秀吉発言は理想論か?

A:さて、『豊臣兄弟!』の「清須会議」ですが、最新の知見を織り交ぜて重厚に進んできたのですが、本作制作陣のオリジナルエピソード挿入へのこだわりはここでも発揮されます。
I:なんと、三法師がいなくなってしまうという展開。信雄が連れ去ったに違いない、ということで、宿老たちが全員で探します。最終的には三法師が救い出され、三法師付きの侍女が自害するという顛末です。侍女が三法師を隠すというところまではわかるのですが、探しにきた勝家、秀吉ら宿老たちに刃向かっていくというのが「???」でした。あれはどういうことなのでしょうか。
A:確かにそこだけよくわかりませんでした。あの侍女は、忍び=くノ一設定だったのでしょうか。もしかしたら今後も「忍び」の暗闘が繰り広げられるのかもしれません。今回の「忍び」はその前哨戦だったということはないでしょうか。
I:うーん。それは絶対ないと思うんですけど……(笑)。さて、三法師探索を共同で行なったことで、結局4名の宿老による「合議制」で三法師を盛り立てるという展開になりました。前述の通り、時代考証の柴裕之先生の『清須会議』を傍らにおいておけばより深く理解できると思われます。合議制といえば、源頼朝が急死した後に第2代将軍頼家を「13人の有力御家人による合議制」で支えていくという鎌倉幕府の前例がありますね。
A:そうなんですよね。鎌倉幕府の合議制はあっという間に瓦解しましたが、「織田合議制」もあっという間に崩壊します。秀吉が説明したように、それぞれの良い部分をうまく利用して仲良くすればいいのに、結局言い出しっぺの秀吉が勝家ら宿老を出し抜いて、三法師を抱いて上座に立ちましたからね。したたかな振る舞いだったということになるのでしょう。
I:そういうのは、どこの組織にもありますよね。仲良くやればいいのに、いがみ合ったり、派閥をつくって争ったり。逆にいえば、秀吉のいっていることは理想論に過ぎないということです。
A:「上様のお成りでございまする」といっていましたね。ということは織田家の家督だけではなく、天下人の座も三法師が継承したということになりますね。「これからは織田家筆頭家老となったこの羽柴秀吉が、ここにいる者たちと共に力を合わせて、三法師様をお支えいたしまする」「うむ、頼りにしておるぞ、秀吉」「ハハア! この羽柴秀吉に、全てをお任せくださりませ! よいな皆の衆!」という秀吉の言葉に、柴田勝家も丹羽長秀も唖然としています。秀吉にしてやられたというところでしょうが、なんだか、後々の「家康臣従」のくだりでも同じことをやりそうな気がしてきました。
I:秀吉による一連の行動を「天下安寧のための行動」ととるか「織田家の権力簒奪」ととるか、いよいよ戦国史のターニングポイントが描かれる流れになります。
秀吉発言がお市を動かせたのか?

A:さて、浅井長政(演・中島歩)とお市(演・宮崎あおい)との間に生まれた浅井三姉妹=茶々、初、江のうち、長女の茶々(演・井上和)がお市への「取次ぎ」を務めていました。三姉妹のうち、三女の江は2011年の大河ドラマ『江 姫たちの戦国』で大河ドラマの主役となっています。
I:柴田勝家がお市に差し入れを持っていきますが、会おうとしませんでした。ところが、秀吉がやってくると、すぐに入ってよいというのです。やつれて髪も着物も乱れた様子のお市。兄信長から送られた「文」を見返していたそうです。改めて「兄思いのお市」が強調されました。過去作品では、お市が三法師を抱いて登場するという作品もありましたが、『豊臣兄弟!』では清須会議にお市の登場はありませんでした。
A:お市は、「やらねばならぬことができた。勝家……私を娶れ」と言い出します。前段で、秀吉がお市に「この秀吉が、上様に代わって織田家をお守りいたしまする」「上様の目指した天下統一を、必ずや成し遂げまする」「そのためにも、お市様、わしにお力をお貸しくだされ」といったのが気に障ったのでしょうか。
本能寺の変直後に挙兵した安藤守就
I:さて、今週どうしても触れたいことがあります。小一郎正室の慶(ちか/演・吉岡里帆)のことです。小一郎は、与一郎(演・高木波瑠)を亡くした慶を気遣っていました。でもこの時期、実は慶にはもうひとつ「憂い」があったはずです。
A:『豊臣兄弟!』では、慶の実父と設定された安藤守就(演・田中哲司)のことですね。
I:そうです。信長に追放された際に「美濃の熊殺し」と称していた安藤守就です。信長から追放されて、美濃の本領は稲葉良通(演・嶋尾康史)に渡っていたのですが、「本能寺の変」直後に挙兵してかつての本領奪回に動いたわけです。ところが、稲葉良通に敗れて、6月8日に討ち死にしてしまうのですよね。つまり実父が討ち死にし、その直後に与一郎が戦傷死したという展開です。ダブルショックですよね。ところが本編では、実父の討ち死にには触れられませんでした。
A:既に追放された段階で、親子の縁も切ったという設定だったんでしょうね。そう考えるほかありません。西美濃三人衆とうたわれた安藤一族はここで滅亡したということです。

※宮崎あおいの「崎」は正しくは「たつさき」。
●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











