地蔵十王図 紙本着色 13幅のうち10幅江戸時代東京・東覚寺蔵 通期展示

取材・文/藤田麻希

いつの世も、人は死に対する不安を抱えています。だからこそ「あの世には苦しみから開放された世界が待っている」と考えたいものです。そこで、来迎図や浄土図など極楽の表現が発達したのですが、一方で、人々の恐怖心を煽る地獄の表現も生まれました。

平安時代に天台宗の僧、源信が、インド発祥の六道輪廻の思想を『往生要集』という本にまとめました。人間が死後に転生する、天、人、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄の六つの世界=六道について詳しく記されており、苛烈な責め苦が繰り広げられる地獄についての関心が特に高まりました。貴族はこの本にもとづいた地獄絵を絵師に発注し、それによって日本における“地獄”のイメージの基礎が作られました。

重要文化財 六道絵 絹本着色 6幅南宋時代滋賀・新知恩院蔵 後期展示

地獄の恐ろしさを伝え、現世での行いを改めさせる。そういった教化の目的があるのであれば、地獄は恐ろしく描けば描くほど良さそうなものですが、じつは16世紀から17世紀にかけて、拍子抜けするほどほのぼのとした、素朴な地獄絵の一群がつくられました。当時、寺社は庶民への布教に力を入れており、リアルさよりも、明快で人々に受け入れやすいことを優先したのかもしれません。

現在、日本橋の三井記念美術館では、恐怖や畏れを超越した素朴な地獄絵がまとめて見られる展覧会「地獄絵ワンダーランド」展が開催されています(~2017年9月3日まで)。

十王図屏風 紙本墨画淡彩 8曲1隻江戸時代日本民藝館蔵 後期展示

たとえば、日本民藝館所蔵の「十王図屏風」は、子どもが描いたかのようにも見える作品。閻魔様でお馴染みの冥界の裁判官を描いたものです。下の方に地獄の責め苦が描かれるのですが、鬼たちは、踊っているような、ひょうきんなポーズをとっています。

地獄といえば炎や血などを表現するため、赤い顔料を多用することが多いのですが、この作品はさっぱりした色使いで描かれます。

一方、葛飾区東覚寺所蔵の「地蔵・十王図」は、民藝館の屏風とは違った方向性でヘタウマな作品。ぎょろりとした目、赤くぽってりとした唇、眉を吊り上げているのにもかかわらず笑っているようにみえる表情、あべこべな人物のバランス。ここまで奔放な表現を目の当たりにすると、清々しい気持ちになってきます。

木造 十王像・葬頭河婆像・白鬼像 木喰作 12躯江戸時代・文化4年(1807) 兵庫・東光寺蔵 通期展示

微笑みの仏像で知られる仏師・木喰(もくじき)が彫った十王と、奪衣婆(だつえば)の名前で知られる葬頭河婆(そうづかば)。地獄で亡者を攻める白鬼です。90歳の年齢で、わずか40日間で彫ったというから驚きです。上下の歯をすり合わせるように、「ニッ」と口を横に広げた表情は、笑っているかのようです。

三井記念美術館館長の清水眞澄さんは、本展覧会の魅力について次のように語ります。

「地獄、極楽、往生、生と死という、なかなか難しいテーマなのですが、できるだけ子どもから大人までわかっていただけるように、展覧会は水木しげるさんの地獄めぐりの作品から始まり、近世ののどかな地獄絵を紹介したり、図録にふんだんにイラストを入れるなど工夫をしています。そのような点にも着目していただきたいと思っています」

日本美術、それも宗教画と聞くと難しいイメージを抱くかもしれませんが、地獄絵は、現代人にとってもっとも親しみやすい宗教画なのかもしれません。折りしもお盆の季節、美術館へ地獄めぐりに出かけるという趣向は、いかがでしょうか。

【特別展 地獄絵ワンダーランド】
■会期/2017年7月15日(土)~9月3日(日)
会期中展示替えあり 前期:7月15日(土)~8月6日(日) 後期:8月8日(火)~9月3日(日)
■会場/三井記念美術館
■住所/東京都中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■開館時間/10時から17時まで(入館は16時30分まで)
ナイトミュージアム 会期中毎週金曜日19:00まで開館。(入館は18:30まで)
■休館日/月曜日(8月14日は開館)
■アクセス/東京メトロ銀座線三越前駅A7出口より徒歩約1分、東京メトロ半蔵門線三越前駅より徒歩約3分A7出口へ、東京メトロ銀座線・東西線日本橋駅B9出口より徒歩約4分、メトロリンク日本橋(無料巡回バス)乗降所「三井記念美術館」より徒歩約1分

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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