文/鈴木拓也

昭和12年生まれの小畑滋子さん。5人姉妹の長女として育ち、結婚後は「昭和の主婦」らしく家事・育児をすべて引き受け、子どもが独立してからは、自分のために時間を使うようになった。

5歳年上の夫が定年を迎えてからは、夫婦で旅行に行くなど充実した日々を送っていたという。

夫をがんで亡くしたのは、79歳のとき。長い闘病生活で覚悟はあったが、やはりショックは大きく、しばらく「心が空洞」であった。

ある日、雑誌に載っていた求人広告に目がとまる。
「年齢は問いません。人生経験豊富な方、心が健康で100歳!大歓迎です」
ファッションブランド「ミナ ペルホネン」のショップ「call」の店舗スタッフの求人であった。

小畑さんは、なぜかこの求人広告に心を動かされ、生まれて初めて履歴書を書いて送った。

しばらくして面接があり、採用。東京・青山の店で販売員として週2回働くという、新たな人生が始まった。

それから6年。 85歳を迎えた小畑さんは、今もこの店のスタッフとして顕在だ。先日は、著書『85歳、「好きなこと」を続けるごきげん暮らし』(大和書房)を上梓。第二・第三の人生のヒントが詰まった本書は、注目を浴びている。

若い人と働くのはとても楽しい

本書で語られるのは、傘寿目前に人生の転機を迎えた、一女性の等身大の姿。
小畑さんは、接客業は初めてであったが、おしゃれに強い関心をもち、若い頃に洋裁学校で学んだ経験もあって、店の仕事には無理なくなじめたという。
店のスタッフはみな若い人ばかりだが、それも小畑さんにはやりがいを高める一要素になっている。

ふだん若い人たちとの接点がないので、彼らと一緒に仕事ができるのはとても楽しく、刺激的です。接客の合間のちょっとしたおしゃべりが息抜きになります。食べものの話、ファッションの話……。年齢や性別は関係ありません。(本書25pより)

働くようになって、小畑さんの意識も変化する。それまでは、スカートはほとんど履いたことがなかったのが、ロングスカートやワンピースを身に付けるように。だから、来店客にも「ほんの少しでも新しい世界を見せて差し上げたい」という気持ちで接する。そんな小畑さんの情熱に感じ入り、お客様のほうでも小畑さんの接客を望んで、遠方から店に訪れるほど。

最小限のもので心地よく暮らす

小畑さんのおしゃれの鉄則に、「シンプルイズベスト」というのがある。そして、流行に左右されないオーソドックスなデザインの服が好きだという。

同様に日常生活も、「よけいなものはもちたくありません」が信条。自分の作った洋服は例外として、「ものを捨てるのが苦にならないタイプ」だと自認する。それだと、片づけも掃除も手間はかからないし、心地よく暮らすための最大のコツであるとも。

しかし、思い出深いものは別だ。定年後に焼きものを始めた夫の作品に、十二支の動物をかたどった小さな焼きものがある。小畑さんは、今年の干支に合わせて、その1つを玄関に飾る。

ほかにも、洋裁学校時代の恩師が描いた絵や、50代になって習い始めたシルクスクリーンの先生の作品など、ひとり住まいの家の中でアートが彩る。

出勤日は週に2回。それ以外の日は、遅めの朝食をとり、掃除・洗濯をしたのち、図書館に出かけることが多いという。食材などの買い出しは週2~3回。なるべく1日に1回は外出するよう心がけているそうだ。

健康の秘訣は「歩きたいだけ、歩く」

小畑さんはこれまで、ほとんど病気らしい病気にもかからず過ごしてきたという。
生来、体が丈夫だったこともあり、意識して健康管理はしていないと語る。

食事は、1日2食。朝食は、「ゆで野菜、手づくりピクルス、はちみつをかけたヨーグルト、サバ缶の定番メニュー」。夕食は、デパ地下で手に入れた食材で自炊する。サバ缶をはじめとした魚だけでなく、肉も食べる。「肉はパワーになるから、ときにはしっかり食べないといけません」とも。


そんな小畑さんが、健康を考え唯一行っているのは「歩くこと」。歩数の目標は決めず、「歩きたいだけ、歩く」。

家から最寄りの駅まで徒歩で20分くらいなので、歩くのにちょうどいい距離です。駅にデパートがあり、買い物はおもにそこでしています。出勤日も含めれば、毎日のように駅までの道を往復しています。(本書145pより)

また、最近になって、これにスクワットが加わった。数年前から「おなかまわりの締まりがなくなってしまった」のがきっかけ。もっと回数を増やしたいと考えているそうだ。

* * *

子供はとうの昔に巣立ち、夫に先立たれた小畑さんだが、今では寂しいと感じることはないという。むしろ「毎日、ごきげんです」と、嬉しそうに記すのは、自身のペースで暮らし、好きなおしゃれに関わっていることが、とても大きいのだろう。本書を読んで、シニア世代が理想としたい、1つの生き方を教えてもらったように感じた。

【今日の暮らしに役立つ1冊】
『85歳、「好きなこと」を続けるごきげん暮らし』

小畑滋子著
大和書房

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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