岐阜城下の若き日の信長像。

1983年のNHK大河ドラマ『徳川家康』は、主役の徳川家康に滝田栄さん、織田信長に役所広司さん、羽柴秀吉は武田鉄矢さん、濃姫は藤真利子さん、明智光秀が寺田農さんという布陣でした。原作は山岡荘八さんの『徳川家康』。1950年から1967年まで新聞連載された大作で、単行本は全26巻。当時、リーダー必読の書であると喧伝され、大企業経営者、管理職、プロ野球監督などがこぞって熟読したといいます。

この『徳川家康』が満を持して大河ドラマに投入されることになったのですが、このドラマの演出を手掛けた大原誠さん著の『NHK大河ドラマの歳月』(1985年刊/日本放送出版協会)によると、当初、織田信長を沢田研二さんが演じることで進行していたという逸話が語られています。1983年といえば、沢田研二さん34歳の年。最終的にスケジュールの都合がつかなかったということですが、大河ドラマで沢田研二さん演じる信長、見たかった気もします。

「丹波、近江召し上げ」という誤解が発端説

『徳川家康』はそのタイトルの通り、徳川家康が主人公なのですが、織田信長と明智光秀の間に発生する「本能寺の変」も尺をとって展開されました。

天正10年5月15日、家康は穴山梅雪(演・生井健夫)とともに安土城で織田信長の接待を受けます。

光秀に家康接待を命じた信長は、「豪勢な計画であっと言わせてやるがよい」と光秀に指示します。光秀は、「あまりの接待は上様から徳川殿へご機嫌を取られたと、ほかの家臣に思われはせぬかと」とやんわりと伝えますが、信長は破顔一笑。「こたびはあくまで家康には親類の扱いと思わせ、天下の諸将どもへは、家康が駿河一国を拝領した礼にこの安土へ臣礼をとって参観したとみせかけねばならぬ」というのです。

さて、家康接待の始まりです。光秀は安土城下の「大宝院」に家康接待用の客殿を設けますが、信長に検分してもらう日の話です。信長はあまりに豪華な設えを見て、「これはいったい何者を泊める宿舎じゃ」と難癖を付けます。何が悪かったのか問い返す光秀に対して信長は、城にこいと命じます。

安土城で信長の前に伺候する光秀に対して、「光秀のことじゃ、なぜわしが怒ったのかわかったであろう」と信長はいうのですが、光秀は「生来愚昧にして」と心当たりがないことを正直に吐露します。おそらく視聴者も信長が何に怒っているのかわからなかったものと思うのですが、「生来愚昧」という表現が信長の怒りを買います。「家康を手落ちなくもてなすようにはいったが、それには自ずから限度があるとは気づかなんだか。分を超えた馳走は相手へのへつらいとなり、かえってこちらの威光を損じる。このおおたわけめが」と罵声を浴びせるのです。

手厚くもてなせといったじゃないか、とも思うのですが、それが信長なのでしょう。

光秀「関東の客人を心よりもてなしたうえで、あの旅、この旅と誘い、なるべく本国を留守にさせたほうが」

信長「その方、家康に反心ありと申すのか」

光秀「中国で苦戦ともなりますれば、北条の誘いの手がのびぬものでもございません」

というやり取りを経て、信長は「これほど説いても自身の誤りに気付かぬは、この信長を侮る心があればこそ」と、こともあろうに小姓の森蘭丸に対して光秀を叩くことを強要します。蘭丸も逡巡するのですが、重ねて信長から強いられて、「上意でござる。ごめん」と扇子で光秀の頭を叩きます。あまりの出来事に、切ない時間が流れます。

この一件で、光秀は接待役を解任されます。これに不満を抱いた光秀家臣が料理の材料を壕に投げ捨てるのです。食材を投げ捨てるというのは『川角太閤記』に描かれたエピソードです。

信長、光秀のすれ違い

青山信昌(演・沖恂一郎)が信長の使者として光秀のもとを訪れます。

青山「惟任日向守光秀殿には直ちに出陣、備中に赴いて羽柴筑前守秀吉殿の後詰をするようにとの上様のお達しにござる。なお、お喜びくだされ明智殿。石見出雲を賜るというご上意である」

青山は信長が気にしているときちんと説明しますが、心ここにあらずの光秀は、丹波と近江を召し上げられると誤解したのです。

場面は、「安土城濃姫の居間」に転じます。

濃姫「上様、光秀殿二度の役替、ひどく不満の様子であったとか。濃の耳にも聞こえてまいりました」

と心配します。信長正室の濃姫がこの段階で光秀のことを心配するのは、『国盗り物語』以来の出来事。信長は濃姫にこう返事します。

信長「あやつは肝の小さいおなごのようなところがあるでのう。それゆえ初めは左遷されたかと思い違いをしたのであろうよ。それがわかっているゆえ2か国加増を申し聞かせたのじゃ。今頃は完全に機嫌が直ってどう手柄しようか夢中になっておる」

と意に介しません。ここで濃姫に膝枕する信長なのです。

近江坂本城で重臣に謀反を勧められる

信長の本心を知ってか知らずか、近江坂本城では、光秀を囲んで重臣会議が行なわれました。四王天但馬守(演・遠藤征慈)、明智秀満(左馬助/演・大林丈史)ら7人の重臣が口々に光秀に進言します。

「殿、出雲石見の2か国を賜るといっても、これはいわば敵の手中にあるもの。そこへ出陣して攻め取っている間に、丹波近江の領地を召し上げられては、父母妻子の身の休んずる場所もなくなりましょう」

「これは信長公の明智家滅亡のご計画に相違ございません」

「殿、猶予はなりません。ご決断を」

「接待役を再度に渡って解任され、そのうえ森蘭丸の小姓ずれに打擲を受けられた。信長公の心が殿から離れられた証拠でございますぞ」

大河ドラマ史上初めて、重臣らから諭された光秀は、ついに決断します。

光秀「今や当家は危急存亡の時を迎えた。当方より兵を挙げるにしかずと考えが決まった。それでは一同、丹波亀山城に全軍の集結を命じる」

重臣らは一斉に「承知!」といって立ち上がるのです。

そして、本能寺の一室で……

6月1日、本能寺奥殿の一室。信長は嫡男信忠(演・森篤夫)、源三郎(演・伊藤秀和)の従者を含めて無礼講で宴席をともにすることを提案します。信長五男で一時武田家に養子に入っていた源三郎が初めて大河ドラマに登場しました。

「わらわもいただいてよろしゅうございますか」と濃姫がいいます。信長は「小姓どもに存分に飲ませてやれ」というのですが、濃姫は「ここはお城ではありません」と制します。濃姫は胸騒ぎを感じていました。

信長は、信忠と源三郎に、「人の一生は進むも退(ひ)くも電光石火でなければならぬ」と訓示を与え、濃姫が鼓をうつ中、敦盛を舞うのです。

「濃はおなごではありませぬ」といって戦う濃姫

6月2日早朝、目覚めた信長は、騒々しい雰囲気に気が付きます。

信長「下郎どもがいさかいを始めたようだ。鎮めて参れ。待て、いさかいではない。あれを聞け。軍兵がこの寺に闖入(ちんにゅう)しつつある。お蘭、物見せよ」

本能寺が一気に騒然とします。

「何者なるぞ。上様が此方におわします。立ち騒ぐな。無礼であろう」と叫ぶ森蘭丸。廊下に出てきた信長のもとに家臣たちが集まってきます。

「あ、旗が見えました。水色に桔梗の紋が!」と誰かが叫びます。

信長「光秀か」

蘭丸「明智光秀、ご謀反と見えました」

信長「光秀めが」

小姓たちが一瞬にして最善の防備の体制を整えます。

蘭丸が「上様、なにとぞ蔀のうちへ!」と告げますが、信長は内に入ろうとせず、弓矢で応戦の構えを見せます。

信長「惟任光秀が謀反。かくなる上は是非もなし。目にもの見せて腹斬ろうぞ」

信長はその場に駆けつけていた濃姫に対して、女どもをつれて今のうちに早く落ちよと命じます。しかし、濃姫は一緒に戦うと応えます。信長の手勢は足軽小者まで含めて300ほど。

信長「信長もおかしなやつよ。尾張一の大うつけ。他人が右といえば左といい、白いといえばあくまでも黒いといいはったつむじ曲がり。叡山、高野と僧俗を問わず、徹底的に殺戮した。七層天主の安土城も奇観瞠目の南蛮寺も建立した。大砲を積んだ軍艦も建造して目の青い南蛮人の度肝を抜いてやった。その信長がいま、最期のときもまた日本中をあっといわせる羽目となったわ。(大笑して)光秀め、うまうまとやりくさったのう」

信長は、ここで6矢を射ます。次の矢を渡す役を濃姫が務めます。信長が「光秀はおんな、子供は斬らぬ奴じゃ」と逃げるようにすすめますが、濃姫はそれでも残ります。

7矢目で弦が切れ、槍を持てと命じます。お濃も薙刀を持って戦おうとします。

濃姫「落ちませぬ」

信長「信長は最期におなごの力は借りぬ」

濃姫「濃はおなごではありませぬ。それよりお自らの戦いはもうやめなされ」

信長「たわけ! うぬの指図を受ける信長か!」

ボロボロになった蘭丸が駆けよってきます。

蘭丸「御自らのお働き恐れ多し。いざ、ご生害を」

そう言う蘭丸に、うんと頷く信長を見て、蘭丸はまた戦いに戻っていきます。

濃姫「上様、おもしろい生涯でござりました。この濃には」

信長「うぬは俺と一緒に死ぬ気か?」

濃姫「殿はご無念にございましょうな。光秀づれにこのような」

信長「たわけめ! (笑いながら)生死は一定。無駄だといわず控えておれ」

明智方の兵と信長が直接のやり取り

大河ドラマの「本能寺の変」も6作目。これまでにない描写も登場するようになりました。甲冑姿の明智軍の武将が、信長の前に現れたのです。

「明智の臣、三宅孫十郎、みしるし(首級)頂戴に参上」

小姓たちは信長が自害するための時を稼ぐため戦っていますが、信長は長槍を投げて兵士を刺します。

濃姫「殿、わらわもそろそろこの腕に血塗ります」

信長「小癪な女め」

蘭丸が斬られた後、庭に降り立って薙刀で敵に立ち向かう濃姫。

「右大将信長公と覚えたり」と、安田作兵衛(演・岡本隆史)ほか5人の武者が攻めてきます。ひとりの武者に斬られた濃姫が、倒れそうになりながらも薙刀で相手を斬り倒します。

倒れる濃姫を見た信長は、すっと部屋の奥へ入っていき、襖を後ろ手で閉めました。部屋に自ら火を放ち、炎の中で腹を切り、さらに、自ら首にも刃を刺します。

信長「生きたい。もうしばらく生きたかったぞお濃! もう2年がいい。そうしたら必ず日本を平定してみせてやる。いや2年が無理ならば1年でもよい。1年が無理ならひと月でよい。ひと月あれば……ひと月あれば……俺は中国を平定できる男だ。ひと月が無理ならあと10日……5日……3日……あああああ……」

と、悲鳴に似た信長の叫びが響きわたるのと同時に、場面は転じて、家康が目覚めるのです。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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