どこから出てきたのか。足軽あがりのその者には稀なる才が宿っていた。その才を持って、民草(たみくさ)から天下人へと駆け上がった、日本史上ただひとりの男。豊臣秀吉。その謎に満ちた生涯を、解き明かす。秀吉の軍略のひとつ「誘導術」について解説してもらった。

賤ヶ岳(しずがたけ)の戦い(1583年)

敵将:柴田勝家(1522?〜83)

信長の宿老で勇猛な武将。北陸方面を任され、越前の北庄城(福井市)を本拠とする。信長の死後、信長の妹・市を妻とする。織田家中の主導権争いで秀吉と対立、賤ヶ岳の戦いに敗れ、北庄城で自刃。国立国会図書館蔵 写真/国立国会図書館

山崎の戦いに勝利した秀吉は、織田政権の今後を決定する会議を清須城(愛知県清須市)で主催する。この清須会議で秀吉は信長の嫡子・信忠の子である3歳の三法師を推挙し、信長の三男・信孝を推す宿老の柴田勝家と対立するが、結果は秀吉の主張が通った。小和田哲男さんは、清須会議では秀吉に有利な条件がふたつあったと言う。

「ひとつは秀吉が主君の仇を討った第一の功労者であることです。そしてもうひとつは秀吉が信長四男の秀勝を養子にしており、織田家に血縁的にも近い関係にあったことです。このふたつの好条件をバックに秀吉は会議で強気な発言ができたのです」

敵を引き込んで撃滅させる

清須会議ののち、勝家は国許の越前へ帰ってしまった。これを好機とみた秀吉は会議で得た山城国(京都府)を基盤に政治工作に奔走し、政権簒奪の野望を露にしていった。勝家は雪深い越前でこれを歯噛みしながら傍観していたが、天正11年(1583)3月、雪解けを待ってついに挙兵した。

勝家は北国街道を南下して近江の北部、余呉湖の北に布陣。迎え撃つ秀吉は余呉湖の南の木之本に布陣して、にらみ合いが続いた。

柴田軍は北国街道を迂回して岩崎山と大岩山の秀吉軍陣地を急襲。柴田軍諸将が余呉湖南岸に押し寄せるが、秀吉軍は賤ヶ岳を堅守し、誘い込みに成功。秀吉本隊の到着で趨勢は決した。

戦いが動いたのは4月中旬。秀吉に味方していた織田信孝が勝家に呼応する形で反旗を翻えし、岐阜城で挙兵したのだ。このため秀吉は急遽岐阜に向かうことになり、木之本の本陣を空けることとなった。勝家はこれを勝機とみて甥の佐久間盛政に攻撃を命じ、本格的な戦闘が始まった。

「秀吉軍は、賤ヶ岳砦(しずがたけとりで)をはじめ、山の地形を利用した砦を多数構築し、追撃してくる佐久間隊を砦ネットワークで防ぎました。勝家は佐久間盛政に一時撤退を命じますが勢いのついた盛政はこれを無視し、秀吉軍の包囲の中に誘いこまれる形になりました」

開戦を知った秀吉は、美濃から急遽Uターンして近江へ戻り、深追いしすぎた柴田軍に総攻撃をかけて圧倒的勝利をおさめた。

勝家は退却して北庄城に籠り、妻の市らとともに自害して果てた。秀吉の強力な対抗馬はこうして姿を消し、秀吉はいよいよ天下統一の戦いへ踏み出してゆく。

賤ヶ岳山頂広場の古戦場碑越しに琵琶湖を望む。賤ヶ岳はここを維持できるか否かで勝敗が決まる最重要地点となった。写真/PIXTA

若武者を積極活用

賤ヶ岳合戦図屛風(右隻)
江戸時代(18世紀)。賤ヶ岳の戦いを描いた六曲一双の屏風絵。右隻は秀吉の親衛隊として活躍した若武者たちを中心に描く。彼らはのちに“賤ヶ岳七本槍”と呼ばれた。秀吉は後方で彼らを鼓舞している。長浜城歴史博物館蔵
写真/長浜城歴史博物館

解説 小和田哲男さん(静岡大学名誉教授)

昭和19年、静岡県生まれ。専門は日本中世史。日本城郭協会理事長。NHK大河ドラマ『秀吉』『軍師官兵衛』『どうする家康』などの時代考証を担当。著書に『豊臣秀長』『戦国武将の叡智』など多数。撮影/今井一詞

取材・文/上川畑 博 イラスト/さとうただし 地図/モリソン

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