確かな話芸と魅力あふれる個性を披露し何度も聴きたい、会いたいと思わせる演芸界のスーパースターたち。舞台や楽屋の姿を追いかけ彼らの芸への眼差しをとらえると、「演芸」のいまが見えてくる。
人情も毒も、人の心の機微を笑いの中に織り込む

徹底した噺の“解釈”が生み出す表現力
舞台袖から前座の叩く太鼓が鳴る。三味線と鉦の軽やかな音──大師匠・五代春風亭柳朝(しゅんぷうていりゅうちょう)にあやかった出囃子「さつまさ」に乗って、紋付きの羽織姿の噺家が舞台中央に進むと、一段高くなった高座にすっと座った。
飄々としていて掴みどころがない。客に媚びようともしない。少し不機嫌で、少し笑っている。しかしひとたび口を開き、話し出すと、ホールを埋め尽くした386人の観客は、すぐに花笑(はなえ)んだ。
新春に開催された、春風亭一之輔さんの独演会の模様である。
一年で860もの高座
江戸後期に形が固まり、大衆芸能として愛されてきた落語は、一時の低迷期を経て、いままた活況を呈している。新たな聴き手が「会いに行けるアイドル」ならぬ、「会いに行ける落語家」求め、寄席を訪れる。世の中が、落語の面白さを再発見したのである。
その現象の中心人物が「落語界の万能者」(東京かわら版編集人の佐藤友美さん)、「エースで4番」(演芸写真家の橘蓮二さん)、「これぞ粋、これぞ噺家」(作家の杉江松恋さん)という一之輔さんだ。
現在、全国で1000人ほど落語家がいるうち、一之輔さんは間違いなくもっとも忙しい。
東京に4つある寄席をはじめ、各地の大ホールでの独演会や、大小さまざまな会を合わせ年に860もの高座をつとめている。加えてレギュラーのテレビとラジオ番組、連載エッセイなど引く手数多。本人いわく、「3日も休むとむずむずしてくる」ほどで、6人の弟子の指導も余念がない。
一之輔さんが「エース」と呼ばれる所以は、類希な翻訳力にある。古典落語の解釈が深く新しいのだ。江戸を舞台にした古典は、そのままでは伝わりにくく、笑いも生まれにくい。噺と客とのあいだを繋ぐべく、一之輔さんは緩急自在に「落語の世界」を描写する。時には現代の言葉を放り込むなどアレンジも厭わない。が、目先の笑いのための安易なギャグは不要。落語の中の生きた人間が発する言葉で勝負している。
この演目を聴きたい
あくび指南
近所に新しくできた「あくび指南所」での稽古模様。師匠の見事なあくびの手本と、飲み込みの悪い男の稽古ぶりの対比がおかしい。一之輔さんの演じ分けに芸の真髄をみる。
「舟もいいが、
一日乗っていると
退屈で退屈で……
ふあぁ〜〜〜ああぁぁぁ〜
ならぬわい」



初天神
初天神の縁日、物をねだる男の子と父親との攻防を描く古典落語。小生意気な子どもの描き方は、一之輔さんならでは。一之輔さんはこの噺で2010年、NHK新人演芸大賞を受賞。
「ほら見ろ。あっちからこっちから
垂れちゃって大変だ」
なんて言いながら、
八五郎は蜜をひと舐め。
久しぶりの蜜は存外旨く、
チューチューペロペロと啜るうちに……

「令和の名人」推薦者(サライ「令和の名人」特集内の評論を担当)
佐藤友美さん(演芸専門誌『東京かわら版』編集人)
幼少期から伝統芸能に親しみ、『東京かわら版』編集部へ。寄席演芸の普及に尽力。4月に『東西寄席演芸名鑑3』を刊行予定。
杉江松恋さん(作家・文芸評論家・演芸プロデューサー)
推理小説の書評や小説執筆のかたわら、落語会や浪曲会を主宰。夢枕獏『陰陽師』を天中軒すみれさんのために脚本化。著書多数。
橘 蓮二さん(演芸写真家・演芸プロデューサー)
落語、講談、浪曲を中心に漫才、神楽など演芸全般の舞台や楽屋、ポートレートを撮り続ける。落語会のプロデュース、著書多数。
取材・文/角山祥道 撮影/キッチンミノル、山﨑真由子
※この記事は『サライ』本誌2026年4月号より転載しました。












