近鉄奈良駅や奈良公園から徒歩圏内の「ならまち」に美味処が増えている。地元の酒蔵当主と食に精通したジャーナリストが魅力を語る。

画像右・今西清隆さん(『今西清兵衛商店』5代目蔵元・62歳)
昭和35年生まれ。同志社大学卒業。「ならまち」で130年以上続く「春鹿(はるしか)」の醸造元として、世界に日本酒の魅力を伝える。
画像左・ 土田美登世さん(フードジャーナリスト、文教大学専任講師・56歳)
昭和41年生まれ。お茶の水女子大学大学院修了。『専門料理』『料理王国』編集部を経て独立。『やきとりと日本人』など著書多数。

今西清隆さん(以下今西) 奈良観光の中心エリアである「ならまち」で私が贔屓にしている懐石料理の『白 Tsukumo』を土田さんもお好きだと伺い、今回の対談場所に選びました。

土田美登世さん(以下土田) とても嬉しいです。訪問が叶わなかったコロナ禍の間に移転されたことはお聞きしていました。新しいお店も素敵なしつらえです。

『白 Tsukumo』のコースより、ベネチアンガラスの大鉢に焼き松茸や銀杏の松葉串しなどを盛り込み「秋のならまち」を表現した八寸。料理は季節により変わる。撮影/インディ藤田

今西 お会いするのは久しぶりですね。初めてお目にかかったのは、2009年に土田さんが奈良で食のイベントをプロデュースされたとき。当時を思い返すと、奈良の飲食業界は大きく変わったと感じるのではないでしょうか。

土田 あの頃は「歴史も世界遺産もあるのに、美味しいものがない」といわれることが、観光とまちづくりの課題でしたよね。実は2年前に少しだけ「ならまち」に立ち寄る機会がありまして、そのときすでに、美食の街として活気を増していることに驚きました。

今西 昔は関西の観光といえば、大阪、京都、神戸が中心で、雑誌の特集でも奈良はおまけで少し紹介される程度でした。ですから、2005年に『サライ』が奈良だけの大特集を組んでくださったことは、地元の食が盛り上がる大きなきっかけだったんです。そのときは「奈良だけで大丈夫ですか」と、聞いてしまいましたが(笑)。

土田 奈良の方は皆さん、そうやって謙遜されるんですよ(笑)。

「平城遷都」がシンボルに

土田 私は2000年代に入ってからすでに、「関西の食の情報誌が奈良を取り上げ始めた」ということには注目していました。2010年の「平城遷都1300年祭」の記念事業をシンボルとして、そこに向かって最初の変化が始まっていたのではないでしょうか。

今西 おっしゃる通りです。「ならまち」は最初にカフェが増え、そのあとに食事処が増えた。2016年に、奈良市内の富雄にあった名店『アコルドゥ』が移転開業したことは大きな出来事でした。『ミシュランガイド奈良』でも二ツ星の評価を得ている店です。

土田 高級店の成功例は「ならまち」の盛り上がりを後押ししましたね。

今西 それは確かです。世界が認めるレストランができたことで、追随する質の高い店が、ここ5年ほどの間に次々にできました。

奈良は豊かな食材の宝庫

南瓜や蓮根など旬の野菜を寒天で寄せた一品。対談では、生酒のまま-5℃で瓶熟成させた
秋限定酒「春鹿 純米吟醸生原酒210日熟成」とともに味わった。1合1700円。

土田 かなり前から、奈良は歴史に加えて、食材にも恵まれていることに気づいている料理人はいたと思います。もともと、底力を持った店、知る人ぞ知る店がありましたからね。

今西 嬉しい言葉です。野菜は生産者のみなさんが本当に頑張っていいものをつくっています。特に、戦前から栽培され、この土地ならではの歴史や特徴を持つ「大和の伝統野菜」は、奈良を訪れたらぜひ味わっていただきたいです。昔は海がないことが弱みといわれてきましたが、流通が進化した昨今、「ならまち」には高く評価される鮨屋もできています。

土田 観光都市として成熟してきた感じがします。以前は奈良を観光しても、夜は食事のため京都に移動する方が多く、宿も少なかった。でも、美味しい店があると、宿泊する方も増えますね。

今西 そうなんです。夜の食事を楽しんだ翌日は、ぜひ早朝の奈良公園を散歩するのをお薦めします。霧がうっすらと出てくる、あの時間がとてもいいんです。

土田 澄んだ空気に心が洗われますよね。「ならまち」の最高の楽しみ方だと思います。

「ならまち」を歩く今西さんと土田さん。平城京の外京として栄え、現在は世界文化遺産・元興寺の旧境内を中心とする地域に。

春鹿 酒蔵ショップ

奈良市福智院町24-1
電話;0742・23・2255
営業時間:10時~17時(利き酒体験の最終注文は16時30分)
定休日:無休(お盆、年末年始は休業)
交通:近鉄奈良駅より徒歩約15分。奈良交通バス福智院町バス停下車徒歩約1分。
利き酒(5種類)500円。

白 Tsukumo

奈良市紀寺町968
電話;0742・22・9707
営業時間:12時~(最終入店12時30分)、18時~(最終入店19時)
定休日:月曜、毎月最終日、火曜・金曜・毎月1日は昼休業
交通:近鉄奈良駅より徒歩約18分。
昼夜ともに2万2000円~(サービス料別)16席。要予約。

この記事は本誌2023年11月号より転載しました。取材・文/大沼聡子 撮影/奥田高文

『サライ』11月号は大特集『奈良 新しき「仏像」の見方』

 

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