取材・文/坂口鈴香

松兼恵理さん(仮名・61)の義母「ママ」(89)は、10年ほど前に脊柱管狭窄症と診断され手術を受けた。痛みは変わらず、再手術を受けても、ブロック注射や精神科の薬でも効果がなかった。10年間、四六時中痛みのある生活は、どんなにかつらいだろうと松兼さんは同情する。
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ママとの同居は負担だと思わなかったが
松兼さん夫婦がママと同居したのは、ママが再手術をして数年後。7年前のことだ。夫の早期退職で予定よりも同居が早まったというが、ママとの同居自体、松兼さんはそう負担とは思わなかったという。
「同居するまで、毎週末のようにママの家に通っていたし、通院の日は私だけ行って付き添って、一泊して帰ってきたりしていたので、そう大きな変化はありませんでした」
それでもママの痛みが強い時期だったし、飼っていた猫も病気だったので、精神的にはこたえたと明かす。
「でも同居から半年ほど後に、コロナ禍となって、どうせ好きな旅行もできなくなったし、同居したことでやりたいことができないといったストレスはありませんでした」
夫は仕事が大きなストレスになっていて、「このままだと鬱になりそう」と言うので、思い切って退職することにしたのだが、実家に戻ってからも職安や職業訓練校に通ったり、市の臨時職員として働いたりしていたので、ママの世話は松兼さんの仕事だった。
「たまに、いっぱいいっぱいになって、ワー! ってなってしまうこともありました。でもそれは悲しい気持ちから来るもので、介護がイヤだという気持ちではありません」
結局夫は再就職しなかった。今は家事や介護を松兼さんと分担してやっているので「楽になりました」と淡々としている。
それでも、“違和感”のようなものがないわけではない。
「私は料理が苦手なので、ママのご飯の用意をするのが大変。夫婦だけのときはご飯の用意が面倒なときは外食していたので。ママは文句とか言う人じゃないけれど、ハンバーグを食べたあとで『パン粉を入れるとフワフワになるよ』とか言われると悲しい気持ちになります。でも、『おいしかった。ご馳走様』と言ってもらうとすごくうれしい」
自身の実家との違いを感じることもある。ちなみに、松兼さんの実家は飛行機を使っても乗り換えが必要な距離だ。年に1回帰省できればいいほうだという。
「私の実家と比べると、会話が少なくてお互いがあまり干渉しない感じがあります。朝『おはよう』とかも言わないし、歌番組を見ながら歌ったりもしない。それが居心地悪かったりしたこともありますが、今はもう慣れました」
先日、松兼さんの実家に帰って、ご飯を食べていたときに、少しだけ皆が無言になる時間があった。
「すると母が、『お通夜みたいね』と言ったんです。夫の実家ではそれが普通なのにと、なんだかおかしくて」
義姉も同居することに
夫の早期退職同様、計画通りにいかなかったことは他にもある。義姉の夫が急死し、義姉が定年後実家に戻ってきたのだ。台所もお風呂も一緒の、完全三世帯同居だ。
義姉は公務員で、数年ごとに転勤するため、独身の頃から荷物は実家の2階にあった。結婚してもそれは変わらず、義姉とその夫、各々の実家に荷物があり、それぞれの勤務地で働いて、週末にどちらかの実家に行くという“週末婚”のような生活をしていたのだという。
「私たち夫婦がママのところで同居するときに、義姉の荷物をどうするかという話になったのですが、部屋はたくさんあって私たちはそこで住めるので、2階はそのまま義姉が使っていました。義姉が定年退職したら、義姉の夫の勤務地で同居することになったので、2階は少しずつ片付けることになっていたのですが、義姉の夫が急死したんです。それで、義姉がこちらの実家に戻ってきて再任用で働くことになりました」
同居当初は、義姉が一緒に住むなら松兼さんも少し楽になるだろうと期待していたが、そうでもなかったようだ。
「ママのことはうまく分担できませんでした。義姉からは生活費をもらっていたし、たまにお小遣いももらっていたので、それで心の折り合いをつけている感じです」
義姉の同居とともに明らかになってきたのは、「アウェイ感」とでもいうようなものなのかもしれない。
「実家ならではの安心感というか、自然体でいられる感じというか、私にはない何かを感じます。私はやはりどこかで気を張っている部分があるんだな、と」
「ママ」と呼ぶ仲でも、やはり義理の関係だということか。義姉とも決して仲が悪かったわけではない。むしろ、一緒に旅行するなどずっと親しく付き合ってきたという。松兼さんが実家に帰省したとき、母親と同居している弟の奥さんの気持ちを想像してみることもある。
「アウェイ感」に気づいてから、夫に「あなたは気楽でいいよね」と言ってみた。
「夫は私の言葉の意味がわかっているのかどうか。申し訳ないような、何とも言えない表情をしています」
再任用も終わり、完全にリタイアした義姉はひいきの野球チームの追っかけをして留守がちだ。それくらいの距離感がいいのかもしれないが、松兼さんにこそ日常から離れる時間が必要なのではないか。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。











