
厚生労働省は2026年9月1日から労働基準監督署による残業削減の指導を緩和。労使の合意があり、月100時間未満まで時間外労働が可能な企業にも、月45時間以内に収めるよう一律に求めてきた。これが企業活動の萎縮につながるとの指摘を受けて見直した。過重労働と健康障害の関連は深い。引き続き長時間労働の是正を求める方針は変わらない。
恵子さん(63歳)は「55歳ごろから体力と集中力が減り、残業ができなくなった。58歳で早期退職しました」と話す。
それから、5年間は何もしていない。「働かなくちゃと思うんだけれど、体が動かない」という。
前編では、22歳から29歳までIT産業の黎明期にSEとして働き、100時間の残業をした結果、脳出血で入院したことを紹介している。
【これまでの経緯は前編で】
定年後の準備の資格は役に立たなかった
22歳から29歳まで激務の日々を続けて、脳出血になり入院、リハビリを経て仕事に戻ろうとした。恵子さんは愛社精神も仕事への意欲もある。
「療養のため半年ほど休職している間は、総務部付になっていました。復帰にあたり、開発部に戻れると思っていたら、そのまま総務で働いてほしいと言われたのです。強めに要望を伝えると『女の子だし、そろそろ結婚もあるでしょ』と言われてしまって。そのときに、『ああ、もうここの会社に居場所はないんだ』と思ってしまったのです。やはり私は、現場で働きたかったんです」
会社の対応に不満を持ち、転職活動を開始する。恵子さんは「手に職」があるので、のちに大企業になる会社に入社することができた。
「自社でシステムを開発するというので、すぐに採用されました。30歳から58歳で退職するまでの28年間、異動しながらもシステム畑でキャリアを積みました」
恵子さんが入ってから会社は大きくなり、IT技術も発展していった。システムを使う人も400人から数万人単位に爆発的に増え、縁の下の力持ちだという自負もあった。
「ただ、2000年ごろからは、外部が開発したシステムを導入して、事業や社員の生産性を最大化する司令塔のような役割を求められるようになったのです。主な仕事は会議と部下の指示で、なんとなく仕事が回る。残業が多いのに達成感がない。人の話を聞くのに集中力がもたず、『このままこの会社にいていいのだろうか』と思ったときに、早期退職者の募集があり、退職金が2000万円以上も上積みされるという。引き留められるかと思ったら、あっさり快諾されて、会社を去りました」
恵子さんは55歳のとき「退職後の備えになる」とコーチングや心理関係の資格を取得した。自分の経験に基づいた、アドバイスの需要があると思ったのだ。
「資格は全く無意味でした。当時、食事会で知り合った経営者に『無料でいいから、セミナーをやらせてくれない?』と聞いてみたのですが、『実績ない人の話は誰も聞かないよ』と一蹴されたことがものすごいショックだったんです。
そのとき、資格を取っても何もしなかったことを後悔しました。資格を取ったらすぐに、SNSに動画などを上げてフォロワーを増やさねばならなかった。これからの時代は実績をわかりやすくSNSに残している人が勝つ。私の場合は、大手企業出身とか、システム開発に30年の経験がある優秀な人物だと“お化粧”して、知名度を上げる活動をすべきだった。でもそういう売名行為を“恥ずかしい”と思ってしまうんですよね。経歴をちょっと盛って、所属していた企業の名前を出すとか、私にはできなくて」
【姉は55歳で結婚した……次のページに続きます】











