文/鈴木拓也
割れたり、欠けたりした器を修復する「金継ぎ」と呼ばれる伝統技法が、今見直されている。東北の震災を機に、「形見を修復したい」と需要が高まったことが背景にあるらしく、全国的に金継ぎ教室が増えている。遠く離れたヨーロッパでも「kintsugi」は、静かなブームだそうで、ちょっと壊れたら捨ててしまうモノとの付き合い方に変化が生まれているのかもしれない。
そういった文化論的な話はさておき、金継ぎは、材料をそろえ、やり方を学び、多少の試行錯誤を厭わなければ、誰でもできるという。
そこで、江戸時代から続く漆専門店「播与漆行(はりよしっこう)」が主宰する金継ぎ教室で講師を務める、坂田太郎さんと中島靖高さんを訪れ、金継ぎの作業を見せていただいた(以下、実作業は中島さんによるもの)。
金継ぎは、ふちの欠けやひび割れだけでなく、完全に割れた器でも対応可能だという。今回の器は、3つに割れてしまった茶碗。最初に行うのは、マスキングテープを底の部分に貼る作業だ。
「底の部分は素焼きになっていて、そこに漆がつくと取れなくなるため、予防処置としてマスキングテープを貼ります」と中島さん。
次に、生漆(きうるし)を割れた断面に塗ってゆく。
この生漆は、すぐに拭き取られる。なぜこうするのかと、素人めいた質問をすると、「最初に生漆を付けておくことで、次に塗る麦漆が断面から浸透してしまうのを防ぐはたらきがあるのです」とのこと。
麦漆とは、生漆と小麦粉を混ぜ合わせて、少量の水を加えたもの。中島さんは、作業台に小麦粉と生漆を落とし、ヘラで丹念に練り始めた。しばらく練ると、漆に粘りが出始める。この麦漆が、器の断片同士をつなぐ接着剤となる。
「この麦漆を断面に薄く塗っていきます」。中島さんは、細い筆を用い、慣れた手つきで麦漆を塗ってゆく。
塗り終わったところで、割れた断面同士を貼り合わせ、少し力を入れて接合する。
ここで、麦漆がわずかにはみ出る。それは灯油を染み込ませたティッシュペーパーで拭き取る。それから、残った灯油を、エタノールを染み込ませたティッシュペーパーで落とす。
灯油が落ち切ったところで、マスキングテープを一回りして貼る。これは、後になって接合面のずれを生じさせないための処置。
この後、器は段ボール箱の中に安置した「すのこ」に乗せ、適度な温度・湿度の環境下で1週間乾燥させておく。
1週間後、箱から出された器は、接合部分の亀裂を錆漆で埋め、凹凸を研ぎ、金消粉を蒔き、クリーニングするなど、合間に長時間の乾燥を数度挟みながらの作業が続く。
マスキングテープを貼り終わったばかりの器が、全工程を終えて美しく金継ぎされるのは、およそ2か月後になるという。
そこで、既に完成した状態の器をいくつか見せていただいた。中には、教室に通われる生徒さんの手によるものもある。
こうしてみると、金継ぎは単なる補修というより、ある種の工芸であることが理解できる。手間をかけた工程も、器への愛着を増し、モノを大切にする心を涵養するプロセスと考えるとよさそうだ。
11月には、両氏の監修した入門書『はじめての金継ぎ』(世界文化社)が刊行されている。本書には、必要となる道具や漆の作り方を含め、破損のパターンに応じた金継ぎの手順が、写真付きで細かく掲載されており、教室に通えない人でもこれで独習できるようになっている。また、播与漆行からは「金継初心者セット」という、一通りの道具が入ったキットが東急ハンズなどで販売されているので、関心を持たれた方はまずこちらで試してみるとよいだろう。
【播与漆行】
住所:東京都台東区台東3-41-4 加藤ビル3階
電話:03-3834-1528
公式サイト:http://www.kintsugi.tokyo/
定休日:月曜日
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。