三大話芸の落語、講談、浪曲を代表する「人間国宝」(重要無形文化財保持者)のお三方が、本邦初、一堂に会することとなった。それぞれの来し方と今、芸の道に弟子の育成、そして行く末。話芸の達人たちによる濃密な鼎談をお届けする。

落語家 五街道雲助(写真右)
ごかいどう・くもすけ 1948年、東京生まれ。1968年十代目金原亭馬生(きんげんていばしょう)に入門し「駒七」を名乗る。1972年二ツ目昇進、「六代目五街道雲助」を襲名。1981年真打昇進。2023年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に落語家として4人目の認定を受けた。弟子に桃月庵白酒、隅田川馬石、蜃気楼龍玉。

講談師 神田松鯉(写真中央)
かんだ・しょうり 1942年、群馬県生まれ。1970年二代目神田山陽に入門し「陽之介」を名乗る。1973年二ツ目昇進、「神田小山陽」と改名。1977年真打昇進。1992年「三代目神田松鯉」を襲名。2019年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に講談師としてふたり目の認定を受けた。弟子に神田鯉風、山吹、阿久鯉、鯉栄、伯山、松麻呂、鯉花、松樹。

浪曲師 京山幸枝若(写真左)
きょうやま・こうしわか
1954年、兵庫県生まれ。1971年初代京山幸枝若に入門。1972年「福太郎」を名乗る。2004年「二代目京山幸枝若」を襲名。2024年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に浪曲師として初の認定を受けた。弟子に京山幸太、京山幸乃。

話芸の達人たちによる濃密な鼎談

──このところ、落語、講談、浪曲、それぞれ人気が高まっています。どうご覧になっていますか。

雲助 お客さんに随分、若い人が増えました。真打になったのは40数年前のことですが、その頃は寄席に来るお客さんは年寄りがほとんど。寄席っていうのは悪所みたいなもんですから、やっぱり入りづらい。今では若い女性がひとりでふらりと入ってきますから、うれしいし、ありがたい。

松鯉 お客さんの求めるものが変わってきた、というのも肌で感じますね。若い人(演者)が、時代に合わせた芸をやるようになったというのもあるんでしょうが、笑いを欲しているお客さんが多いようです。

幸枝若 時代に合わせたネタをやる若い子も増えました。漫画が原作のネタをかけるなど、好きなことをやっているようです。それはそれでエエのですが、やっぱり、浪曲本来のじっと聞かせて感動さすという面は、少なくなってきてるんちゃうかな。

松鯉 それは講談も同じです。30数年前まで、本牧亭(ほんもくてい)という講談専門の定席がありましてね。そこでくすぐり(駄洒落や小ネタ)を入れようもんなら、先輩衆から「真面目にやれ」と叱られたもんです。固唾をのむあまり、客席が静まりかえっているのが、いい芸だとされていました。

雲助 今は、どの芸も“笑い”が主流ですからね。くすぐりだけじゃウケないってんで、ギャグをいくつも放り込む落語家が増えました。そうなると、話の面白みというのはかえって伝わりにくいんじゃないか。

松鯉 安易に笑いを取りにゆく、同じような芸風が増えました。そんな時代だからこそ、お笑いではなく、お客さんとの呼吸がひとつになるような、これぞ講談という芸をご覧にいれたいですね。


客から野次が飛ぶ

「お客さんはもうひとりのお師匠さんのようなもの。相当鍛えられました」──京山幸枝若

幸枝若 でも聴きにきてくれるお客さんが増えているのは、ありがたいことです。浪曲は聴いてもらえればこっちのもんですから。

松鯉 聴いてくれさえすればよさが伝わる。本当にそうですね。

幸枝若 浪曲が人気だった時代は、30分以上演らないと「手抜きか!」とお客さんに怒鳴られたもんですが、下火になると、浪曲の出番で席を立つ人も出てきました。聴いてもらうためには目先を変えなあかんと、バット持ってジャイアンツのユニフォーム着て出たこともありました。

雲助 若い時分、安来節(やすぎぶし)の合間に落語をやったことがあります。お客さんは「あらえっさっさー」が楽しみなんであって、落語を聴きたいわけじゃない。『ずっこけ』というネタを演ったところ、途中で「退屈だから歌でも歌うか」という台詞があって、口にしたら、客席から「歌え、歌え」と声がかかりました。こういう経験が必要だとは申しませんが、芸の肥やしにはなってるんでしょうね。

幸枝若 お客さんは、もうひとりのお師匠さんのようなもんですね。喉の調子が悪いと、「今日はしんどいんか!」「もうエエから幕おろせ!」と大声で野次られました。甲子園のバックネット裏かと思うほど。かと思うと、いい舞台のときは、「よかったで〜!」と声援やおひねりをくれる。相当鍛えられました。

松鯉 講談とは連続物だ、という気概でもってやっていますが、あれは笑いをとる芸じゃありません。お客さんは客席から体を乗り出し、固唾をのむ。そんな、しーんと静まりかえった中で「何が何してなんとやら、ポン(張扇)、何が何までなんとやら、ポンポン(張扇)」と講釈師の声と張扇が演台を叩く音だけが響く。これが理想ですね。

見て覚え、聞いて覚え

「師匠の教え通りじゃだめなんです。自分の感覚でもって自分の芸を拵えていく。それが落語の芸です」──五街道雲助

幸枝若 そもそも、芸を学ぶことは簡単じゃありません。

松鯉 “学ぶ”というのは“真似ぶ”からきています。まずは師匠の真似から入る。でも真似から抜け出ないと……。

雲助 「影法師」といわれて楽屋で軽蔑されたもんです。

松鯉 最近は、上手さよりも個性が注目される時代になっているようです。歌舞伎の中村屋がよくいいますが、“型”(基本)があるから破れるんであって、型がなければ“型なし”。弟子には「頃は元亀三年壬申十月十四日甲陽の太守武田大膳太夫晴信入道信玄……」と『三方ヶ原軍記』をみっちりやらせます。

幸枝若 浪曲の場合も師匠の真似からですね。何十年もやって、そのネタに入り込んでいくと、そこへ自分の魂が入るというか、自分の節回し、自分の啖呵というもんができてくる。

雲助 落語も基礎がなけりゃだめ。デッサンから習わないとアブストラクト(抽象画)は描けません。でも「俺のやる通りにやれ」は無理がある。一番弟子の白酒(三代目桃月庵白酒)には、全部渡してやろうと思ったんですが、育った環境も笑いの感覚も違う。「全部持ってけ」といったって持ち帰れない。だから「取れるもんだけ取れ」ってことにしたんですが、そしたら白酒は滑稽噺を、馬石(四代目隅田川馬石)は人情噺を、龍玉(三代目蜃気楼龍玉)は圓朝物(えんちょうもの)を持ってった。

松鯉 師匠冥利に尽きますな。以前、上野動物園のチンパンジーの飼育係に話を聞いたんですが、肝心なのは個体識別だそうです。で、個体それぞれによって扱い方を変える。チンパンジーだってそうなんですから、ましてや人間。その人に合った指導の仕方が必要なんでしょう。

雲助 弟子の立場からいうと、師匠の教え通り、そのまんまじゃだめなんです。自分の感覚でもって自分の芸を拵えていく。それが落語の芸です。

幸枝若 昔から芸は、「見て覚え、聞いて覚え」で身につけていく。ただ浪曲界は、運悪く中堅どころが相次いで亡くなっていますので、手本とすべき人が少ない。今まで通り、「勝手に覚えろ」では芸が廃れてしまいますので、最近は、要所要所に、アドバイスを送るようにしています。

芸の本分を守る

「同じような芸風になった時代だからこそ、お笑いではなく『講談』であることを示したい」──神田松鯉

──それぞれの芸の行く末をどう考えていますか。

幸枝若 関西では「四角い仁鶴(にかく)がまぁーるくおさめまっせぇ」の三代目笑福亭仁鶴師匠が人気でした。この方、ブルースも歌う、漫談もする、と何でもござれなんですが、何といっても古典落語がめちゃくちゃうまかった。古典あっての芸でした。

浪曲も同じです。古典あってこそ。梅中軒鶯童(ばいちゅうけんおうどう)先生(1902〜84)の『紀伊國屋文左衛門(紀文の船出)』なぞは絶品で、聴いていると、大嵐の中を進むみかん船の絵が浮かんだもんです。まだまだ目指すべき上がいる、というのはありがたいことですね。

松鯉 やっぱりね、本分を守るってことが大切だと思うんです。落語は“笑いの芸”、講談は“怒りの芸”、浪曲は“泣きの芸”ともいわれてきましたが、講談は儒学や心学が根底にありますので、間違った生き方をよしとしない。いってみれば講談は、人の生き方を提示する芸。そこのところは、守っていきたい。

雲助 若手落語家の芸が“笑い”をとることが主流になってきたと申しましたが、意外とね、入門してくる若い子が、寄席好き、落語好き、というのが多いんです。だから落語界の未来は明るい気がしています。噺家というのは、寄席で育つもの。酒蔵には、それぞれの蔵付き酵母があって、それがお酒をおいしくするっていいますでしょ。あれと同じで寄席にも、寄席菌のようなもんがある。あの菌を吸い込んで、噺家も上手くなっていくんでしょう。

松鯉 講談も、他流と寄席で混じることで、鍛えられますしね。

幸枝若 私も、落語や講談から随分、学びましたし、盗みました。

雲助 寄席はショーウィンドーみたいなもんで、落語以外の芸もたくさんある。寄席に行って“推し”を見つけるのも、いまどきの愉しみ方でしょうね。

後進育成は人間国宝の責務

──「人間国宝」となって、何か変わりましたか。

幸枝若 私自身は何も変わっていないのですが、周りの人がよくしてくれはるようになりましたね。それが唯一のよいことで……。

雲助 人間国宝と持ち上げられてますが、正式な名称は重要無形文化財保持者。これに認定されたってことは、あなたの技芸を認めたからもっと磨け、後進を育成しろ、ってことなんです。正直、はじめはちょっと浮かれましたけど、こりゃ責任ある立場に立たされたぞ、とすぐにぞっとしました。実際、不精者でぞろっぺえ(いい加減)で通っていた私ですが、後進に稽古をつける回数が増えました。人間国宝になっちゃったもんだから、稽古をつけてくれといわれたら断れない。

幸枝若 禍福は糾える縄の如し。いいことばかりじゃないですな。

松鯉 私はお酒が大好きですが、人間国宝になって、自分が健康で高座を務めることも責任のひとつだと思い、いっさい深酒をしなくなりました。今は健康優良児です。

雲助・幸枝若 ハハハハハ。

令和という同じ時代に生きる3人の人間国宝は気負わず、衒わず、それぞれの芸を次世代へと繫いでいく。

取材・文/角山祥道 撮影/三浦孝明 協力/鶴めいホール

※『サライ』2026年4月号より

4月号大特集はサライ「演芸」令和の名人です

 

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