「迎合しないしっかりとした酒質に、沖山さんの信念を感じます」

3年連続で東京国税局酒類鑑評会の優等賞を受賞した『黒潮』を試飲。「麦と芋ならではのすっきりさに、ほのかに甘い後味が旨い」と心平さん。沖山さんは「酒好きの方に喜んでもらえるとうれしい」と答える。

坂下酒造|蔵を蘇らせ、全身全霊をかけて酒を造する

左から麦と芋焼酎のブレンド『黒潮』2350円、黄麴で仕込む『黄八丈』3212円、樫樽貯蔵の『ジョナリー』1714円。すべて25度720mL。

八丈島には現在4つの焼酎蔵があるなか、いちばん小さな蔵が、今年創業100年を迎える坂下酒造だ。2021年に蔵元杜氏として迎え入れられた沖山範夫さんは仕込みから瓶詰め、ラベル貼り、配送まですべての業務を日夜黙々と行なっている。

沖山さんがつくるのは麦と芋焼酎をブレンドした『黒潮』と『ジョナリー』、麦焼酎の『黄八丈』の3つの銘柄だ。

「朝9時に麦が蒸し上がりますから、醪(もろみ)タンクに加えるところをご覧になりませんか」と沖山さんに誘われ、翌朝心平さんが蔵を訪ねた。沖山さんは、浸漬で水分を含ませた大麦を、熱い蒸気で蒸している。蒸した大麦を醪に加えて、さらに発酵を進めるという工程である。麦の蒸し方は日々の天候や気温に応じて調整し、硬過ぎず、軟らか過ぎずの状態に整える。

「麦は固まりやすいので、風をあててほぐし冷ましてから、タンクに入れます。まさに今、よいタイミングになりました」と、沖山さんが蒸し器と醪タンクの間を行き来し、加減しながら麦を投入する。心平さんはタンクを覗き込みながら、「麦を受け入れる醪の活発さに圧倒されます」と感嘆する。

飄々と果敢に挑む

じつは沖山さん、以前は八丈島の別の蔵で働いていた。だが、そこが閉業し焼酎造りの場を失った。別の仕事に就くものの酒造りへの思いが募り、坂下酒造に入ったという経緯がある。とはいえ当時の坂下酒造も酒を造っていなかった。沖山さんは蔵の設備を自ら修理し、徐々に蘇らせ、坂下酒造の銘柄に加え、以前勤めていた蔵の銘柄(『黄八丈』)を受け継いでいる。

「蔵を復活させ、前の蔵の酒も造る。相当な苦労があったのでは」と心平さんが訊くと、沖山さんは「以前とまったく道具が異なりますがやるしかない。でも手作業だからこその利点があり、より自分らしい酒を造ることができるようになりました」と胸を張る。

焼酎製造のセオリーに甘んじず、緻密に数値をとり酒造りに邁進する沖山さんは、芋も育て全量をまかなうまでになった。

「沖山さんにはひとりでコントロールできる強みがある。科学的なのに感覚的、いい意味でブレる楽しさもある。沖山さんの酒造りと料理のレシピを提案するという僕の仕事は近しいのでは」と心平さんが感じ入る。

原料となる大麦を蒸し、かたまらぬよう、ほぐしながら風をあて冷ました状態。ひと口つまむと、香ばしく力強い味わいが広がる。
「地元、八丈で酒造りをしたい」と情熱を持ち、休業状態だった酒蔵を蘇らせた沖山さんは仕込みから製造、出荷まですべて担う。

坂下酒造

東京都八丈島八丈町三根1778-1
電話:04996・2・0206
蔵見学は事前に要予約

旅人 栗原心平さん(料理家)
1978年、静岡県下田市生まれ。料理家 栗原はるみを母に持ち、幼いときから得意だった料理の腕を生かし、料理の道に。全国の産地や生産者を訪れ、さまざまな食材やお酒をヒントにごはんのおかずやおつまみレシピを提案。テレビ出演、雑誌連載、著書多数。

取材・文/山﨑真由子 撮影/寺澤太郎

サライ2025年7月号大特集は『夏に沁み入る本格「焼酎」』

 

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