
マネジメント課題解決のためのメディアプラットフォーム「識学総研(https://souken.shikigaku.jp)」が、ビジネスの最前線の用語や問題を解説するシリーズ。
はじめに
「どうすればいいですか?」と部下に聞かれ、つい答えを教えてしまう。そんな上司は少なくありません。しかし、識学の理論に基づくと、その優しさは部下の「位置」を崩し、思考停止と責任回避を招く罠になります。
本記事では、識学が説く人間の「性弱説」や「権限と責任の一致」の考え方をもとに、部下自身に考えさせ、現場の自立と成長を促す方法をご紹介します。
上司と部下の「位置」とは
組織はピラミッド構造であり、そこに属する一人ひとりが明確な「位置」を持つと考えます。位置とは、役割・責任・権限がセットになった、その人が担うべき範囲のことです。
上司の位置的な役割は、部下に結果を求め、評価することです。一方、部下の位置的な役割は、与えられた範囲の中で自ら考え、判断し、結果を出すことです。
部下から「どうすればいいですか?」と聞かれ、上司がそのまま答えを教えてしまうと、本来部下が担うべき「考えて判断する」という役割を、上司が奪ってしまうことになります。これを識学では「位置の逆転」と呼びます。位置が逆転した組織では、部下は自分の位置で機能しなくなり、上司の判断を待つだけの存在になってしまうのです。
長年経営を担ってきた方であれば、後継者や管理職に権限を委ねたつもりでも、細かな判断まで自分が下し続けている状況に、思い当たる節があるのではないでしょうか。組織の規模が大きくなるほど、位置の逆転は上司一人の業務過多という形で表面化していきます。
人はなぜ楽を選ぶのか
識学は人間の本質を「性弱説」という前提で捉えます。性弱説とは、人は本来、責任を負うことや失敗のリスクを避け、できるだけ楽な選択をしたいという弱さを持っている、という考え方です。
性善説や性悪説とは異なり、善悪ではなく「弱さ」に注目する点が特徴です。この前提に立つと、部下が自分で考えなくても上司に聞けば答えが得られる環境があれば、部下は当然その楽な選択を取ります。これは部下個人の資質の問題ではなく、そうした環境を用意してしまった上司側の設計の問題だと識学は説きます。つまり、上司が親切心で答えを教える行為そのものが、部下の「楽を選ぶ弱さ」を引き出し、思考停止という結果を招いているのです。
性弱説を前提にすれば、部下の意志の弱さを責めるのではなく、弱さが発揮されない仕組みを上司自身がつくる責任があると理解できます。
崩れる権限と責任の一致
識学が重視する原則の一つに「権限と責任の一致」があります。結果に対する責任を部下に求めるのであれば、その結果を出すための判断権限も同時に部下に与えなければならない、という考え方です。
ところが、上司が「どうすればいいですか」に対してすぐ答えを教えてしまうと、実質的な判断権限は上司の側にあるにもかかわらず、結果の責任だけを部下に求める、という矛盾した状態が生まれます。権限と責任が一致していない状態では、部下は「自分が決めたわけではない」という感覚から本気で結果に向き合うことができません。責任回避が起こるのは、部下の意識の問題である以前に、権限と責任の設計自体が崩れていることが原因なのです。
事業承継や幹部育成を考える経営者にとって、この一致を意識せずに任せた「つもり」の権限委譲は、いずれ大きなつけとなって表れます。役職や肩書を与えても、判断のたびに上司の承認を求めるようであれば、権限は実質的に移っていないと識学では判断します。
姿勢と行動、二つのルール
識学では、組織のルールを「姿勢のルール」と「行動のルール」の二つに分けて考えます。
姿勢のルールとは、期限を守る、報告を怠らないといった、誰にでも当たり前に守らせるべき基準です。これは部下の考える余地を与えず、上司が一貫して指摘し続けるべき領域です。
一方、行動のルールとは、与えられた役割の中でどのように成果を出すかという、部下自身の判断に委ねるべき領域です。「どうすればいいですか?」への問い返しが機能するのは、この行動のルールの範囲内においてです。上司はまず、目の前の問いが姿勢のルールの逸脱なのか、行動のルールの範囲内の判断なのかを見極める必要があります。この線引きを誤ると、考えさせるべき場面で答えを教え、指摘すべき場面で考えさせてしまうという逆転が起こります。
二つのルールを社内で言語化し共有しておくことが、現場の混乱を防ぐ最初の一歩になります。姿勢のルールが徹底されている組織ほど、行動のルールの領域で部下に安心して判断を委ねられるようになります。
結果評価が自立を育てる
識学では、部下の成長を促す評価は「機会の平等、結果の不平等」という考え方に基づくべきとされます。挑戦する機会は誰にも平等に与えつつ、評価は出した結果によって明確に差をつけるということです。プロセスや努力ではなく結果で評価される環境に置かれることで、部下は初めて自分の判断に本気で責任を持つようになります。この評価の仕組みと、「あなたはどう考えますか」と問い返す姿勢を組み合わせることで、部下は自分の位置の中で考え、判断し、結果に向き合うという経験を積み重ねていきます。
上司の役割は、答えを与える先生から、位置と評価基準を明確に示す設計者へと変わる必要があるのです。長年の経験から答えを知っているほど、教えたい気持ちは強くなります。しかし、それを一歩我慢し設計に徹することこそが、識学が説く上司の本来の機能です。
まとめ
「どうすればいいですか?」に上司がすぐ答えを教える行為は、識学の理論から見ると、部下の「位置」を崩し、性弱説が示す人間の弱さを引き出し、権限と責任の一致を崩す罠だと言えます。上司はまず、姿勢のルールと行動のルールを見極め、行動のルールの範囲では答えを教えるのではなく問い返し、結果によって公正に評価する仕組みを整えることが重要です。
今日から部下に「どうすればいいですか?」と聞かれたら、まずは「あなたはどう考えますか?」と問い返し、部下自身の位置の中で考えさせてみてください。その一つの行動が、部下の自立と組織全体の成長につながる第一歩になるはずです。
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