文・写真(一部)/柳沢有紀夫(オーストラリア在住)
ドラえもんのタイムマシンではないが、実際に太古に「タイムトラベル」する技術は残念ながらまだ完成してない。だが太古の暮らしを「実感」できる場所はある。それがオーストラリアのノーザンテリトリー(北部準州)の「カカドゥ国立公園」だ。
ここには、世界有数の古代壁画が残されている。先住民族アボリジニによるもので、古いものは5万年以上前とか、1万5000年前というような説もあるほど。いずれにしても、非常に古いものも含まれていることは間違いない。
壁画が描かれているのは、洞窟というよりも岩が庇状になっている「岩屋」のような場所。18世紀後半に白人の入植が始まるまで、アボリジニたちは建造した家屋を持たず、こうした岩屋を住まいにするという太古と同じ生活を送っていた。文字も持たなかった彼らのかつての暮らしぶりを伝えるものこそが、壁画なのだ。
「カカドゥ国立公園」は、およそ1000ヵ所ある世界遺産の中でもたった約30ヵ所しかない「複合遺産」(「文化遺産」と「自然遺産」の両方の特徴を兼ね備えたもの)に認定されている。文化遺産にも認定されている理由の一つが、これらの壁画群の存在である。
今回は、そんなアボリジニの壁画が間近に見られる2つの場所、「ウビア」と「ノーランジーロック」をご紹介しよう。不思議な壁画とともに、いざ太古の世界へのタイムトラベルに出掛けよう。
■壁画スポット1:「ウビア」の壁画群
まずご紹介するのは「ウビア」というエリア。ここでは主に5ヵ所の壁画群が楽しめる。駐車場から全長約1キロ、所要時間約45分のほぼ平らな周回ルートに3ヵ所。有名な壁画群はこの3ヵ所なので、壁画だけを楽しむならこの周回ルートだけでもいいかもしれない。
その「ウビア」の一部の「マブユ」という場所にあるのが、次の「漁師」の壁画だ。
この壁画がどれだけ古いのか。じつは確実なことはいまだにわからない。年代は過去の気候、地質学や考古学などから推察するしかない。たとえばウミガメの絵であれば、このあたりが海に近かった時期だと推察できるといった具合だ。
壁画は赤い部分を赤鉄鉱、黄土色は褐鉄鉱、白はカオリン(白鉱石)などの鉱物を水で溶いたもので描かれているが、赤鉄鉱のみの単色で他の色付けされていないこの漁師の絵は、比較的古い手法だ。
このすっぽんのように長い首を持つカメは、約2000年前にこのあたりに「氾濫原」(雨季になると川が氾濫して多くが水没する平原)ができて以降にこの地に住み始めたもの。よってこの絵も約2000年よりも前ではないことがわかる。
さて遊歩道を進むと次に見えてくるのが「メインアートギャラリー」だ。
ここは岩が本当に大きな庇状になっていて、太古の人々の生活がしのばれる。また「メインアートギャラリー」の名にふさわしく、壁面のみならず天井にも数多くの壁画が残されている。
下のカメの絵は、体の内部の骨格も含めて描かれていることにお気づきだろうか。これは「X線手法」と呼ばれ、比較的新しい描き方だ。
次の魚の絵も「X線手法」。この「メインアートギャラリー」には高さ5メートルほどの天井にも数多くの壁画が残されているが、どうやって描いたのかは、判明していない。
主な壁画のそばには、図解付きの説明パネル(英語)が設置されていて、どこに何の絵があるのかわかりやすい。
「ウビア」の周回ルート上には、このほかに「レインボーサーペントギャラリー」の壁画もある。伝説上の「虹色のヘビ」の壁画が有名だが、その前に足を伸ばしていただきたいところがある。
周回ルートの途中から伸びる往復約250メートル、所要時間30分の小高い丘を登るルートだ。途中に2ヵ所の壁画群を楽しみながら登りきると、頂上の「ナダブ展望台」からは広大なカカドゥの大地が360度一望できるのだ。むき出しになった岩肌。これもまた太古を感じさせる。
筆者のおすすめは、陽が沈む前の夕景だ。地平線の向こうに太陽が落ちていくにつれて、赤から青へと世界が塗り変わっていく。まさに絶景のひとときだ。
ちなみに日の入り後は立ち入り禁止となる。そもそも暗闇の中、矢印のマーキングくらいしかないルートを歩くのは何より危険なので避けるべきだ。
■壁画スポット2:「ノーランジーロック」の壁画群
次に紹介するのが「ノーランジーロック」にある壁画群だ。駐車場からの1本道が途中で周遊ルートになる約1.5キロのコース。壁画群があるのは《アンバンバンギャラリーシェルター》《インクラインギャラリー》《アンバンバンギャラリー》の3か所。
この中で最も有名なのはアンバンバンギャラリーにある「ナモンジョグ」や「ナマルゴン(雷男)」と名づけられた作品。下の写真の中央の人物が「ナモンジョグ」で、実の姉妹と近親相姦の掟を侵して、のちに巨大なワニに変身させられたという伝説上の人物だ。その右は雷をつかさどる「雷男」である。
じつはこれらの作品はナヨンボルミ(英語名「バラマンディ・チャーリー」)という名のアボリジニ芸術家により1964年に完成されたものだ。太古のものではないが、その分いい状態で見ることができる。
「ウビア」同様、ここでも随所にパネルでの説明がある。
ルートの途中にはこんな冒険心がくすぐられる場所も。
そして周流ルートの折り返し地点、「グンワーデワーデ展望台」
■カカドゥ国立公園への行き方
世界遺産にも指定されているカカドゥ国立公園へは、ノーザンテリトリーの州都ダーウィンからアクセスする。日本からダーウィン国際空港への直行便はないが、オーストラリアの国内のブリスベン、ケアンズ、シドニー、メルボルン、またはシンガポール経由でアクセスすれば乗り換えも一度で済む。
ノーザンテリトリーの州都ダーウィンからの公共交通機関はない。各種ツアーに参加するか、レンタカーで回る。国立公園の入り口までの所要時間は3時間。目的地までは当然それ以上かかる。
ただ、ダーウィンからカカドゥ国立公園に向かうアーネム・ハイウェイは、途中から「速度無制限」となり、100キロ以上のスピードで走る車もある。中央分離帯もない片道一車線道路で、地元の人たちによると「ワニが甲羅干しに出ていることもあって乗り上げることもある」とのこと。
訪れるなら、やはりおすすめは乾季(だいたい5~10月くらい)だが、雨季には雨季の愉しみがある。たとえば川から水があふれだすことで出現する巨大な「氾濫原」。大地を巨大なキャンバスにした木々の緑と水面の青の鮮やかなコントラストは、雨季だけの光景。そしてほかの場所ではなかなか見ることができない絶景だ。
一生に一度行きたい場所。そして一度行くと何度も逝きたくなる場所。それがカカドゥ国立公園だ。
文・写真(クレジットのないもの)/柳沢有紀夫(オーストラリア在住)
1999年よりオーストラリア在住。『極楽オーストラリアの暮らし方』(山と渓谷社)など著書多数。また2000年に海外在住日本人ライターやカメラマンの組織「海外書き人クラブ」を創設し今もお世話係を務める。
【関連記事】
※ 大自然の桃源郷「カカドゥ国立公園」で野鳥観察を堪能する【オーストラリア・ノーザンテリトリーの魅力】
※ 巨大な一枚岩「ウルル」を見上げる2つの絶景遊歩道【オーストラリア・ノーザンテリトリーの魅力】
※さあオーストラリア・ノーザンテリトリーの旅へ
詳細は下記リンクをクリック!
↓↓↓
https://www.tour.ne.jp/w_special/northern_territory/