文/印南敦史

写真はイメージです。

人生の後半を、ひとりで暮らしている方も少なくないだろう。あるいは、これからひとりの生活が始まることになったため、体調やお金のことなど、さまざまな不安が頭から離れないという方もいらっしゃるかもしれない。

しかし、長くひとりで暮らしている『最後までひとり暮らし』(田村セツコ 著、明日香出版)の著者は、そういった不安よりも“残りの時間を、どんなふうに自由に楽しく過ごせるか”のほうが気になるのだそうだ。

ご存知の方も多いだろうが、70年近くひとり暮らしをしてきたという、今年で88歳になるイラストレーターである。

本書で明らかにしているのは、ひとり暮らしを続けるためにこれまで行ってきた「小さな習慣」だ。それらを積み重ねていくことで、心地よいひとり暮らしが実現できるというのである。

生活は毎日の習慣の積み重ねです。
ちょっとしたことを重ねていきながら、わたしは自分らしいひとり暮らしができています。
体も心も元気で、毎日どこにでも歩いていくことができますよ。
小さな習慣を繰り返し重ねることで、年をとることが面白くなってくるんです。
老いが「不安なもの」ではない、「楽しくて面白いもの」にも思えてきます。
(本書「はじめに」より)

ひとり暮らしは「最高の贅沢」だと断言しているのも、そんな思いがあるからだ。

「たったひとりで生きていく」と考えると重たく感じてしまうかもしれないが、そもそも、誰に気兼ねする必要もないひとり暮らしは自由なものであるはずだ。起きる時間も寝る時間も、食べるものも着るものも、すべて自分で決められるのだから。

決まりがなく、誰に合わせる必要もない。まず、そう考えてみれば、不安の何割かは解消できるかもしれない。

誰にも合わせなくていいということは、つまり、自分の体と心の声を、そのまま聞いていい、ということなの。
ただし、その自由には、一つだけ、とても大事な側面があるわ。
それは、すべてを自分で判断して自分のことは自分でやる、ということ。
(本書23ページより)

当然ながらひとり暮らしでは、「こうしたほうがいいよ」と背中を押してくれるような人はおらず、なにがあっても自分で決めなければならない。困ったとき、誰かが動いてくれるわけでもない。

「きょうは病院に行くべきか」「今夜はちゃんと食べたほうがいいのか」というような小さな判断を、毎日ひとりで引き受けることになるわけだ。

ただし、それは悲観的なことではなく、不安な暮らしという意味でもない。それどころか、自分のことは自分でやるからこそ、ひとり暮らしは楽しいものになるのだ。これは、とても重要な大前提なのだろう。

ひとりで暮らすということは、孤独を選ぶことだけではないと思います。
自分らしく生きる自由を、静かに引き受けること。
寂しさも、楽しさも、そのまま抱えながら、今日を生きることなんです。
(本書25ページより)

「ひとり暮らし」ということばには多少なりとも、「ひとりで部屋にぽつんといる」というイメージが絡みついてくるものだ。だが、よくよく考えてみると、それは単なる思い込みだともいえる。

なにしろ、ひとり暮らしではなく、家族と暮らしていたとしても、パートナーや子どもがいたとしても、「自分ひとりの領域」を持つことはできるのだから。

いいかえればそれは、状況とは無関係な「自分のひとり暮らし」を持つことができるということだ。

大事なのは、世帯の形ではなくて、心の中に「自分の部屋」「自分の時間」「自分の感覚」をちゃんと持っているかどうかなの。
部屋の隅に小さな椅子と本棚を置いて、そこだけは「自分の基地」と決める。
そこで自分の上着を肩にかけて、熱いお茶を淹れて、本を読んだり、ぼんやりとしたりする。
(本書28ページより)

いささか比喩的な表現ではあるが、つまりは心のなかに“自分の領域”をしっかりと持つこと。それこそが、本当の意味でのひとり暮らしに欠かせないものであるということだ。

心のなかで「この時間だけは、自分だけのひとり暮らしの時間」だと決めてしまえば、たとえ同じ家のなかに複数の家族がいようと、その時間だけは「精神的ひとり暮らし」になる。

つまり自分の内側に「自分だけの部屋」を持つことができるとしたら、それこそが“ひとり暮らしの本質”なのである。

だから、ひとり暮らしを始めることに不安を感じるのであれば、まずは家族やパートナーとの生活のなかで「自分の領域」を意識してみるべきかもしれない。そして、そんな生活に慣れてから、実質的なひとり暮らしへとシフトしてみればいいのだ。

そうすれば、漠然とした不安に惑わされることなく、ひとり暮らしを心地よくスタートできることだろう。

『最後までひとり暮らし』
田村セツコ 著
1540円
明日香出版

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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