
「日本酒は和食と合わせるもの」と思っていませんか? 実は、チーズ、生ハム、フレンチやイタリアン、スパイス料理まで、その相性は驚くほど広いのです。食材の来歴、調理法、温度、器といった組み合わせの変数を知れば知るほど、日本酒ペアリングの世界は拡大していきます。今回は、日本酒こそペアリングに向く、というスタンスで、その魅力を紐解いていきます。
文/山内祐治
日本酒ペアリングとは? 料理と酒が響き合う「口中調味」の世界
料理と酒を合わせる楽しみ自体は日本にも古くからありましたが、「ペアリング」という言葉や、それを体系的に考える枠組みは、主にワインを中心とした海外の飲食文化から広がってきたものです。私がこれまで確認してきた研究によると、2000年代前半に「フードペアリング」という考え方がヘストン・ブルメンタールらによって仮説として打ち立てられ、その後、2010年代以降、香気成分・官能評価・専門家知見を用いた研究が進みました。ただし、それらの研究の中心にあったのはワイン、コーヒー、紅茶、ビールであり、日本酒を対象にした体系的研究は、まだ多いとは言えません。
では、なぜ日本酒はペアリングに向いているのか。それは、日本酒の味わいが滑らかで穏やかであり、旨味を強く持っているものが多いからです。これが他の醸造酒との大きな違いで、食材の持つ味わいと共鳴・共振しやすい性質があると考えます。
そしてもうひとつ大切なのが、飲むタイミングです。日本酒は「口中調味」で楽しんでいただく方が余韻が延びます。ここで私がお店でもよく使う例えが、とんかつ屋さんのシーンです。とんかつを少し噛んだあとでご飯を食べ、そのご飯がなくならないうちにとん汁を飲む。あの感覚です。口の中にまだ食材が残っているうちに日本酒を口に含むことで、食材の余韻をぐっと伸ばすことができます。このタイミングを意識していただくだけで、ペアリングの世界はずいぶん変わります。
日本酒ペアリングの基本。「同調」と「対比」で組み合わせを広げる
ペアリングを考えるとき、まず「香り」と「味わい」を切り分けて整理することをおすすめします。一緒にしてしまいがちですが、分けて考えるだけで、もう一段深く楽しめるようになります。日本酒には香りがないように思われることもありますが、最近はフルーティーなお酒、爽やかなお酒など様々な香りを持つものがあり、食材の香りと合わせていくこと自体が面白い試みです。
味わいを合わせるには、大きく二つの方向性があります。ひとつは「同調」。柔らかい甘味や旨味に、同じようなトーンのお酒を重ねていき、余韻をより長く引き出す方向です。もうひとつは「対比」。料理の酸味に日本酒の甘味を合わせたり、塩味に甘味を重ねたりすることで、差し引きをしてバランスを取る方向です。
ペアリングの面白さは、解像度をどこまで上げるかにあります。例えばお刺身ひとつとっても、白身魚か、イカか、マグロの赤身か中トロかで合わせるお酒は違います。塩で食べるか醤油で食べるかでも異なり、同じマグロでも刺身か炙りかでペアリングは変わります。
お酒の側にも操作できる変数はたくさんあります。熟成の度合い、温度、開栓してからの時間、器の素材(ガラスか陶器かなど)、そして料理のどのタイミングで合わせるか。これらを組み合わせることで、自分だけのペアリングを作り上げることができます。とはいえ、ペアリングに「正解」は存在しません。変数を楽しむこと自体が楽しさであり醍醐味なのです。
最先端の日本酒ペアリング。発酵×スパイスが切り開く新世界
近年、日本酒のペアリングシーンはとても豊かになっています。燗酒を使ったペアリングを提案するお店も増えてきましたし、クラフト酒を使ったペアリングも広がっています。クラフト酒のペアリングでは、そのお酒に使われている副材の香りを料理の中に取り込むことで、食材とお酒の「文脈」を揃えるというアプローチが生まれています。両者の結びつきが高まり、ペアリングとしての強度が増す面白い手法です。
以前はフレンチ・イタリアンとのペアリングが話題の中心でしたが、今、私が特に面白いと感じているのはスパイス系の料理と燗酒との組み合わせです。特に熟成古酒の燗酒とスパイス料理は、独特の奥行きと重なりがあり、それ自体がひとつの世界を作り出します。
さらに注目しているのが、発酵と日本酒の掛け合わせです。日本酒自体も発酵食品ですから、「発酵同士」を組み合わせてさらに深めるという方向性はとても面白いと思います。例えば、丁寧に作られた鮒寿司とどぶろくの組み合わせには、“時代をひと巡りしているような感覚”があります。昔の人たちがやっていたことが、大きな歯車が一周して現代に戻ってきたような、歴史と文化が折り重なる深みがあるのです。
アカデミアの世界では、ペアリングにはおよそ18のルールがあると認知されており、その組み合わせによってどのような効果が生まれるかという研究も進んでいます。日本酒の最先端のペアリングは、まだまだ進化の途中にあります。
日本酒ペアリングと和食。同じ土地が育む、王道の相性
日本酒と和食は、当然合います。そもそもアイデンティティが一緒ですから、まずもって合いやすいのです。ただ「合う」で終わらせず、もう少し掘り下げてみましょう。
ひとつ基本的な原則があります。「同じエリアのお酒と食材は、長い時間をかけて選ばれてきたもの同士だから、合いやすい」ということです。海に近いエリアのお酒は海のものと相性がよく、山に近いエリアのお酒は山のものと相性がよい傾向があります。「何県のお酒か」から一歩踏み込んで、そのエリアが海に近いか山に近いかを確認していただくだけで、ペアリングの精度がぐっと上がります。
食材への「仕事」という視点も重要です。例えばお寿司。「海のお酒と合わせればいい」と思いがちですが、漬けや穴子の煮物といった“仕事をしたお寿司”は、食材に時間と手間をかけて加工したもの。そうなると、選ぶお酒は必ずしも鮮魚そのものに近いお寿司の文脈で使われがちな「鮮度のよい清らかなお酒」一択ではなくなります。
来歴からヒントを拾う方法もあります。天ぷらは油脂分の多い魚介を揚げた料理ですから、酸を切るという観点から淡麗なお酒やスパークリング日本酒との相性がよくなりそうですよね。さらに天ぷらの語源は諸説ありますがポルトガル由来であるとされており、日本では長崎の南蛮文化につながっていきます。だとすれば長崎のお酒を選ぶことで、ペアリングとしての文脈がもう一段、増すことでしょう。「自分が納得できるペアリング」を見つけたとき、そのお酒は自分の中で強みのある一本になるのです。

日本酒ペアリングにチーズ・生ハムを。ワインより合う組み合わせがある
チーズと日本酒は、とても合います。ワインよりも合う組み合わせが存在すると、私は本気で思っています。スーパーで手に入るチーズはチーズの世界のほんの一部で、作り方や熟成方法によって幅が大きく異なりますので、ぜひいろんな種類を試してみてください。
比較的手に入れやすいところでは、パルミジャーノ・レッジャーノが代表格でしょう。熟成した凝縮感のあるハード系チーズで、乳の印象と旨味成分が豊富です。熟成したチーズには熟成したお酒が合わせやすいです。乳酸の印象があって熟成した風味が感じられるお酒。例えば石川県の熟成した山廃のお酒などは、相性の取りやすい一本として挙げられます。
面白いのは、同じパルミジャーノでも薄く切るかブロック状に切るかで、食感と香りの立ち方が変わることです。お酒は一種類でも、チーズの出し方を変えることでバランスを再調整できます。お酒のほうも、冷たくして出すか温かくして出すか、器もガラスか陶器かで印象はかなり変わります。これらを組み合わせることで、自分だけの組み合わせが見つかっていきます。
パルミジャーノ以外にも、ヤギ乳のシェーブルやブルーチーズにも、それぞれの楽しみがあります。生ハムについては、国産のものも充実してきていますので、こちらもぜひ試してみてください。

スパークリング日本酒のペアリング。乾杯から揚げ物まで彩る新提案
スパークリング日本酒がどのような特性を持っているかを少し分解すると、合わせ方のヒントが見えてきます。スパークリング日本酒は、日本酒の甘さ・滑らかさ・旨味を持ちながら、ガス感によって重心が若干高く持ち上がっています。この泡によって油脂分や甘味旨味とのバランスを取ることができ、華やかさもあるため乾杯の場面にも使いやすい一本です。
まず王道の使い方は、乾杯のひと杯。フレッシュでフルーティーなスパークリング日本酒を選ぶと、その場がぱっと明るくなります。次に、食前の一杯として口を整えるという使い方です。爽やかな吟醸香を持つスパークリング日本酒を最初の一口目に選ぶことで、これから始まる食事に向けて口の準備を整える——これも料理を爽やかで軽やかなものにすることでペアリングとして捉えることができます。
そして、揚げ物との組み合わせです。先ほどの話のように天ぷらやフライ料理にスパークリング日本酒を合わせると、揚げ物の油脂分がさっと軽くなるバランスが生まれます。「お酒から料理を選ぶ」という発想もあっていいと思います。見つけたお酒を起点に、合う調理法や食材、飲むタイミングを逆算して選ぶ——その切り口からも、面白い相性が見つかっていきます。スパークリング日本酒は、乾杯から食中まで使える、日本酒ペアリングの新しい入口です。

まとめ。ペアリングとは、組み合わせの変数を楽しむことから始まる
今回お話ししてきたのは、具体的なお酒と料理の組み合わせというよりも、ペアリングを楽しむためのフレームワークのひとつです。食材の来歴、加工の度合い、器、温度、飲むタイミングなどなど。これらをひとつひとつ意識していくことで、日本酒ペアリングの楽しみは無限に広がります。
家庭での晩酌でも、専門店での体験でも、まずは「なぜ合うのか」を考えながら試してみることが最初の一歩。ペアリングに正解はありません。変数を楽しみながら、ぜひ自分だけの組み合わせを見つけてみてください。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズプロフェッショナルの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。
構成/土田貴史











