JR西荻窪駅近くに質の高い牛肉を販売する店があります。もうかなり前ですが、私と同じ西荻窪に住む料理家でエッセイストの平松洋子さんがこう言いながら教えてれました。

「牛肉のもも肉、イチボ（臀部の先の稀少な部位）などは店頭に並べず、注文してきたお客さんにだけ売ってくれるような店なんです」と。

早速、出かけてみました。ガラスケースに並んでいないのを確かめてから「イチボはありませんか？」と尋ねると、ご主人が「お兄さん、肉のことよくご存じね」と言って、奥の冷蔵庫から肉の塊を取り出して、切り分けてくれました。これを我が家でステーキにして食べると、美味いの、なんの！

翌日、その美味しさの報告に再び店を訪ねると、今度はご主人がいきなり「先生、ありがとうございます」とおっしゃるではありませんか。

「昨日、お買いになった後、隣にいた奥さんから、先ほどのお客さんはお兄さんなんかじゃありませんよ、と言われました。失礼いたしました」

「いえいえ、これからもお兄さんがいいです」と返した私でした。

いつ行っても「美味しいところ、切っておきました」と言って肉を差し出してくれるご主人で、私は時々ワインを持ってお礼に伺うほどです。

先年、そのご主人がなくなり、今は３代目が店を切り盛りしています。中央線沿線で枝肉を店で買い付けている唯一の牛肉店だとか。

わざわざ遠くから電車に乗って買いに出かける価値のある、とっておきの精肉店です。

■宝家牛肉店
東京都杉並区西荻南2-24-11