
もうすぐ「土用」の時期がやってきます。鰻を食べる習慣は知っていても、この時期に本当にすべきことを知っている人は、意外と少ないかもしれません。
「土用」には「胃腸」と深いつながりがあり、そして「胃腸」は、「熟考する」ことにも、実は密接に結びついています。
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国伝統医学の知恵から心と体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。
今日は、50代の男性が夏の飲み会を前にして、胃腸を整えるための漢方薬が欲しい、と訪れています。
ちょっと、覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者|53歳 男性(中堅メーカー 営業部長)
症状|飲み会を前に、胃腸をケアする漢方薬が欲しい。
飲み会に向けて
「この前いただいた漢方薬、試したけどよかったですよ。肝臓と、胃腸にいい組み合わせ。食事がおいしく楽しめたし、翌日に疲れが残らなかった。部下にも勧めました。
今週末もまた飲み会があるので、また頼りにしようと思って来ました」
志村先生は笑顔で注文を受けながら、聞きました。
「最近、胃の調子はいかがですか?」
「今は問題ないです。でも、若い頃のようにはいかない。だから漢方で底上げしておこうか、と」
「冷たいものは、よく召し上がりませんか?」
「昨年、先生にアドバイスをもらってから、気をつけています。昼間は冷たいものを控えるようにして、夏でも湯舟に浸かるようになったし。
一日中冷たいものを飲まなかった自分の喉に、冷えたビールをグイっと流し込んだときの、あののどごし…」
それを聞いて微笑みを浮かべた志村先生に、男性は言いました。
「快楽のための養生が、すっかり身についてきました」
「それはいいですね。養生が習慣になると、体だけでなく、気持ちの方も変わってきますよね」
土用とは?
男性は身を乗り出して言います。
「そうなんです。それで今週末の飲み会も、繁忙期を前に、社員や取引先と顔を合わせておこう、と。関係を温めておきたくて」
志村先生は、少し目を輝かせました。
「それはまさに、この時期にピッタリ。『土用』の概念そのものですね」
「え?」
男性は思わず聞き返してしまいました。
繁忙期前の「仕込み」と土用
「『土用』は、季節と季節の中継ポイント。次の季節へ向けて、力を蓄え、整える期間です。だから、飲み会という形をとって、繁忙期前にチームをひとつにまとめておく。これは『土用』の発想と同じじゃないですか」
男性は、少し考えてから言いました。
「言われてみれば、そうですね。『土用』って、鰻を食べる時期でしたよね? でも、年に何回かありませんか?」
土用は一年に四回
「はい。一年に四回。立春・立夏・立秋・立冬、それぞれの直前に訪れます。

『土用』の期間は古くから、土を司る神様、土公神(どこうじん)を守るために、土を触ることを避けた期間です。でも、これはもう一つの読み方ができます。
暑さの峠でもある期間に、体を酷使することを控える。そして、土を触らずにできる仕事、例えば、道具を整えたり、段取りを組んだり。そうして静かに過ごしながら、立秋を迎える準備をしよう、という。『土用』の『土をいじるな』には、そんな先人の知恵が込められているように思います」
「なるほど。大きな節目の前にある、仕込みの期間。飲み会、そのままですね」
土用と脾胃のつながり
「夏の『土用』は、おおよそ七月二十日から八月七日頃。鰻を食べるのは、暑気負けを防ぐ風習として知られていますが、これは本来の意味ではありません。
そして、五行での『土』は万物を育て、すべての基礎となる大地のような性質を持っています。母なる大地、ですね。その『お母さん土』と深く結びついているのが、五臓の『脾胃(ひい)』です。
つまり『土用』とは、体の『土』である『脾胃』を整える期間。
畑の土が痩せていれば、いい作物は育たないのと同じで、『脾胃』が弱れば、『気』も『血』も作ることができない。そんな考え方ができます」
「会社の人材を育てないと、段取りも何もない、と。中医学の知恵って、そのままビジネスにも当てはまるな」
「そして、その人材育成の土台になるのは、あなた自身の『脾胃』です。リーダーの体が整っていてこそ、チームも円滑に動くでしょう。
今週末の飲み会の前に、まず自分の『土用養生』を整えておきましょう」
夏の冷えが、脾胃を弱らせる
志村先生は言います。
「この時期に多い相談が、意外にも『冷え』です」
冬より怖い、夏の「冷え」
「炎天下を歩いてスーパーに入った途端に、お腹を下す。
夏こそ、腹巻が手放せない。
冷えから関節が痛む方も、いらっしゃる。
冬の冷え症と変わらない症状が、夏に出てくる。それだけ、皆さんの体が冷やされているということです」

「冷房の中で、氷入りのアイスコーヒーを飲む、というやつだ」
「ええ。冷たいものが続くと、『脾胃』が冷え切ってしまいます。『脾胃』は食べたものをエネルギーと血液の材料に変える、体の工場なのに、機械が冷え切ったら、生産効率が落ちます。体も同じです。『土用だから』といって、胃腸が弱った状態で鰻を食べると逆効果になることもあります」
「土用に鰻を食べる前に、まず胃腸を整えろ、と」
「そういうことです」
脾胃をいたわる、夏の土用養生
「では、何をすればいいですか?」
「派手なことは何もありません」
志村先生は、続けます。
「・冷たい飲み物を、少しだけ減らす(氷入りは特に注意)
・食事は落ち着いて、よく噛んで食べて消化の負担を減らす
・湯船にゆっくり浸かって、じんわり汗をかく
・早めに寝る(脾胃の回復は睡眠中に進む)
・考えすぎない(中医学では『思慮過多』も『脾』を傷めると考えます)
ごく当たり前の養生が何より大切です。これで胃腸が元気な状態なら、鰻でも焼き肉でも、飲み会の食事も、存分に楽しめます」
男性は、うなずきながら言いました。
「ここに通うようになってから、冷えには気をつけています。
蕎麦の後に飲む蕎麦湯のおいしさに気がついたのも最近です。昔はなにが旨いのかわからなかったけど…。冷たい蕎麦を食べた後、蕎麦湯を飲むことで、お腹がほっこり温まる。あれは、食べた後の胃腸のために飲んでいる」
「いいですね。それが養生です。SNS映えはしませんが、そういう小さな積み重ねが、『脾胃』を立て直しますよ」
「脾」の弱い人
「部下に、胃腸が弱い者がいまして。仕事柄、どうしても外での飲食も多いから、どう関わってあげればいいでしょう?」
志村先生は考えながら答えます。
「『脾』が弱い方に、ガツガツ行動する、タフで押しが強い営業は向いていません。でも、強力な武器になる面はたくさんありますよ。
『脾』が弱い人は良くも悪くも『考えすぎる(熟考する)』傾向があります。これが営業の現場では、強みになります。
物腰が柔らかく、誠実な印象を与えやすいから、顧客の警戒心を解きやすい。
相手の話をじっくり聞いて、寄り添うことができる。
また、じっくり考える性質があるから、事前準備やリサーチも怠らない」
「そうだな。うちの部下は、飲み会には来るけど、ほとんど飲まない。それでいて、相手の話を聞いて、どうすれば課題を解決できるか、考えている。打席数は少ないのに、成約につなげてくる」
「それは、生まれ持った性質を、武器として活かすことができていますね。
ただ、気配りができる人は、胃腸が弱い弱点があるかもしれません。日頃から『脾胃』を労わるような配慮をしてあげてください。冷房を下げ過ぎない、とか、早めに相談できる声がけをする、とか」
男性は、静かにうなずきました。
「気配りができる人ほど、胃腸が弱い、か…」
おわりに
「今週末の飲み会、楽しんできてください。『土用養生』続けてくださいね」

男性は、処方された漢方薬を手に、部屋を後にしました。
夏の土用が明ければ、暦の上では立秋です。とはいえ、涼しくなるのはまだ先。まだまだ過酷な暑さは続きます。
だからこそ、土用の期間には体を労わってください。この期間にした養生は、軽やかな秋の体への布石です。脾胃を休め、自分の体調を整えることは、周りの人を動かす力へとつながるでしょう。ぜひ、今夜は温かい湯舟に浸かって、汗を流してください。
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:CoCo美漢方神戸@cocobikobe0310
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●構成・文/もぱ(京都メディアライン)











