文/鈴木拓也

ネット上の投稿動画で人気ジャンルの1つが、遊んでいる猫。

例えば、猫がキッチンペーパーをくるくる回して、台所の床に白い紙が積もっていくシーン。見ていて楽しいが、なぜ猫はそんなことをするのだろうか?

そうしたことを大真面目に考えるのが動物行動学者。彼らの仕事は、動物の行動にどんな意味があるのかを探究することだ。動物の遊びも、立派な研究テーマである。しかし、研究の数はごくわずかで、このテーマだけを扱った本は、ここ120年の間に5冊しか出ていないとか。

2024年、6冊目となる『Kingdom of Play』が刊行された。著者は、マサチューセッツ大学アマースト校のデイヴィッド・トゥーミー教授。本書は、今年2月に『生きものは遊んで進化する』(河出書房新社 https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309310015/)という書名で邦訳されている。

ボール遊びに興じるタコ

動物の遊びと言えば、犬、猫、猿など、生物界では知能において上位に属する哺乳類の特権ととらえがちだ。

だが、実際はそうではない。

本書の冒頭では、浮力のあるプラボトルを水槽に放ち、ミズダコがそれをどうするかを観察した実験が紹介されている。実験に参加したタコは8匹。うち2匹が、漏斗から水を噴いてボトルを壁に押しつけたり戻したり、あるいはボトルが水槽の周囲をたどるように動かした。

タコは、漏斗の水で巣の入り口にある石をどかしたり、イソギンチャクを追い払ったりすることはよく知られている。そうするのは、自身の生存に直結する大きなメリットがあるから。対して、ボトルでボール遊びめいたことをするのは、生存に益するなんの利点も見当たらない。

動物行動学の世界では、動物は、生存や生殖に役に立たないことはしないという共通認識がある。その例外が遊びであり、なぜ遊ぶのかについて、研究者らは頭を悩ませてきた。そして、遊びをする理由として様々な仮説が生まれた。

実利的なトレーニングのために遊ぶ?

仮説の中でも古くからあるのが、トレーニング仮説(練習仮説)。「食べものを見つける、ライバルと闘う、捕食者から逃げる、求愛と交尾など」のスキルを磨くために遊ぶというものだ。

これは、門外漢のわれわれにとっても分かりやすい。子猫がよくやる猫パンチは、ネズミを捕るためのトレーニングだと考えれば腑に落ちる。

後に、社会的絆仮説と呼ばれる仮説が登場した。幼い頃に取っ組みあったりするのは、将来グループで暮らすための社会性を身に付けるための学習だという考えである。この仮説は、集団行動する動物について当てはまるように思われるが、実証的な研究はされてこなかった。

はたして、トレーニング仮説や社会的絆仮説は正しいのか。これを確認しようと試みたのが、リンダ・シャープである。進化生物学を専攻する大学院生であった彼女は、博士論文のテーマとして、2つの仮説を検証することにした。対象となる動物は、南アフリカに生息するミーアキャットの集団。幼いミーアキャット同士は、しばしば取っ組みあい(闘争遊び)をする。これは、成長してからの本格的な闘争で勝つためのトレーニングとなるのか?

シャープは、37匹のミーアキャットの2万回以上にわたる闘争遊びを観察し、各個体の遊びの頻度や勝敗などを記録した。結果は意外なことに、闘争遊びをたくさんしたからといって、本気の闘争に勝つ確率は高まってはいなかったという。

さらに、いろいろな遊びを経験した個体が、見張りをしたり、餌を分け合うといった社会性が身に付いているわけでもなかった。

少なくともミーアキャットについては、トレーニング仮説や社会的絆仮説は当てはまらないのである。

高度な遊びが文化になる

ミズダコやミーアキャットより小さな動物も、高度な遊びをする。一例として、著者のトゥーミー教授は、自宅のどこかに住みついたネズミのエピソードに言及している。

そのネズミは、キッチンにしまってあった松の実をくすね、薪ストーブの加熱プレートの隙間に押し込んでローストしていたのである。トゥーミー教授が「驚くべき偉業」と呼ぶ、この行為は、「因果的推論、自制、先を見越した計画」なしにはなしえず、もはや遊びの域を超えているとし、次のように書いている。

創造的スキルと想像力の発現という点で、調理はひとつの芸術だ。一方で、熱力学と化学の知識を必要とするため、科学でもある。複数のネズミが松の実を薪ストーブにたくわえ、そのネズミ(たち)が薪ストーブを利用した最初のネズミからそうした行動を学んだのだとしたら、ネズミたちの従事する行動は文化の定義も満たす。
(本書173pより)

トゥーミー教授はこのあと、オックスフォード大学の霊長類考古学プロジェクトのメンバーが、チンパンジー、オマキザル、マカクが作った石器を発見したことを伝える。

こうした「文化」の芽吹きは、動物たちが意識しないで行う遊びから、かたちづくられたのだろうか?

遊びが進化をもたらす?

本書の大きな特徴は、遊びと自然選択の類似性を指摘している点だろう。

自然選択は、進化論の根幹をなす概念として知られる。これは、ある生物の集団において、生存・繁殖に有利な特質をもつ個体がより多くの子孫を残し、そうでない個体は減少していく現象を意味する。

自然選択は、遺伝的な突然変異任せで、何らかの目的も、意図も、目標もない。その意味では、遊びに似ているとトゥーミー教授は書いている。

さて、この自然選択に似た概念に、生物選択(ボールドウィン効果)というものがある。これは、生物は、進化の行き先に自らの意志をいくらか関与させているという考え方だ。

これをうまく説明する例が載っている。普段は山地に住んでいるユキヒメドリの一部が、カリフォルニア大学サンディエゴ校のキャンパスに住み着いた。この鳥のオスは、メスへの求愛の際、尾羽を広げて白い羽毛を見せる。メスは、白い部分が多いオスを好む傾向があるため、自然選択に従えば、白い羽毛が豊かになる遺伝子を持ったオスが増えていくはずである。

しかし、この集団に限ってはそうはならず、世代とともに白い羽毛で魅せるオスは減っていったという。

このからくりは、繁殖回数にあった。キャンパスで暮らすユキヒメドリは、山地のものより1シーズンあたりの繁殖回数が多く、子育ての負担が増えていた。そのためメスは、最初に生まれた雛の世話に長けたオスを選ぶようになり、白い羽毛の量は重視しなくなっていった。このプロセスには、メスの意志が介入しているため、生物選択の格好の例とされている。

これをふまえ、トゥーミー教授は、遊びも生物選択による進化を促していると示唆する。ある遊びが、たまたま生存・繁殖に有利な「イノベーション」となり、その遊びを効率的にマスターできる個体が世代を経て増加していく。かくして、少数の個体の遊びであったものが、集団全体の生得的な行動となり、それはまさに進化であると。

トゥーミー教授は、生物選択のために遊びがあるとは断言はしていないが、啓発的な考えではある。では、キッチンペーパーをくるくる回す猫は、どの方向へと進化しているのだろう? 動物の何気ない遊びへの認識がちょっと変わる、面白い1冊である。

【今日の教養を高める1冊】
『生きものは遊んで進化する』

デイヴィッド・トゥーミー著、梅田智世翻訳
定価2475円
河出書房新社

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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