怒るようなのです。

わんぱく盛りのちび丸。甘えん坊でイケメンでいい子なんだけど、いかんせんトイレ癖が…。

わんぱく盛りのちび丸。甘えん坊でイケメンでいい子なんだけど、いかんせんトイレ癖が…。

■冬馬の威嚇は教育的指導だった!

シェルターには衣装ケースを利用した大型トイレ5台と、室内の壁際に並べてある6つほどのケージの中に、中型のトイレを各ひとつずつ設置してあります。新入りさんが慣れるまでの間入っているケージもありますが、普段はドア部分を外して猫たちが自由に出入りできるようになっています。

トイレの砂の種類も変えてあるので、猫たちは大きさや場所、砂のタイプなど、自分の好みに合ったトイレを選べるようになっています。

でも、どういうわけかちび丸は、こんなにもたくさんトイレの選択肢があるのに、トイレでは用を足してくれないのです。ちび丸のお気に入りは、クッション、台所の壁、窓際などなど。トイレ以外のところを自分用のトイレと決めていたるところでおしっこをしてしまいます。

じつはちび丸が育った家には猫用のトイレはなく、部屋や廊下に散乱する新聞紙やチラシ、段ボール箱などに適当に用を足していました。ボランティアが訪れた時には、家の中は悪臭が漂い、排せつ物の山がいたるところにできていました。

それに、ちび丸は外で暮らしたこともなかったため、土や砂を掘るといった行為もしたことがなかったのです。だから、シェルターに来て初めて、飼い猫が一般的に使うトイレというものを見たのです。

でも、使ったことがないものをすぐに上手に使えるようになるわけありません。野良出身の猫も、土を掘る経験があるためか、たいていは飼い猫用のトイレもすぐに慣れて使えるようになる猫が多いのですが、ちび丸はどうにもうまくいきませんでした。

ちび丸が“おしっこ太郎”だということは、早い段階からわかっていました。トイレ問題は重要で、ちゃんとトイレが使えないと里親さんが決まりづらいし、決まっても結局里親さんが音を上げてシェルターに戻されてしまうこともあるのです。だから、ちび丸のトイレ癖もなんとか直したいと思っていました。

でも、猫のしつけは基本的に、いたずらや、して欲しくないことをしたら即座に(0.3秒以内くらいに)叱らなければ、何に対して叱られているのかわからないといいます。シェルターでは大勢の猫たちのお世話をしているし、無人になることもままあるため、毎度毎度、教え込むのも難しい状態です。

ところが、ちび丸のトイレ癖に嫌気がさしたのか、困っている私たちの気持ちを汲んでか、冬馬は自主的にちび丸の教育に乗り出したのです。ちび丸がトイレ以外の場所でおしっこをすると、すかさず冬馬がちび丸の側まで行って、叱りつけるのです。しかも、一度や二度ではなく、その都度です。

冬馬「お前さ、ちゃんとトイレ使えよ。みんなの迷惑だろう。わかってんのか?あん!?」

ちび丸「ごめんなさい~(怖いよー怖いよー)」

まさかそんな会話はしていないとは思いますが、そう思わせる2匹のやり取りなのです。

怒られたからといって、すっかり板についた癖がすぐに直せるはずもないのですが、毎日毎日、冬馬に注意されているうちに、少しずつちび丸が変わってきました。とりあえず、トイレに入ってみようと思うようになったようなのです。

冬馬にこっぴどく叱られて凹むちび丸。

冬馬にこっぴどく叱られて凹むちび丸。

先日、ちび丸の様子をさりげなく見ていたら、まずは5つある大型トイレにひとつずつ入って確認し、今度はケージの中の中型トイレの様子を見て、また大型トイレに戻ってきて、鉱物系の砂の入ったトイレでおしっこをしました。

結局、数時間後にはクッションにおしっこをしてまた冬馬に怒られていましたが、それでも大進歩です。冬馬の協力で一日も早くトイレ癖を直して、ずっと大事にしてくれる新しい家族がちび丸を迎えてくれますように。

文/一乗谷かおり

【参考図書】
『わさびちゃんちのぽんちゃん保育園』
(著/わさびちゃんファミリー、本体1,000円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09343443

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わさびちゃんにまつわるシリーズの第3弾『わさびちゃんちのぽんちゃん保育園』(小学館)

■わさびちゃんファミリー(わさびちゃんち)
カラスに襲われて瀕死の子猫「わさびちゃん」を救助した北海道在住の若い夫妻。ふたりの献身的な介護と深い愛情で次第に元気になっていったわさびちゃんの姿は、ネット界で話題に。その後、突然その短い生涯を終えた子猫わさびちゃんの感動の実話をつづった『ありがとう!わさびちゃん』(小学館刊)と、わさびちゃん亡き後、夫妻が保護した子猫の「一味ちゃん」の物語『わさびちゃんちの一味ちゃん』(小学館刊)は、日本中の愛猫家の心を震わせ、これまでにも多くの不幸な猫の保護活動に大きく貢献している。

 

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