
大谷翔平選手の専属通訳だった水原一平が違法賭博に手を出し、挙げ句、大谷選手のお金に手をつけた。こんな衝撃ニュースが世間を賑わせたのは2年前のことだが、神田伯山さんは、水原一平が落語なら、大谷翔平は講談だといい、「水原一平という人間のどうしようもない弱さを描くのが落語なら、ヒーロー・大谷の八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍っぷりを、これでもかと魅力的に読むのが講談です。ストレートに褒めることができるのが、講談という芸の強みですね」と通解。
講談は、「伯山(松之丞)以前、伯山(松之丞)以後」で異なる様相をみせているというのは、東京かわら版編集人の佐藤友美さん。
「伯山さんが、“講談って面白くてかっこいいんだな”と世間に知らしめてくれた。これが大きいです。それまでの講談は、芸の良し悪しで勝負するもので、面白さを前面に出して伝えるものではなかった。伯山さんの緩急自在な芸が、講談本来の凄みや深みだけでなく、面白いんだということを広めてくれたんだと思います」(佐藤さん)
二ツ目時代から、落語家や浪曲師など、他芸の若手たちと切磋琢磨して芸を磨き、講談をメジャーにしようと邁進したのも、伯山さんの特徴だ。柳亭小痴楽さんや桂宮治さんなど、落語芸術協会所属の11名の二ツ目(当時)からなる自主公演グループ「成金」などはその一例だ。
2020年に真打に昇進し、六代目神田伯山を襲名してからは、いよいよ凄みとキレが増した。
「所作はダイナミックで、動きも語りもキレがある」と写真家の目で橘蓮二さんが舌を巻けば、「神田伯山という存在が、のちに続く若手のモデルになっている」と作家の杉江松恋さんは絶賛する。
今こそ大長編に挑む
講談の存在は、時代に合ってきている反面、講談の持つ「長さ」は、時代に逆行しているとはいえないか。
「いまはあらゆるものが、速く短くなっていて、ネットなんかは特に、短ければ短いほどいいという時代です。でもショート動画を何遍観ても何も残りませんよね?」
だからこそ講談なのだと伯山さんはいう。そしてあえて挑み続けているのが「連続読み」だ。
まるで連続ドラマのように、長いストーリーを複数回にわたって読み続けるのが「連続読み」で、講談には、こうした長編大作がたくさんある。
伯山さんは2017年から年1回以上、「連続物」を披露してきた。去年は、三代目伯山が得意にした『清水次郎長伝』、今年はとうとう、神田派が大切にしてきた『徳川天一坊』をぶつけた。
八代将軍・徳川吉宗のご落胤を称して浪人を集めた山伏の天一坊が実際に起こした「天一坊事件」を基にしたのが、この『徳川天一坊』である。全20席で一席は約30分。全部で10時間かかるという大長編だ。
「初代の伯山先生は、“天一坊で蔵建て”といわれるくらい、『徳川天一坊』を得意にしていました。私が六代目神田伯山を襲名する際、神田愛山先生から“いいか、襲名は名義変更じゃないからな”と念を押されたんです」
伯山を襲名するということは、代々の伯山が持っているネタを継ぐということだった。
「いまのお前は仮免みたいなもんだ。初代の『徳川天一坊』や三代目の『清水次郎長伝』を演ってようやく本当の襲名だ」と言われた伯山さんが、仮免返納とばかりに、この正月、『徳川天一坊』の連続6日間公演に臨んだのである。講談界の事件だった。
神田伯山『徳川天一坊』連続読みに密着(2026年1月6日~11日)
六代目神田伯山さんが挑んだのは、全6日間におよぶ「連続読み」、題して「神田伯山 新春連続読み『徳川天一坊』2026」。大作全20席を、同じ会場、同じ時間、同じ観客で通貫したのだ。通常の会とは異なる緊張と高揚感を、全6日間通い詰めて撮った演芸写真家・橘蓮二さんの写真とともに紹介する。
初日 1月6日
初日は「前夜祭」。これからの6日間、満席のイイノホール(東京・内幸町)で同じ時刻、同じ観客で走りきるための鋭気を養う時間といったらいいだろうか。




二日目 1月7日
連続読み開始。八代将軍吉宗、山伏・天一坊ら主役が登場。伯山さんの声に乗り、自分が吉宗のご落胤と同年同月同日の生まれだと知った天一坊の悪巧みが動き出す。




三日目 1月8日
天一坊一味が、伯山さんの名調子で小気味よく暴れ回った三日目。この日の4席目は、もうひとりの主役、名奉行・大岡越前守忠相と天一坊とが相対す(「越前登場」)。



四日目 1月9日
大岡越前が蟄居閉門(ちっきょへいもん)を命じられる「越前閉門」で始まる四日目は、町人がいっさい出ず、役人ばかりが登場する。硬軟でいえば硬。伯山さんの迫力に会場は静まりかえった。


五日目 1月10日
初っぱなから「網代問答(あじろもんどう)」の言い立ての独特のリズムに圧倒された五日目。大岡越前による天一坊の取り調べだ。千穐楽を前に、物語も会場も緊張が高まっていく。

千穐楽 1月11日
20席目の「召し捕り」の大立ち回りで大団円、客席からは割れんばかりの拍手と大歓声が上がった。公演後のアンケートには「これで仮免じゃなくなりましたね」の言葉もあった。

この演目を聴きたい
矢矧橋(『太閤記』より)
豊臣秀吉の生涯をぎゅっと詰め込んだ35分の講談「矢矧橋」を、伯山さんはさらに10分に縮めて披露。流浪時代の悲哀から関白時代の栄華までの走馬灯的展開は見事。
易者は天眼鏡で
藤吉郎の顔相を見、
藤吉郎も反対側から易者の相を見る。
「この易者はよい相をしている。
出世するに違いない」と
藤吉郎は思う。


楽屋で演目をさらう。「イイノホールの楽屋は広いせいか反時計回りに何度も歩いてしまいます」
ラジオ『問わず語りの神田伯山』〜収録現場を覗き見〜

独演会に寄席、そしてメディアの取材にラジオの収録と、伯山さんは休み知らずで動き回る。
「子どもの頃、私にとってラジオは、大人の本音が聞ける場所でした……ラジオの友は真の友、『問わず語りの神田伯山』はじまりでございます」
お決まりのフレーズで番組の収録が始まる。
この日のラジオの収録に持ち込んでいたのは、携帯用マットレス(エアウィーヴ)。地方に移動するときも持っていくという。身体が資本のプロフェッショナルならではの気の遣いようである。
講釈場をつくりたい
伯山さんが、ラジオ番組を始めたのは、二ツ目の神田松之丞時代の2017年。番組は、講談および神田伯山の名を周知徹底させるのに一役買っている。X(旧ツイッター)を上手に使うのも伯山さんの特徴で、これにより講談の裾野は確実に広がった。
実はここには、伯山さんの野望、いや悲願が隠れていた。
「歌舞伎には歌舞伎座があり、力士には国技館がある。落語家や浪曲師にも定席がありますが、講談だけ専門の場所がない。文化は、場があって育ちます。講談師のための根城、講釈場をもう一度つくりたいんです。それには、講談師の絶対数も必要です。いま東京に80人。これが2倍、3倍にならないとだめで、看板となる人材もいる。それには、もっとみなさんに講談の面白さを知ってもらわなければならないし、後進の育成も必要です。……20年後、いや30年後、講釈場の舞台に立つことができたら、自分の役割は果たせた、そう思えるんでしょうね」

「令和の名人」推薦者(特集内の評論を担当)
佐藤友美さん(演芸専門誌『東京かわら版』編集人)
幼少期から伝統芸能に親しみ、『東京かわら版』編集部へ。寄席演芸の普及に尽力。4月に『東西寄席演芸名鑑3』を刊行予定。
杉江松恋さん(作家・文芸評論家・演芸プロデューサー)
推理小説の書評や小説執筆のかたわら、落語会や浪曲会を主宰。夢枕獏『陰陽師』を天中軒すみれさんのために脚本化。著書多数。
橘 蓮二さん(演芸写真家・演芸プロデューサー)
落語、講談、浪曲を中心に漫才、神楽など演芸全般の舞台や楽屋、ポートレートを撮り続ける。落語会のプロデュース、著書多数。
取材・文/角山祥道 撮影/橘 蓮二
※『サライ』2026年4月号より












