フジタは紫外線によって赤、緑、青に蛍光発光する3種類の白を使い分けていた!

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII、所長:黒橋禎夫、東京都千代田区)ならびに公益財団法人 ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館(館長:野口弘子、神奈川県箱根町)は、東京藝術大学、東京大学、京都大学、三木学氏との共同調査にて、藤田嗣治(レオナール・フジタ)の《ベッドの上の裸婦と犬》(1921年、ポーラ美術館蔵)に、異なる発光色(蛍光)を持つ白い顔料を発見しました。

本調査は、対象物の成分に関する情報を非破壊・非接触で得られるハイパースペクトル・カメラと国立情報学研究所が有する蛍光スペクトルをデジタル上で分離する技術が用いられ、フジタは蛍光発光する顔料の性質を把握し、肌質感の再現のために意図的に異なる顔料を使い分けていた可能性が高いと結論付けました。

【背景】

これまでのフジタの画材の研究

フジタは、1920年代、「乳白色の肌」「乳白色の下地」と称された肌質感を再現するような独特の技法を使用していたことは知られていますが、これまでの研究では物質的な組成しかわかっていませんでした。例えば、2008年に実施された東京藝術大学等による研究では、ベビーパウダーに含まれるタルクを使用し、油分による表面の光沢をとって滑らかな面をつくると同時に、水性の墨が弾かないように工夫していたことが報告されています。また、そこでは「乳白色」はシルバーホワイト(鉛白)とカルシウム化合物を乾性油とともに混ぜることによって、つくられていることがわかっています。しかし、フジタのつくったマチエール(絵肌)が、通常、油絵に使用されない非常に繊細な素材を用いてつくられ、1920年代の多くの絵画は、早い段階で修復される場合が多く、修復に際して画面保護用のニスが施され、フジタの意図していた肌質感の再現がどのようなものなのか不明な点が多くありました。

【研究手法・成果】

フジタが意図していた光学的な効果

ポーラ美術館が収蔵している《ベッドの上の裸婦と犬》は、1921年という早い時期に制作されていると同時に、修復やニスの塗布が行われていないため、光学特性から研究を進めました。今回の調査で《ベッドの上の裸婦と犬》に紫外線を当てたところ、背景のシーツ部分がやや緑、肌部分が青白く、唇や手足の爪、肘、乳首などが赤く蛍光発光していることがわかりました【図1】。

図1:フジタの絵画における蛍光発光

シーツの部分と肌の部分は、完全に領域が分割されていると同時に、肌部分には生々しい赤がポイントで入っているため、紫外線によって蛍光発光する顔料を意図的に使用していると推測しました。そして、紫外線を含む自然光のもとで蛍光発光するという光学的な効果によって、肌質感を再現しようとしていたのではないかと考えました。

しかしながら、フジタのほとんどの作品は修復されており、また戦後の美術館は劣化しないように、紫外線をカットしているため、フジタが顔料を使い分けていた意図が伝わらなくなっていた可能性は高いといえます。1920年代当時、「グラン・フォン・ブラン(素晴らしき白)」と称されたフジタの絵画が、修復と鑑賞環境の変化により、全く違ったイメージになっていたとしたらどうでしょうか? 今回の発見はその事実を示唆するものです。

3種類の蛍光発光する白い顔料の使用方法

今回、2011年の組成分析によって報告されたフジタが使用していた白い顔料である、炭酸カルシウム、タルク、硫酸バリウムの蛍光成分を調査しました。その結果、炭酸カルシウムは青緑、タルクは緑、硫酸バリウムは赤の蛍光発光が見られました。実際に、紫外線を当てた《ベッドの上の裸婦と犬》の肌の色には青い蛍光発光が見られますが、炭酸カルシウムがいったい何の顔料であるかはわかっていません。そこで、同じく炭酸カルシウムを主成分とする胡粉の蛍光成分を調査したところ、青い蛍光発光が見られました【図2】。

図2:白色画材の蛍光発光

つまり、フジタは墨だけではなく、肌の白に胡粉という日本画の顔料を使用している可能性が浮かび上がりました。フジタが墨を使っていたことから考えると、胡粉の使用も不思議なことではありませんが、このことは今まで考えられていた以上に、日本画の画材を西洋画に取り入れたことを示唆しています。

また、フジタがそれらの蛍光成分の異なる顔料をどのような意図で描き分けたのかを調べるために、蛍光発光が目立つ顔部分や足部分の蛍光発光の成分分離を行いました【図3】。その結果、肌に多く含まれる赤・青色成分が抽出されました。⾜部分での解析では、顔部分よりも顕著な赤と青の使い分けがなされており、指の腹や足裏などの膨らみのある箇所には赤色成分を持つ画材が使用されていることがわかりました。

図3:蛍光スペクトル解析による蛍光成分の分離

さらに、フジタが実際の人間の肌の構造的、光学的な再現を意図していたと考え、足部分に関して人の肌の持つ光学特性である肌表面反射と肌内部散乱成分を観測する技術を使用し、絵画から抽出された成分と比較しました【図4】。その結果、波長の違いによる肌内部への透過具合の違い(赤い波長の方が透過する)にも起因して、肌表面の光は、硬い印象があり、肌内部の光は赤みを帯びていて柔らかい印象があることがわかりました。それらは、フジタの絵画において赤成分が膨らみのある箇所に使われていることと似ており、フジタが実際の肌に近い光学特性を再現していたと考察することができます。

図4:分離された蛍光発光成分と肌の表面下散乱との比較

同時代の画家との比較

次に、同時代の画家が蛍光発光を意図的に使用しているかを調べました。ルノワール《レースの帽子の少女》(1891年)、フジタの師にあたる黒田清輝《野辺》(1907年)、黒田の師にあたるラファエル・コラン《眠り》(1892年)、を調べ、師からの技術的な継承があるかどうかも含めて調査しました【図5】。

図5:比較対象の絵画

結果として、ルノワールについては「蛍光成分のある白が、帽子や肌のハイライトに分布しているが、肌内部の散乱などは意識されていない」、黒田清輝《野辺》(1907年)では「耳などには、蛍光成分が見られるが、各成分の空間配置を確認するとあまり意図的に描いてはいない」、ラファエル・コラン《眠り》(1892年)では「耳、唇、鼻、頬など、赤の肌内部の散乱が空間配置を考慮して描かれているように見える」と判断することができました【図6】。このことから、コランが意図的に使用したと考える蛍光成分を持つ顔料(一つ)を発展させて、複数種類の蛍光発光を持つ顔料による肌質感を描き分ける表現は、フジタ特有のものであると結論づけました。

図6:比較対象の絵画における蛍光成分の分離結果

結論

調査から分かってきたことは以下になります。

・フジタは、異なる蛍光発光をする白を使い分けていた。
・肌と背景の白の表現は異なっていた。=「乳白色の肌」と「乳白色の下地」は異なる。
・異なる蛍光発光の白の使用は、肌の表面反射と内部の散乱を描きわけるためであった。=肌の構造ではなく、肌の光学特性を真似ていた。
・20世紀後半以降、美術館などの展示公開では紫外線をカットした照明のもとで作品が展示され、しかもほとんどのフジタ作品には修復に際して画面保護用のニスが施されていたため、「乳白色の肌」の本来の質感を見る機会はきわめて少なかったと考えられる。

研究の意義と今後

世界で最も知られている日本人画家、レオナール・フジタの「乳白色の肌」や「乳白色の下地」と称賛される肌質感の表現が、展示及び保存に適した美術館等の展示空間では彼の制作意図がわかりにくくなっていたという事実は、彼の作品の評価を左右する発見といえるでしょう。もしフジタが描いた頃の状態で自然光の下で鑑賞していたならば、人間の肌と同じような色つやの良い生々しい絵肌(マチエール)が見られたことでしょう。

今回、周辺調査でわかったことですが、絵画を蛍光発光する白色顔料を使って、まるで液晶モニターのように発光させる方法は、印象派のモネの絵画やそれ以降の一部の画家たちの絵画に前例がみられましたが、それらは原則的にハイライトに使用する場合に限られていました。そういう意味で、複数の白色顔料の蛍光発光を操った画家として、フジタを再評価することができるのではないかと思います。

今後、フジタの「乳白色の肌」の手法で描かれた絵画を、自然光下で見てその効果を確認したり、フジタがどのような日本画材を使っていたか調査したりすることで、その前後の洋画家、日本画家たちの分析も進めて関連を探っていければと考えています。

展示について

本研究の内容については、12月13日よりポーラ美術館において実作品(コランの作品を除く)とともに紹介される予定です。

【研究プロジェクトについて】

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「実世界の奥深い質感情報の分析と生成」(20H05950)、科学技術振興機構 未来社会創造事業「カスタマイズ可能な光学センシングの確立と社会・生活に新たな価値をもたらす光情報の高度利用創出」(JPMJMI23G1)の助成の元で行われました。

 

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