
取材・文/沢木文
親は「普通に育てたつもりなのに」と考えていても、子どもは「親のせいで不幸になった」ととらえる親子が増えている。本連載では、ロストジェネレーション世代(1970年代~80年代前半生まれ)略してロスジェネの子どもがいる親、もしくは当事者に話を伺い、 “8050問題” へつながる家族の貧困と親子問題の根幹を探っていく。
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30歳で授かった待望の娘にがっかりする夫と義実家
東京都港区に住む愛子さん(仮名・65歳)は、10年前に突然、反抗期を迎えた娘(35歳)に頭を抱えている。
「娘が反抗し始めたのは、25歳の頃です。転職を繰り返すことをたしなめたら、“ふざけんな! あたしの人生だろう”と大声を出したんですよ。それまで本当にいい子で、親戚からも近所の方からも、“理想のお嬢さんね”と言われていたのに……」
娘は愛子さんが30歳のときに授かった。どうしても子どもが欲しくて、頑張ったのだという。
「当時は不妊治療なんて言葉もなく、結婚してから5年間、ずっと夫の両親から、妊娠しないことでさんざん嫌みを言われた末にやっとできたのです」
そんな待望の我が子だったが、産まれたのは女の子。夫側の親戚からも、夫からも、「なんだ、女か」とがっかりされた。
「あんなに辛い思いをして産んだのに、ここまで言われる。それなら立派に育ててやろうと決意しました」
その結果、愛子さんは娘に対し、幼いころから英才教育を開始。
「音楽教室、体操教室、バレエ、ピアノ、水泳、書道、乗馬、礼法の習い事に通いつつ、学校の勉強も手を抜きませんでした」
娘は幼いころから習い事と勉強中心に生きてきた。愛子さんの教えに従い、言葉は悪いが“言いなり”で生きてきたといってもいい。反抗期はなかったのだろうか。
「それはなかったですね。たっぷりの愛情を与えていましたから、本来なら反抗なんてしないはず。大学を出るまでは、ホントにいい子だったんです」
【夫の学歴コンプレックスに対し、妻は何を思ったのか……次ページに続きます】











