鏡の前で身だしなみを整える朝。避けては通れないのが髭剃りです。
丁寧に剃り終えても、あとからじわじわと這い上がってくる熱感。仕上げのローションが、傷口に染みる痛み。気がつけば、カミソリを手に取ること自体が憂鬱になっていませんか?
「もっと高機能なカミソリなら痛くないのかも?」
「シェービングクリームを高級なものに変えればいいのかも?」
「それとも、剃り方が悪いのかも…?」
そんなふうに考える人も多いでしょう。
しかし、中医学の視点で見ると、それは道具の問題でも、技術の問題でもなく、身体の内側から発せられたサインかもしれません。
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中医学の知恵から、身体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。
本日は、ホテルのフロントに立つ一人の男性が、相談室を訪れています。
ちょっと、覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者:40代男性/職業:ホテルスタッフ(接客・フロント業務)
症状:剃った後のヒリヒリ感、口周りの赤み、時々できる白い吹き出物
朝、鏡の前での「小さな格闘」
相談者は、少し疲れた顔でこう話します。
「剃ったそばから皮膚に赤い点々が浮いてくるし、ヒリヒリがなかなか引かなくて…。夜勤明けの朝は特にひどく、刃が引っかかる感じにもなります。
フロントでゲストに接するのに、顔が赤いままなのも、正直、困っています」

彼は肩を落とし、続けて言いました。
「シェービング用品をいろいろ試しましたが、どれも大差なし…。この仕事を続ける限り、悩み続けるんでしょうか?」
彼の言葉に、志村先生は静かに耳を傾け、言葉を重ねました。
「自分に合う道具を探すことも、もちろん大切です。でも、少し視点を変えてみましょうか。ちょっと伺いますが、肌の悩みの他に、花粉症や鼻炎といったお悩みはないですか?」
「あ…、実は花粉症もあります。でも、それが何か関係あるんですか?」
相談者が驚いたように顔を上げると、志村先生は小さく頷きました。
「中医学では、それらはすべて『根っこ』が繋がっていると考えます。ひとつの症状をケアすることで、身体全体がラクになる可能性もあるんですよ」
中医学から見るカミソリ負けの原因
「中医学では、肌の丈夫さは『肺』が受け持っていると考えます。
といっても、これは呼吸器としての肺のことではありません。中医学で『肺』とは、皮膚や鼻の粘膜など、外の空気と直接触れる場所を守るバリア機能のことを指します。
皮膚も粘膜も、いわば身体と外界を隔てる境界線ですよね。この『肺』の力が弱まると、肌のバリアという『シャッター』がうまく機能しない状態に。
つまり、カミソリ負けも、花粉症も、境界線を守る力が落ちているからこそ起こるサインとしてみることができます。
言い換えれば、カミソリ負けは『肺の養生が必要ですよ』という身体からのメッセージ。まずは、シャッターの具合が健全になるようにサポートしてあげることが、解決への第一歩になります」
あなたはどっち?【タイプ診断】
志村先生は、さらに問いかけました。
「赤みや炎症が出やすいのは、どのパターンに近いでしょうか? ご自身の肌の状態を、照らし合わせてみてください」
【タイプA】「ブツブツが出る」タイプ
「これは、身体の中の余分なものが外に出ようとしているサインです。
脂っこいものや甘いものなど、口にしても消化しきれなかったものが『熱』や『湿(余分な水分)』となり、吹き出物として現れます」

【タイプB】「カサカサ・乾燥する」タイプ
「こちらはもともと胃腸が弱い、もしくは、何らかの影響で胃腸が弱り、栄養をうまく吸収できていないときに起こるサインです。
食べたり飲んだりしたものが肌の滋養にならず、乾燥してカミソリが引っかかりやすくなります。夜勤明けなど、ひどく疲れたときに症状が出やすくなりますよ」
相談者は、言います。
「あ、私は夜勤明けに特にひどいので、【タイプB】ですかね」
志村先生は、考えながら言いました。
「そうですね、【タイプB】の傾向が強そうです。ただ、これまでにお悩みを聞かせていただいた多くの人々を振り返ると、【A】と【B】の両方を抱えている『混合タイプ』の人が多いんです。
ですから、両方に共通する大切なポイントをお話ししますね」
今日からできる胃腸の養生
志村先生は、こう話しました。
「肌の調子を整えるには、二つのアプローチがあります。身体にとっての『余分を減らす(引き算)』と、新しい細胞が生まれやすい『土台を作る(足し算)』と。
どちらも、胃腸をどう労わるかが鍵になります」
1. 食事はお腹が「グーッ」と鳴ってから
主に【タイプA】【混合タイプ】の人へ
「突然ですが、最近、お腹が「グーッ」と鳴った記憶はありますか?」
相談者は困惑しながら言いました。
「言われてみると、最近ないかも…」
「常に胃腸の中に食べ物が入っている状態では、消化器官はずっと働きっぱなし。休む暇がありません。
食べるタイミングを意識することって、じつはとても大切で、お腹がグーッと鳴ってから次の食事を食べるという、たったこれだけのことが、胃腸にとっては大きな休息になります」
相談者は、ハッと息を飲みこみます。
「たしかに、そうかもしれません」
志村先生は、笑顔でうなずき、言いました。
「食べ物を口にする前に、『本当にお腹が空いているか?』と自分に問いかけてみるだけでも、意識が変わりますよ」

2. 甘いものの誘惑と上手に付き合う「引き算」
主に【タイプA】【混合タイプ】の人へ
「脂っこいものや甘いものが無性に食べたくなる…。そんなときが、ないでしょうか?
じつは、これも胃腸のサインであることが多いんですよ。疲れた胃腸が、手っ取り早くエネルギー源を求めているだけかもしれません。
そこで過剰に食べてしまうと、また肌トラブルとして、余分なものが出てきてしまう、という悪循環に陥ってしまうんです」
特に【タイプA】の人は、夕食後のデザートや間食を、少しだけ控えてみることから始めましょう。
それだけで、胃腸の負担は軽くなり、肌の状態も落ち着いていきますよ」
3. 温かい飲み物で胃腸を整える「足し算」
主に【タイプB】【混合タイプ】の人へ
「夜勤などで生活リズムが乱れると、胃腸の働きも連動して乱れていきます。そんなときは、まず強い土台を作ることが先決です。ここは、『足し算』の養生ですね」
相談者は、少し身を乗り出して尋ねます。
「足し算…。やっぱり、高価なサプリを飲んだり、滋養のつくものを食べたりすることですか?」
志村先生は、優しく首を振りました。
「いいえ。
ここで言う『足し算』とは、身体が本来持っている力をサポートをする、という意味なんです。
「サポート…。具体的には、何をすればいいんでしょうか?」
ゆっくりと、志村先生は説明を続けます。
「例えば、冷蔵庫から出したばかりの飲み物をやめ、体温と同じ程度の温かい飲み物に変えてみるだけでも、身体にとっての助けになります」
「ちょっと、想像してみてください。
冷たい飲み物を飲んだあと、尿として排出されるときは、体温と同じ温度ですよね。つまり身体は、取り込んだ冷たさを、わざわざ温め直してから外に出しています。それだけのエネルギーを、毎回使っている、ということです。
相談者はハッとした表情を見せました。
「…たしかに。わざわざ体の中で温め直してるんですね。考えたこともなかった…」
「そう、これが身体にとっては、小さくない負担なんです。
そんなときに、いくらいいものを食べても、栄養はうまく巡りません。まずは無駄なエネルギー消費を抑え、その余力を、身体がもともと持っている『肌を丈夫にする力』へと回してあげましょう」

肌の悩みは、性別に関わらない
相談者は、少し明るくなった表情で言いました。
「カミソリを変えることばかり考えていましたが、内側のケアがこんなにも肌に影響しているとは思いませんでした。
それに…髭剃りの悩みって、男性だけのものかと思っていましたが、もしかして、美肌を追求する女性と、根本的には同じことなんですか?」
志村先生は、深くうなずきます。
「そうなんです。『胃腸を休ませる』『冷たいものを控える』これらは美肌を求めるすべての人に共通する鉄則です。
最近では、『推しに会う前に中医学で整える』という、熱心な人もいらっしゃいますよ(笑)」
「今日の話、バックヤードで同僚にも教えてあげようかな」
そう言って笑う彼の顔には、もう憂鬱さは感じられませんでした。
おわりに
「カミソリ負けが良くなってきたら、花粉症も楽になるかもしれませんね」
そう声がけをした相談者に、志村先生は温かく応えました。
「そうですね。肌のバリア機能を高めるための養生は、『胃腸』の養生と深くつながっています。身体はひとつながりですから、肌の悩みをきっかけに内側を整えると、身体全体の力が底上げされていきますよ」
相談者の背中を見送りながら、志村先生は思います。
「養生とは、劇的な変化を求めるものではなく、日々の小さな積み重ねです。
まずは今夜、温かいものを一杯、ゆっくりと飲むことから始めましょう。続けていけば、少しずつ身体の変化に気がつくはずです」
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が1番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:@cocobikobe0310
●構成・文/もぱ(京都メディアライン)











