文/鈴木拓也

かつては、炭鉱の街として栄えた熊本県荒尾市。
現在の人口は5万人近く。住民の多くは、すぐ隣の福岡県大牟田市に通学・通勤している。これといった産業もなく、典型的な過疎の街と呼べるかもしれない。
危機を打開すべく、様々な施策を実行しているのが、浅田敏彦市長と市役所の職員たちだ。自治体の中でいち早くスマートシティ構想を打ち出し、便利で暮らしやすいまちづくりに邁進。それらの取り組みに、全国から注目が集まっている。
目玉となる施策の1つが、市立図書館の新設だ。1973年に建てた図書館はあるが、老朽化が進んでいる上にスペースが狭く、市民からも建て替えを要望する声が多かった。
普通であれば、十数億円の費用と5年の工期がかかるこのプロジェクト、知恵と人脈を駆使して、約7億円に抑えて1年半で完成にこぎ着けた。この難事業に大きな役割を果たしたのが、紀伊國屋書店・代表取締役会長の高井昌史さん。経緯は、自著『奇跡のプロジェクト 図書館が街を変えた!』(東洋経済新報社 https://str.toyokeizai.net/books/9784492503614/)に詳しい。
縁が結んだ図書館の新設事業
1971年に紀伊國屋書店に入社した高井さんは、大学・官公庁向けに営業を行う外商としてキャリアをスタート。その数年後、宇都宮市立図書館の立ち上げにかかわり、以後多くの公共図書館の設立に尽力した。
現在は同社の会長を務める高井さんだが、海外出張の際は必ず現地の図書館を巡るなど、諸外国の図書館事情に明るい。そして、「日本の図書館にできることは、まだまだあるように思います」と、本書の中で指摘する。
高井さんの図書館に対する長年の問題意識が、荒尾市立図書館のリニューアルにつながった。ゼロからの建設は予算上難しいと考えた荒尾市は、既存の大型商業施設「あらおシティモール」のテナントとして図書館を入れる計画を立てた。第三セクターの1社としてモールを運営する株式会社イズミは、西日本に多数のショッピングセンターを展開する小売企業である。その一部店舗には紀伊國屋書店も出店していて、深い縁で結ばれていたのである。イズミが、高井さんと浅田市長をとりもち、2人は初めて出会う。高井さんは、「浅田市長の意欲と熱意に感銘を受けました」と述懐している。
こうして、荒尾市立図書館の新設計画が具体的に動き出した。
「デジタル化」を盛り込んだ先進的な設計
高井さんが、図書館の仕事に携わるのは実に40年ぶり。しかし、浅田市長の話を聞いて気持ちが高まり、自らプランを練ることにしたという。
掲げたキーワードは「デジタル化」。所蔵する本はデジタル化して、利用者がいつでもどこからでも閲覧できるようにする。また、貸出業務も電子化するなど利便性を重視した。ただし、紙の本は変わらず重要である点も忘れなかった。
基本的な構想ができたところで、社内のスタッフを集めて細部を詰めた。高井さんは、荒尾市に出向いて完成したプランを提案し、最終的に市の了承を得る。
開館予定日は、市との連携協定の締結から1年半足らず。予算もタイトである上に、コロナ禍という大きな制約もあった。
デザインの基本構想は、ケイニータン・アーキテクツ(シンガポール)に所属する建築家の川上祥志さんが担当した。同社は、紀伊國屋書店の店舗デザインをいくつか手がけており、先端的なデザインに定評があった。
高井さんが、川上さんに出した要望は大きく2つ。1つは「誰も見たことがないような」デジタルライブラリーを備えること、もう1つは、荒尾市の自然環境・歴史を基本コンセプトに織り込むということであった。関係者も交えて検討を重ねた末、コンセプトは「おおらかな本の干潟へ」となった。ここには、ラムサール条約湿地に登録された荒尾干潟があり、その雄大な開放感をデザインに生かすことで決まった。
数年で来館者は累計100万人を突破
2022年4月、工期に遅れることなく新図書館は無事オープンした。
旧図書館の4倍の約1000坪の広さがあり、蔵書数は10.5万冊で郷土資料も充実させた。メインの開架エリアは「干潟の広場」と名付けられ、ゆったりと余裕ある空間には、潮だまりをイメージした書架が弧を描く。席は1~8人用まで様々あり、コロナ禍の教訓もあって、互いの距離は離している。
デジタルライブラリーのエリアは、大画面のモニターが壁面に設置され、電子書籍や荒尾市の関連情報を閲覧できる。

その他、様々な新機軸が盛り込まれた図書館だが、高井さんは、「このようなプランを他の図書館で見ることは、ほとんどありません」と記している。また、図書館を単に本を読むだけのスペースに終わらせず、家庭、学校・職場とは別の「第三の場所」としての利用も期待する。
新図書館は市民の評価も高く、初年度の来館者数は約28万人に上った。旧図書館はそれが約4万人であったことを考えると、大成功と言うほかない。2026年5月には、累計100万人を突破している。
図書館の隣に紀伊國屋書店をオープン
来館者数の多さは、図書館そのものの魅力だけではなく、モール内に位置していることも大きい。買い物ついでに、ちょっと立ち寄る人もいるからだ。
また、特筆すべき点として、新図書館と同時に紀伊國屋書店もその隣にオープンしている。書店では、コミックスや人気作家の小説がよく売れるという。紀伊國屋書店が、人口5万人弱の都市に出店するのは前例がなく、顧客層の事前分析には頭を悩ませたそうだ。今は、6~7割がシニア層で、脳トレになるクイズ・パズル雑誌も、売れ筋のジャンルになっている。
高井さんは、図書館と書店は、近くにあっても競合するものではないと言う。実際、「あれは図書館で読もう、これは書店で買おう」と使い分けている人も多い。また、図書館と書店がコラボし、作家を呼んで講演会を行うなどイベントも盛んに主催。集客効果は「絶大」で、1回で100人以上が集まり、出版社の人も驚くほど。
「荒尾に紀伊國屋書店が来てくれて楽しいという声をよくいただきます」と、高井さんは記している。書店経営者として、これほど嬉しい言葉はないであろう。日本の書店界は活気を失い続けているが、発想と工夫によってまだできることはあるのではないか。いろいろな気づきを得られる1冊である。
【今日の教養を高める1冊】
『奇跡のプロジェクト 図書館が街を変えた!』

定価1980円
東洋経済新報社
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。











