備中松山城(写真:photoAC)

今回は「岡山と日本酒」がテーマです。日本酒がはじめての方にこそ知っていただきたいのが、岡山を代表する酒米「雄町」(おまち)です。この一粒の米を入り口に、岡山ならではの気候や杜氏の技、そして個性豊かな銘柄まで、じっくりご紹介していきます。

文/山内祐治

岡山の日本酒は、酒米「雄町」を知ることから始まる

岡山県の日本酒がはじめての方には、ぜひ「雄町」という酒米を岡山とセットで覚えていただきたいと思います。

雄町は現在、酒米の生産量で全国4位(年によっては5位)に入るお米です。トップクラスの酒米の中でも、抜群に古い品種であることが特徴です。よく知られる山田錦の誕生は今からおよそ90年前ですが、雄町はさらにさかのぼり、江戸時代の1859年、安政6年に発見されました。

発見したのは、備前国(現在の岡山市中区雄町)の篤農家(とくのうか)・岸本甚造さんです。伯耆大山への参拝の帰り道、珍しい稲穂を2本見つけて持ち帰り、栽培を重ねたのが始まりとされています。当初は「二本草」と呼ばれていましたが、やがて栽培地の名前をとって「雄町」と呼ばれるようになりました。

雄町の出穂の様子。稲の先にのぎが出ている。(写真提供:JA全農おかやま)

雄町はまだ「のぎ」と呼ばれる毛が先端に残る、古い在来系の性格を色濃く残す酒米です。現在、広く知られる山田錦や五百万石といった有名な酒米も、ルーツをたどれば雄町に行き着きます。生産量の実に95%が岡山県産というのも、この米ならではの特徴です。草丈が高くて倒れやすいうえ病気にも弱いため、栽培には高い技術が必要とされ“幻の酒米”と呼ばれていた歴史もあります。

味わいの面では、お米の中心にある白く濁った部分「心白」が大きく、柔らかいので溶けやすいとされていることがポイントです。お酒にしたときに味がしっかりと乗りやすく、熟成させると独特の複雑な風味が生まれます。こうしたお酒を愛する方は“オマチスト”と呼ばれるほど、根強いファンがいるんです。

なかでも「赤磐雄町」は、赤磐の地で丹精込めて育てられた雄町米で、利守酒造が商標を持つ特別な存在です。夏には「雄町サミット」という、雄町で仕込んだお酒が一堂に会するイベントも開催されていますので、機会があればぜひ足を運んでみてください。

岡山の日本酒には辛口が多い?

雄町という個性的な酒米を支えているのが、岡山ならではの気候です。岡山は「晴れの国」と呼ばれるとおり降水量が少なく、晴天率の高い瀬戸内式気候に恵まれています。雄町の登熟期から収穫期にかけて、雨が少なく日照に恵まれることは、酒米の品質にも関わってきます。

こうした条件を生かす酒造りを支えているのが「備中杜氏」と呼ばれる杜氏集団の存在です。また、岡山県は、旧国でいえば備前・備中・美作という地域ごとの個性を持つ土地です。雄町発祥の備前、備中杜氏の流れ、そして御前酒が根を下ろす美作勝山。それぞれの地域性が、岡山の日本酒に奥行きを与えています。この中でも「美作」という地名、実は「旨酒(うまさけ)」に由来するのでは、とも言われていて、古くからお酒のおいしい土地として知られてきました。

もちろん岡山は広いので地域ごとの個性もありますが、昔からお酒造りが盛んな土地柄、面白いお酒が数多く造られています。ちなみに岡山の酒蔵は雄町だけでなく、食用米の「朝日」を使ったお酒造りも進んでいます。今後、蔵ごとの雄町の使用比率が上がっていくと、さらに面白くなっていくはずです。

まずは押さえたい、岡山の日本酒 有名銘柄

続いて、聞いたことのある方も多いはずの有名銘柄をご紹介します。

まず挙げたいのが「酒一筋」です。造っているのは利守酒造で、赤磐産「雄町」の総本山ともいえる酒蔵です。もともと雄町との関わりが深く、インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)でトロフィーを獲得するなど、味わいに密度のあるタイプを得意としています。純米タイプは常温で少し寝かせてから飲むと、味がこなれてより面白くなります。

「酒一筋 生酛純米吟醸 720ml」2200円(税込)
https://shop.sakehitosuji.co.jp/product/kimotojunmaireijo/(写真提供:利守酒造)

近年、方針転換をきっかけに岡山を代表する存在になってきたのが「御前酒」です。造り手の辻本店は美作エリアにあり、雄町米を全量使う「全量雄町化」を2022酒造年度に達成しています。さらに、酒母を仕込む「菩提酛」という手法も比率を高め、2025酒造年度より全量を菩提酛とするに至りました。菩提酛はもともと室町時代の奈良で確立された古い酒母造りの技法で、御前酒の先代杜氏がこれを近代に復活させたことで知られています。きっかけは、蔵元の親戚筋にあたるロンドンの骨董商が偶然見つけた江戸時代の古書に、その製法が記されていたことだったそうです。

岡山市の「極聖(きわみひじり)」を造る宮下酒造も見逃せません。日本酒に限らずビールやジンなど幅広いお酒造りに取り組む、バラエティ豊かな酒蔵です。「嘉美心(かみこころ)」を醸す嘉美心酒造は大正時代創業の老舗で、純米はやわらかくコクのあるタイプが得意なほか、ガス感を残した個性的なお酒も手がけています。倉敷の「燦然」を造る菊池酒造は、エキス分がしっかりとした西日本らしい味わいが持ち味で、吟醸酒になると華やかでジューシーな表情を見せてくれます。

ジューシーな旨さで人気急上昇の「多賀治」

続いてご紹介したいのが「多賀治」です。倉敷市児島にある十八盛酒造が手がける銘柄で、地元向けには「十八盛」、特約店向けには「多賀治」という名前で展開しています。

なかでも面白いのが、直汲みの無濾過生原酒スタイルです。雄町で仕込んだ生原酒はもちろん、食用米である「朝日」を使ったお酒も造られています。フルーティーというよりはジューシーな味わいのものが多く、純米酒はあまり磨いていないお米ならではの軽い渋みが、いいアクセントになっています。アタックはしっかりしているのに、するすると飲めてしまう。ちなみに「多賀治 純米大吟醸 朝日 生原酒」は海外のワイン評論家による評価(パーカー・ポイント)で高得点を獲得し、書籍で紹介されたこともある実力派で、これまで紹介した銘柄とはまたひと味違う、おすすめの一本です。

個性派の岡山地酒、「冬の月」と「竹林」

最後にご紹介したいのが「冬の月」と「竹林」です。タイプはまったく異なりますが、実はどちらも浅口市のお酒なんです。

「冬の月」は先の嘉美心酒造が手がける銘柄です。岡山の白桃から採取した「岡山白桃酵母」を使っていて、フルーティーで清らかな香りが持ち味です。100本に1本だけ入っている「満月ラベル」がSNSで話題になったこともあり、蔵元と飲み手の距離が近く感じられる仕掛けもまた魅力。地元のお米「アケボノ」を毎年使い続けているのも特徴です。

一方の「竹林」は丸本酒造の銘柄で、これは冬の月とはまったく違うタイプのお酒です。「農産酒蔵」を掲げ、収穫までに稲をあえて3回黄化させ、稲本来の力を引き出す「三黄造り」という独自の栽培法で、自社栽培の山田錦を育てています。有機栽培にも力を入れていて、常温でもお燗でもバランスの取れた味わいが楽しめます。個人的には、燗にするとぐっと旨みが増す「竹林 ふかまり」がお気に入りです。同じ土地でもタイプの異なるお酒が揃っているのは、飲み比べの楽しみがあります。

まとめ

いかがでしたでしょうか。岡山といえば雄町米というイメージをお持ちの方も多いと思いますが、実際に掘り下げてみると、個性豊かなお酒がたくさんあることがおわかりいただけたかと思います。

赤磐雄町を育て上げた利守酒造と、雄町全量・菩提酛を軸に新しい舵取りをする御前酒を中心に、岡山の日本酒はこれからますます面白くなっていくはずです。日本酒はまだよくわからないという方も、まずは今日ご紹介した一本を手に取るところから、ぜひ岡山の日本酒の魅力に触れてみてください。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズプロフェッショナルの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。

構成/土田貴史

 

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