JR岐阜駅前の信長像。(写真/岐阜県観光連盟)

1973年の『国盗り物語』は、司馬遼太郎さんの原作小説をベースに、『新史太閤記』『梟の城』『功名が辻』などの司馬作品も合体させて作られた大河ドラマです。織田信長を高橋英樹さん、羽柴秀吉を火野正平さん、明智光秀を近藤正臣さん、濃姫を松坂慶子さんという布陣で放送された大河ドラマ11作目です。

本作の主人公は、前半は斎藤道三(演・平幹二朗)で後半が道三の女婿にあたる織田信長ということになります。原作小説は1966年の刊行で、油売りから身を興した道三が一代で戦国大名に上り詰めたという戦国時代の「下剋上の気風」を象徴する筋立てになっています。

ところが、研究の進展により、一代で上り詰めたという軌跡が、実は道三の父長井新左衛門尉と親子で上り詰めていたということが判明しています。そのため、今後『国盗り物語』を原作にしたドラマや映画はなかなか制作しづらいという状況になっています。大河ドラマの『国盗り物語』は総集編「前編後編」の映像が残っています。

「遺恨」説採用の物語

『国盗り物語』で特筆すべきは、伊丹十三さん演じる足利義昭が「信長包囲網」について早口で語った台詞が「大河史に刻まれる名台詞」として伝承されています。俗に「信長包囲網」と呼称される状況を簡潔に説明する台詞です。

(ナレーション)足利義昭を第15代将軍に立て上洛を果たした信長に対し、諸国に反信長同盟の網が張り巡らされた。この陰謀の中心人物は将軍義昭その人である。

義昭「信長は倒れるぞ。わしの合図ひとつで摂津石山の本願寺が立ち上がる。それを中国の毛利が後押しをする。と同時に北方から越前兵が攻めくだる。越後の上杉、甲斐の武田も信長を倒すことで意見がひとつになった。近江の叡山もわしに力を貸す」
光秀「上様、さような火遊びはおやめあそばしませ」
義昭「ふっふっふっ。火遊びなものか。信長めに征夷大将軍がいかにおそろしいものであるか見せてやる――」

石山本願寺、毛利元就、朝倉義景(北方からの越前兵)、上杉謙信、武田信玄、比叡山延暦寺――錚々たる面々が、「反信長」を旗印に起つというものです。実際にそれぞれが信長軍と合戦に及びますが、惜しむらくは、ほとんど連携がとられていないことです。「司令塔不在」ということで、「信長包囲網」はやがて瓦解するのです。

本作では、大河ドラマ2作目の「本能寺の変」が描かれました。現在、総集編の映像しか確認できないのですが、「総集編後編」は明智光秀が信長を討つに至る軌跡に焦点が当てられているように感じます。

エピソードその1 比叡山延暦寺焼き討ちの際の光秀

信長は、「王城鎮護の仏法を隠れ蓑にほしいままにふるまっている」として、織田軍団に比叡山延暦寺の焼き討ちを命じます。それに対して、光秀が信長に直接意見具申するのです。

光秀「そもそも叡山延暦寺とは700年の昔、伝教大師が天台の顕密を伝えんがため勅命をもって開きし山にて、爾来歴代の天子の霊位を祀り……」

信長「光秀、ウヌは坊主か? 僧でありながら双刀を携えて殺生を好み、魚鳥を食らい、女人を近づけ学問はせず、寺の本尊を拝まず仏の宝前に供花灯明さえあげずに破戒三昧の暮らしをしている」

さらに光秀は、「叡山は悪僧ばかりではありません。高僧名僧もおられぬわけではございません」といい、「堂塔も焼かず僧も殺さず彼らを山から追うのみでことを片付ます」と見栄をきります。

この光秀の言葉に信長は「金柑頭。百年ウヌと話しても決着はつくまい」と激情して、地面に光秀の顔面を打ち付けるのです。その数4回。5回目は光秀を投げ捨てるのです。

エピソード2 欄干に顔を叩きつけられた光秀

武田勝頼(演・石山律/現・石山輝夫)を滅ぼした信長は、諏訪市の法華寺に陣所を設け、徳川家康(演・寺尾聡)含む諸将が集います。その席で、明智光秀が「織田家の威武を絵に描いたようでございますな。よくここまでこぎつけられた。思えば、この10年の間に織田家の武運もこれで尽きたかと、幾度観念いたしましたことか。我らも多年、山野に起き伏し、知恵を絞り、勇を振るい、骨を折った甲斐が今こそあったというものです」と感慨深げに述懐する場面を信長が聞いていたのです。光秀の話が耳に入り、ぴくぴくしながら聞いていた信長。「光秀! もう一度いえ! 己が、己がいつ骨を折り、武辺を働いたか、いえるものならいえ。骨を折ったのは誰あろうこの俺だ。賢しら面をしおって、この思い上がりが」と発して、扇子で光秀の額を叩きつけ、さらには顔面を欄干に幾度も叩きつけたのです。

その刹那、光秀は「殺してやる!」と心の内で叫びます。

総集編の場面は、光秀への無情な仕打ちを続けます。丹波、近江召し上げ、石見、出雲切り取り次第の通告も光秀に衝撃を与えるのです。

光秀の決意と「ときは今」の発句

光秀の苦悩に気が付いたのは、信長正室濃姫です。「光秀殿の丹波、近江の所領を召し上げるとか。特に丹波は光秀が治政に心と才を傾けられた土地。さぞ辛かろうと」と信長に伝えます。それに対して信長は、「案ずるな。光秀は林、佐久間のように無能ではない。みておれ、光秀がその気になれば、出雲、石見を瞬くうちに奪いとるわ」と意に介しません。

これまでも劇中でも、光秀の才覚を試す信長の姿が描かれましたが、諏訪法華寺での打擲(ちょうちゃく)、丹波、近江の領地の召し上げ……。こうしたことが積み重なり、光秀の忍耐は限界に近づき、ついに信長への謀反を決意します。

5月27日に光秀は、愛宕山の愛宕神社で里村紹巴(演・西村晃)らを招いて連歌会を催します。

時は今 雨が下知る 五月かな

光秀の決意に気づいたのは、里村紹巴だけでした。雨が下知るとは、天下を統治するという意味ではないか。今こそ、謀反に踏み込むという意味なのか――。

光秀が参拝した愛宕神社は、全国に約900社ある愛宕社の総本社。昔も今も、登山参道を90分から120分かけて登らなければ辿り着けない神社です。

そして本能寺へ

本能寺の変の前夜、正室の濃姫に膝枕しながらくつろぐ信長が描かれました。濃姫の前では素直な信長。「何もかも放り出して、南蛮にもない大船をつくり大洋をおし渡るか」と、天下統一後の身の振り方についても語っているのです。そして、「♪死のうは一定(いちじょう)、しのび草には何をしよぞ、一定かたり遺すよの」と信長が好んだ俗謡の一節を謡います。

大河ドラマ史上屈指の「名謡い」の場面です。所作、殺陣、佇まい、表情、すべて「まさに信長」という雰囲気を醸し出していた高橋英樹さんの真骨頂、その節回しは一見の価値ありです。

人間はだれでもいつか死ぬ。生きたときのことを偲ぶもの、生きているあいだになにをしておこうか。人が思い出として語ってくれることを遺しておきたいものだ。

『新書太閤記』で吉川英治氏は、「死のうは一定~」について、「この一語は、彼の心の護符だった。生死の境に立つと、われ知らず、念仏のように、又、謡(うたい)の文句のように、唇(くち)から衝いて出た」と記しています。

そして、本能寺の変です。ナレーションが「6月1日午後10時。明智光秀は丹波亀山を発し、午前零時、さらに主だった臣に決意を告げた」と重々しく伝えます。おそらく本編では、光秀が家臣らに存念を告げる場面があったのだと思いますが、総集編ではカットされたようです。総集編のナレーションはさらに続きます。「明智全軍が桂川を渡り終えたのは午前4時。6月2日の夜明け前であった。桂川を渡り終えたのが午前4時」。ここで馬上の光秀が、全軍に号令を発します。

「わが敵は備中にあらず、本能寺にあり」――。

濃姫も薙刀で奮戦した本能寺

朝もやに包まれた夜明けの本能寺。森蘭丸(演・中島久之)が小走りで信長のもとに参じます。

信長「どうした。銃声が近づいている様子だ」
蘭丸「謀反でございまする」
信長「謀反? 相手は誰だ」
蘭丸「明智光秀殿」

ここから20数秒沈黙があります。信長の表情に注目です。驚きの表情を見せたかと思うと達観した表情に変わります。そして絞り出すように「是非に及ばず」と発するのです。

矢を射る信長。三矢射たところで弦が切れ、槍で応戦します。「信長が最後に女どもを道連れにして死んだとあっては世間に対してきたなし」と逃げるように指示します。

1965年の『太閤記』でも信長正室濃(こい、濃姫/演・稲野和子)が本能寺に同宿し、薙刀を手にする姿が描かれました。応戦シーンこそなかったものの、本能寺で「討ち死に」し、明智方の斎藤利三(演・高桐真)に合掌される場面が描かれました。

『国盗り物語』でも松坂慶子さん演じる濃姫が薙刀を持って信長のそばに寄り添います。額に白の鉢巻をあて、手には薙刀が握られています。

濃姫「お濃は残りますぞ」
信長「わしの意志で突き進んだ道の果てがこれよ。悔いはない! 止めはせん。勝手に死ね!」
濃姫「はい!」

信長は、槍を手に奮戦しますが、やがて槍を放って、「蘭丸、誰もいれるな!」と奥に退きます。

濃姫も薙刀で奮戦。3人の兵を倒したあとに後ろから槍で突かれます。それでももうひとりの兵士を倒して、「とのっ」の一言を発して、力尽きるのです。

「人間五十年、下天のうちを~」が流れる中で、信長は作法に則って切腹します。ナレーションは、「天正10年6月2日。その苛烈な行動力によって近世の扉を開いた織田信長。本能寺において自らの命を断つ。時に信長49歳」

『国盗り物語』は大河ドラマで初めてハンディカメラが使用された作品として知られています。当時のカメラは9kgだったそうです。本編の映像がほぼ残っていないのが残念極まりないのですが、総集編後編は、本能寺の変に至る軌跡を学ぶには最適かと思われます。

※寺尾聡の「聡」は正しくは旧字体。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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