写真・文/杉崎行恭
廃線跡を歩いていて、かつてのレールを見つけると大発見をしたような気持ちになる。日本では廃止されると、跡地は遊歩道やサイクリングコースに転用されることが多く、線路が残ることは少ない。戦前に廃止されたところでは市街地や畑に飲み込まれ、跡をたどるのも難しくなっている。かつて列車が走った証拠ともいえるそんな線路は、風景としても、産業遺産としても貴重な存在だ。そこで、今もレールが残る廃線跡を探してみた。
日高本線廃止区間
北海道・鵡川〜様似

北海道の日高地方を走っていたJR日高本線。ここは競走馬の育成牧場を車窓に見ながら、雄大な風景を楽しめる路線だった。しかし2015年1月、高波による線路の土砂流出で運転休止。被害はどんどん拡大し、2021年4月1日をもって鵡川〜様似間116kmが廃止されてしまった。災害によって唐突に終焉を迎えたのだ。日高本線跡は今も列車が走ってきそうな気配を宿したまま線路や駅舎が残り、物悲しくも不思議な風景を作り出している。ここは、おそらく日本最長のレール残存線路だと思う。

国鉄美幸線跡
北海道・美深〜仁宇布

今もシラカバの森をエンジン付きトロッコが走る。このため線路には立ち入れないが、鉄のレールを鉄輪がコロがる振動を体感できるのが旧国鉄美幸線だ。1964(昭和39)年に美深〜仁宇布間21.2kmで開業した国鉄美幸線は、「日本一の赤字線」として有名になった。1985(昭和60)年に廃止、そして原野に線路だけが残った。のちに有志が森の中から約5kmの線路を「発掘」して、手作りの軌道自転車を走らせた。そして1998(平成10)年に運転体験ができる「トロッコ王国美深」が始まった。今ではエンジン音を響かせて、4月から10月半ばまで北の大地を走ることができる。

幌内線跡
北海道・三笠〜幌内

ここは炭鉱のあった幌内と、積出港だった小樽を結んだ歴史的鉄道の跡だ。つまりかつては、次に紹介する手宮線につながっていた。開業は古く1882(明治15)年のこと。そして1987(昭和62)年の路線廃止以後は幌内駅跡を中心に「三笠鉄道村」としてSL運転を行っている。そして三笠〜幌内間の約2.7kmには今も線路が残り、ここもエンジンつきのレールバイクで走ることができる。一帯にはあちこちに廃線レールや保存車両もあって鉄道好きには興味が尽きない。

旧国鉄手宮線
北海道・南小樽〜手宮

北海道の廃線跡の中でいちばん「歩きやすい」のがこの手宮線跡だ。小樽駅と小樽運河のちょうど中間を横断するように延びる鉄道路線で、今ではレールや枕木のある人気の遊歩道になっている。旧手宮線は函館本線南小樽駅から、小樽港に連絡する旧手宮駅を結ぶ2.8kmの路線で、その起源は1880(明治13)年開業の官営幌内鉄道までさかのぼる。単線だが1962(昭和37)年までは旅客列車も走っていた歴史ある路線だ。遊歩道は小樽市街地の寿司屋通りから旧手宮駅の小樽市総合博物館まで1.6km続き、観光地小樽の重要な歴史遺産になっている。

小坂鉄道小坂線跡
秋田県・大館〜小坂

今も秋田県の山中にレールを残しているのが、かつて小坂鉱山と奥羽本線大館駅を結んでいた小坂鉄道の廃線跡だ。1908(明治41)年に鉱山鉄道として開業し、一時は地方鉄道として旅客列車も走らせていたが1994(平成6)年に旅客営業を終え、2009(平成21)年に廃止になった。その後廃線跡は地元の大館市と小坂町に譲渡され、終点の小坂駅構内は保存鉄道「小坂レールパーク」になっている。全長22.3kmあった廃線跡には断続的にレールが残り、大館市側では軌道自転車のレールバイク体験も行っている。一番の見どころはかつての交換駅だった茂内(しげない)駅跡で、駅舎や腕木式の信号設備などが見事に残っている。立ち入りはできないが、敷地外からも観察できる。

くりはら田園鉄道跡
宮城県・石越〜細倉マインパーク前

ササニシキの水田が広がる宮城県北部の栗原地方、ここにもかつて鉱山から東北本線を結んでいた廃線私鉄のレールが残る。1921(大正10)年に栗原軌道として開業、一時は電車も走らせていたが1993(平成5)年に第三セクター、くりはら田園鉄道に転換。2007(平成19)年の廃止まで走り続けた。現在、車庫のあった若柳駅が「くりでんミュージアム」となり保存鉄道として短距離だが気動車を走らせている。そして25.7kmもあった路線のうち、かなりの部分が断続的に残存し、広大な水田に赤錆びたレールが続いている。もっと注目されていい廃線跡だ。

写真・文/杉崎行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。
※杉崎の「崎」は正しくは「たつさき」











