
この季節になると、「今年の土用の丑の日はいつだろう」と気になり始める人も多いのではないでしょうか? そういう人は、十中八九、鰻好きなんでしょうね。
日付がわかると、「今年はどの店で食べようか?」と思案し始めます。それに、鰻重にしようか、それとも鰻丼にしようか。さりとて懐具合も気になります。いよいよ注文するときになると、お酒を飲みたくなる人もいるでしょう。飲み物は、やっぱり日本酒か、それとも冷えたビールか…。こうして考える時間も、鰻好きの人にとっては楽しみの一つでしょう。
けれど、今回教えてもらったのは毎年のプロセスを少しだけ裏切る提案でした。この記事では、これまで以上に「鰻重」が美味しく食べられる、目から鱗のワインをご紹介します。
「鰻重」に合う一本を老舗ワイン商に聞いた
「鰻といっても、蒲焼きだけなら、実は結構いろいろなワインに合うんです。でも今回は『鰻重』。ご飯が入ると、ワイン選びはぐっと難しくなります」
そう話してくれたのは、京都で149年続く老舗ワイン商「ワイングロッサリー」の6代目、吉田まさきこさんです。
今回、吉田さんが鰻重に合わせて選んだのは、日本ワインの「鳥居平今村(とりいびらいまむら) 鳥居平 ブラック・クイーン ルージュ キュヴェ・ハナ 2024」(以下、キュヴェ・ハナ)でした。
鰻の蒲焼きは、甘辛いタレの濃さもあり、香ばしさもあります。ですから、赤ワインと合わせやすい料理です。けれど、そこに白飯が加わる「鰻重」となると、話は少し変わってきます。ワインによっては、ご飯に負けてしまったり、全体の調和が崩れてしまったりするからです。
そう考えた末に吉田さんがたどり着いたのが、山梨・勝沼のこの一本でした。

J.S.A.認定ソムリエの吉田まさきこさん。
鰻重に合わせるなら、日本ワインの赤
今回のワインは、日本の赤ワイン用葡萄品種「ブラック・クイーン」を使った一本です。吉田さんによれば、このワインにはベリー系の果実味に加えて、少しスパイスのニュアンスがあり、しっかりした旨みもあるのだそうです。
ただし、海外の赤ワインのように華やかさが前に出るタイプではなく、どこか繊細な美しさを感じさせるのが特徴だといいます。
「このワインは単体でも柔らかく美味しいですが、真価は食事と一緒に味わったときにこそ表れます」
特に醤油や砂糖を使った和食との相性は抜群で、鰻重のようにタレの旨みとご飯の甘みが重なる料理には、きわめて高い親和性を見せるといいます。

苦しい時代にも、葡萄農家を支え続けた造り手
鳥居平今村は、山梨・勝沼で1877年に創業した旧・今村醸造所、現在のシャトー勝沼を母体に持つ特別なブランドです。
吉田さんが今村家に強い敬意を抱く理由のひとつが、その歴史です。
「戦後、葡萄農家がまだとても苦しかった時代に、今村さんは葡萄を買い支え続けたことで知られています」
当時は、農家が育てた葡萄を大手が買い取るのが一般的でした。しかし、不況になると買い手が手を引いてしまうこともありました。そんな中、今村家は「どんなときでも絶対に買い続ける」と決めて、苦しい経営の中で農家を支えたといいます。
「極端な言い方をすれば、自分の子どもの給食費を削ってでも葡萄を買っていた、というくらい苦労をして支え続けたと聞いています」
この話からも、鳥居平今村のワインは、土地と農家との長い信頼関係の上にあることがよく伝わってきます。

勝沼の中でも、鳥居平は特別な畑
勝沼は日本を代表する葡萄の産地ですが、その中でも鳥居平は特別な場所だといいます。
その理由のひとつが、南西向きの斜面地であること。日当たりがよく、葡萄がしっかりと成熟しやすい。さらに、夕方になると富士山の方から「笹子おろし」と呼ばれる冷たい風が吹き下ろし、夜には気温が下がります。

「実際に現地へ行くと、すごい風に驚きますが、その風のおかげで夜はしっかり冷えるんです。つまり、糖度が高くて、なおかつ酸もきちんとある葡萄ができるんですね」
日本は雨が多く、湿度も高く、しかも夏は暑すぎて夜まで気温が下がらないことも多い。葡萄には厳しい条件がそろった国です。そんな中で、日照と寒暖差と水はけに恵まれた鳥居平は、まさに例外的な場所だといえるのでしょう。

同じ銘柄がなければ、「勝沼の赤」を探したい
もし同じ銘柄が手に入らない場合、吉田さんはまず「同じ鳥居平今村の赤」を探してほしいといいます。ヴィンテージ(※葡萄の収穫年のこと)違いでも問題ないとのこと。
さらに広げるなら、「山梨・勝沼の赤ワイン」という選び方もおすすめだとか。勝沼のしっかりした赤なら、「鰻重にはかなり合うはずです」と吉田さんは話します。
鰻には赤ワイン、しかも日本ワイン。少し意外にも思える組み合わせですが、長年ワインと和食の相性を見つめてきた吉田さんの言葉をたどっていくと、その選択にはしっかりとした理由があることが見えてきます。
鰻重の甘辛さとご飯の一体感を受け止める一本として、「キュヴェ・ハナ」はとても理にかなった存在なのです。
「鰻重」と「キュヴェ・ハナ」の相性を、本家たん熊の若主人がテイスティング

京料理 本家たん熊本店で鰻重を食したいときは、コース料理に組み込むことになるので、
予約時に必ず注文を。
吉田まさきこさんが選んだ「鳥居平今村 鳥居平 ブラック・クイーン ルージュ キュヴェ・ハナ 2024」は、本当に鰻重に合うのか…。その答えを聞く相手として、これ以上ふさわしい人はそういないでしょう。
今回、鰻重を調理してくれたのは、創業より百年、素材の持ち味を存分に生かしてきた「京料理 本家たん熊」(以下、本家たん熊)の若主人・栗栖純一(くりす・じゅんいち)さん。料理人であると同時に、ソムリエ、SAKE DIPLOMA、ソムリエ・エクセレンス、A.S.I. Sommelier Diplomaなど数々の資格を持つ、世界でも数少ない料理人の一人です。
伝統的な京料理に、ワインや日本酒のペアリングを自然に取り入れてきた栗栖さんが、この一本をどう見るのか。そこには、料理人の感覚とソムリエの知識が重なる、説得力のある言葉がありました。

本家たん熊には、常時2,000本以上のワインが揃う。
濃いのに重くない。鰻重に合う赤ワインの条件
「非常に美しいワインですね」
グラスに注いだキュヴェ・ハナを目にした栗栖さんは、そう口にしました。続けて、日本ワインに対する率直な印象も語ってくれます。
「日本ワインはさっぱりした味わいのものが多いんですが、キュヴェ・ハナは非常に凝縮感があります。フランスワインにも負けないくらいの凝縮感ですね」
香りには、カシス、ブラックベリー、ラズベリー、ブラックチェリー、アメリカンチェリーといった黒系や濃い赤系の果実の印象があり、さらに、ほのかにチョコレートを思わせるニュアンスも感じられるそうです。中でも栗栖さんが注目したのは、ワインのスパイシーさでした。
「クローブやナツメグ、山椒のようなスパイシーさがあります」
つまりこのワインは、果実味の豊かさだけでなく、鰻重の最後にふわりと香る山椒とも響き合う要素を持っているというのです。

栗栖さんがキュヴェ・ハナを高く評価する理由は、凝縮感だけではありません。味わいに厚みがありながら、重たくなりすぎない。その絶妙なバランスにも着目していました。
「そうは言っても、ボルドーのワインのような重さではない。凝縮感はあるんですが、酸がしっかりあるんです」
その背景として挙げたのが、鳥居平の畑を吹き抜ける「笹子おろし」です。栗栖さん自身も現地を訪れたことがあり、その風の存在を実感しているといいます。
「山梨は結構温暖な地域なんですが、その暑さを笹子おろしが緩和してくれます。だから、しっかりした酸が残るんですね」
この酸があるからこそ、ワインは濃いのに飲み疲れしません。後味が重く残らず、鰻の脂やタレの甘みを受け止めながら、きれいに輪郭を整えてくれる。そのバランスが、鰻重に寄り添う大きな理由だとわかります。
「鰻重とキュヴェ・ハナは、まさに同調のペアリングです」
ペアリングにはいくつかの考え方がありますが、「同調」とは料理の香りや味の要素を、ワインの香りや味わいと重ねることで、お互いを高める方法のことです。
今回でいえば、タレの持つ黒っぽいカラメルのような香ばしさと、ワインの黒系果実のニュアンスが重なり合う。さらに、山椒のスパイス感と、ワインのクローブやナツメグを思わせるスパイシーさがきれいに響き合います。
吉田さんの見立ては、実際に鰻重を作った料理人であり、ソムリエでもある栗栖さんの舌によっても、しっかりと裏づけられました。
炭火で焼くからこそ、鰻はおいしくなる
栗栖さんの鰻の蒲焼の調理を見ていると、火の入れ方そのものに深い考えがあることがわかります。
使っているのは土佐の炭。細くて硬く、火力の強い炭を、四方から熱が寄るように囲う形で並べています。中心にただ置くのではなく、周囲から熱を集めることで、火を均一に入れるためです。
「炭火は自然のものなので、毎回毎回、状態が違います。だから扱いは難しいんですが、逆にコントロールできるようになったら、これ以上に便利なものはありません」と栗栖さん。

「その繰り返しです」と栗栖さんは言う。
鰻はまず下焼きで表面を整え、タレがきちんと乗る状態をつくります。ただし、甘いタレは焦げやすい。

「『焼ける』と『焦げる』は違うんですよ」と栗栖さんは言います。
表面はぱりっと香ばしく、けれど中はふわりとやわらかく。最後にタレをかけて炙る時にも、水分を飛ばしすぎないように加減する。炭火でなければ出せない香ばしさと、しっとりとした身の両立が、本家たん熊の鰻重の魅力です。

この工程を5回以上繰り返すことで、鰻に香ばしさと深い味わいが宿る。

鰻を焼くのは手間がかかると言うのがよく分かる。
ご飯、山椒、湯気まで含めて「鰻重」
鰻重は、鰻の蒲焼きだけで完成する料理ではありません。ご飯の炊き上がりも、山椒の香りも、蓋を開けた時に立ちのぼる湯気も、その一部です。
「ご飯を炊き、ちょうど10分ほど蒸らしたところへ、鰻が上がってくるのが理想です」
本家たん熊では注文を受けてから鰻を焼き始めるのも、このためです。鰻が仕上がるタイミングで、ご飯も最良の状態であること。その呼吸を合わせることで、至高の鰻重になります。

そして最後に振る山椒も、ただの添え物ではありません。
「山椒の香りが、最後に全体をまとめてくれます」と栗栖さん。
甘辛いタレ、鰻の脂、ご飯の甘み。その全体を引き締めるのが山椒の役目です。今回のワインとの相性を語る上でも、この山椒の存在は大きな鍵となっていました。

家庭で美味しく鰻重を食べるコツ
栗栖さんは、スーパーや魚屋さんなどで購入してきた鰻の蒲焼きを美味しく食べるための工夫も教えてくれました。
「まず、スーパーなどで鰻の蒲焼きを選ぶときは、サイズよりも『ちゃんと焼けているかどうか』を見てください。焦げているのとちゃんと焼けているのは違います。なので見極めが大切ですが、焼き色のきれいなものを選ぶといいでしょう。
家に帰ったら、まずは水で鰻の表面についた脂を洗い流してください。洗うことで、嫌な脂の匂いが消えます。その後、キッチンペーパーで水分を拭き取ってください。その上で、フライパンや魚焼きグリルで皮からしっかり焼くこと。これが一番大切です」
鰻の臭みは、皮の焼きが甘いことから出ることが多いのだそうです。だから、まずは皮をよく焼く。油は敷かずに、しっかり焼き目をつけることが大切だといいます。その後、新しいタレをかけて焼くといいでしょう。
さらに山椒がなければ、少しスパイス感のあるものを添えると臭みが消えやすいとも教えてくれました。
「家庭でもできれば器に移し、蓋があるなら蓋をして、食すことをおすすめします。鰻重は、蓋を開けた時の湯気と香りもごちそうの一つですから」と栗栖さん。
そんな一手間もまた、鰻重を美味しくするためのコツです。

京都セラミック(現京セラ)を設立した稲盛和夫さんの書が飾られている。
最後に
土用の丑の日に鰻を食べるという習慣を広めたのは、江戸中期の戯作者であり発明家でもあった平賀源内だといわれています。なじみの鰻屋を流行らせるための宣伝が始まりだったとも伝えられていますが、それから250年近くたった今も定着している日本の夏の風物詩です。
「本家たん熊」では、夏の間、鴨川に面した川床で食事をいただくことができます。川の流れを眺めながら、川風を感じて味わう鰻重はただ美味しいだけではなく、京都の夏の贅沢です。
そして、キュヴェ・ハナは、そんな鰻重の美味しさをさらに引き立ててくれる一本だと教えてもらいました。鰻重を食べるとき、私は必ずこの一本を選びます。今夏の土用の丑の日は、7月26日(日)。鰻には日本酒、あるいはビールだと思っている人は、騙されたと思って是非キュヴェ・ハナとともに、鰻重を味わってみてください。
■京料理 本家たん熊 本店
住所:京都市下京区木屋町通仏光寺下る和泉屋町168
TEL:050(3628)1645
営業時間:17時〜22時(ラストオーダー19時30分)
定休日:日曜日、第2・第4月曜日、12月25日~翌年1月6日
※定休日は変わることがあります。最新の情報は公式HPをご覧ください。
HP:https://tankuma.jp

●ワイン監修/吉田まさきこ(ワイングロッサリー代表取締役社長)

ワイングロッサリー代表取締役社長。J.S.A.認定ソムリエ、シャンパーニュ騎士団公認 オフィシエ(将校)、アルザスワイン騎士団公認 シュヴァリエ(騎士)。
大学卒業と同時にワインの世界に足を踏み入れ、ヨーロッパを中心に世界各国のワイン生産地を数十回以上訪問。特にブルゴーニュ、シャンパーニュ、アルザスでの滞在が長く、得意分野としています。
過去のワイン講師歴は、合計200回以上、延べ4000人の受講者を数えます。HP:https://kyoto.winegrocery.com Instagram:@winegrocery_official
●取材・執筆/末原美裕

ワイン初心者がプロフェッショナルからの教えを受けながら、取材を通して、一つ一つワインの知識を積み重ねていく過程を記事にしている。和食の一品とワインの至高のペアリングをソムリエ・料理人とともに検証する過程を描く。記事を読んでいる方とともにワイン通を目指します。
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●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)











