文・写真/中川豊

第3回 ミケランジェロ「最後の審判」複製画を求めてナポリを歩く

システィーナ礼拝堂「最後の審判」完成後に描かれた複製画を見るためにナポリに向かう。そこで大修復後の画と「ミケランジェロ本来の姿」と言われる複製画を比べてみたい。

ローマ・テルミニ駅からナポリ中央駅までITALO(イタリアの私鉄)で1時間10分ほどだ。ITALOはシニア割引、事前予約割引など特典があるので要チェック。

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カポディモンテ美術館。

システィーナ礼拝堂「最後の審判」の複製画〜カポディモンテ美術館

「最後の審判」完成の8年後、複製画は1549年ファルネーゼ枢機卿の命により、ファルネーゼ家の個人コレクションとしてミケランジェロの弟子ヴェヌスティによって描かれた。

「最後の審判」に対する大バッシングの中、枢機卿が画の存続に危機感を持った事が複製画の作成に繋がったとされる。

その後、ファルネーゼ家の男系断絶のため、画はファルネーゼ家の莫大な遺産と共にナポリ王国(スペイン・ブルボン家)に引き継がれ、今は美術館のファルネーゼコレクションに置かれている。またマザッチョ、ボッティチェッリ、ラファエロなどルネサンスの名画も多く見る事ができる。

また美術館のある場所は、18世紀ナポリ王家の狩猟場で現在は広大な公園として開放されている。高台なのでナポリ湾を一望でき、美術館とともに楽しめる所だ。

ヴェヌスティの複製画(板にテンペラ)。

「素肌はそれを飾り立てる衣より美しい事が解らぬとは、何と空虚で盲いた魂か」〜ミケランジェロ

「最後の審判」は完成直後から不謹慎とされ、大バッシングを受けた。ミケランジェロの死後、1565年ピウス4世の命により弟子のヴォルテッラによって腰布、衣服などが加筆された。後のシスティーナ礼拝堂大修復の際に、どこまで後世の加筆を取り除くかの問題に当たり、この画は「ミケランジェロが描いた画に最も近い画」として大いに参考にされた。最終的に歴史の痕跡を残すという事で初期の物は残され、17世紀以降の加筆修正が取り除かれた。

改めてミケランジェロの言葉を想いながら画に見入る。

2つの画を比べてみると大きな違いが!

聖カタリナと聖ブラジオ

「最後の審判」には聖人がそれぞれの殉教にまつわる道具とともに描かれている。共に4世紀初頭の聖人のそれは聖カタリナが突起のある車輪、聖ブラジオは鉄櫛である。

その姿が性行為を連想させるとして、完成当時最も批判された箇所だ。システィーナ礼拝堂の画(以降1とする)では聖カタリナは着衣しており、聖ブラジオの顔はキリストに向いている。一方複製画(以降2とする)では聖カタリナは全裸で聖ブラジオは下を向いている。

この画を見ればミケランジェロがそんな意図を持っていなかった事は明白である。

複製画部分。

キリストの腰布

原画には腰布は無かった様だが、1の加筆修正された箇所は違和感なく見える。ヴォルテッラは尊敬するミケランジェロの画に手を加える事に躊躇し泣く泣く、しかし丁寧に下地を削って加筆修正を施した。ところが2では明らかにペタリと貼られたシールの様だ。2には二つの説がある。模写したヴェヌスティが加筆した説と、1と同様の理由で複製画にも後に加筆された説だ。私はミケランジェロを想うヴェヌスティが明らかに加筆がわかる様にしたのではないかと思いたい。いずれにせよ二人の弟子の苦悩は大きなものだったろう。

※複製画も2020〜22年に修復され色彩が蘇った。

複製画部分。

他にも比較しだすとキリがないが、ミケランジェロが愛した2人の姿がそれとなく描かれているとされる箇所をお示しする。左下の梯子の陰にいるのがコロンナ夫人、右の横顔の男性がカヴァリエーリとされる。

※システィーナ礼拝堂「最後の審判」は「世界美術大全集」第12巻などで見て比較していただきたい。

ナポリまで来たならここも訪れたい

ナポリ国立考古学博物館

ナポリ国立考古学博物館。

考古学的にはポンペイ遺跡の発掘物、壁画が充実している。また教科書でよく見るモザイク画「アレクサンダー大王の戦い」がある(現在修復中)。さらにファルネーゼのコレクションはここにも多数あり「ヘラクレス像」(ローマ・ファルネーゼ宮殿にある像はレプリカ)も見られる。

サン・セヴェーロ礼拝堂美術館

1753年ジュゼッペ・サンマルティーノが制作した「ベールに包まれるキリスト像」がある。横たわるキリストにかけられたレースのベールは、実に繊細で大理石とは思えない。

バンクシー「拳銃を持つ聖母」

ナポリの下町スパッカ・ナポリ(世界遺産・ナポリ歴史地区)の街角にある。聖母の頭上には光輪ではなく拳銃があるのが印象的だ。

世界で一番美しいアート駅・トレド

トレド駅コンコース。

ナポリ市が進めたプロジェクト「アート・ステーション」で地下鉄1号線には多くのアート駅がある。その中でも世界中のメディアから注目された駅がトレド駅だ。そのコンコースは「深海と宇宙を感じる光の美術館」と称される。

※ナポリ、ローマの地下鉄はスリが多く危険とされるが、一定の注意を怠らなければ問題は起こらない。

今日の二皿〜散歩の後に!明日のために!

ナポリの食はピッツァだけではない! ナポリタンもない!

街中の食堂でナポリの代表的なパスタを頼み、庶民の味を楽しもう。店毎に独自の味だ。

パスタ・エ・パタータ

パスタ・エ・パタータ。

煮崩れたジャガイモにパスタを加えフレッシュなプロボーラチーズで絡める。

パスタ・ジェノベーゼ

パスタ・ジェノベーゼ。

日本でジェノベーゼというとバジルの緑のソースを連想するが、それとは全く別物で、ナポリでは牛のすね肉、ばら肉や内臓を玉ねぎと煮込んだソースだ。因みにバジルは使わない。

いずれもカンパーニャの白ワイン、フィアーノ種で。

ここまで来たならプロチダ島に寄りたい

ナポリから高速船で40分ほどのプロチダ島は映画「イル・ポスティーノ」の舞台になった島。観光地化されたカプリ島やイスキア島とは異なり素朴な漁村の風情が残る島だ。

映画の舞台になった浜辺を歩きながら潮の音を聞き、波止場のバーでアペリティーボを楽しみ、丘の上のリストランテで地物の蛸、アンチョビのレモン・パスタを味わおう。

アンチョビのレモンパスタ@La Lampara。
魚屋で求めた1.3kgの活蛸を茹でる。
夜のコッリチェッラ海岸。

面積4平方kmの小さな島だが、高低差が大きいので電動アシスト自転車をお勧めする。レンタルショップは数軒ある。

長寿のミケランジェロは今も生きている

変人と言われた頑固なミケランジェロは宗教改革の動乱期を生き抜き、多くの優れた作品を残した。晩年は人々の尊敬とローマでトップクラスの高収入を得、遺産は現代に換算すると数10億と言われる。

恐怖、強欲の教皇達や世渡り上手のライバル達より長命で、信念を曲げずしたたかに生き抜いた結果とも思える。

ミケランジェロに導かれて歩いたローマ、ナポリもこれで一段落。でも私はまたローマを訪れるだろう。ローマは掘れば何かが出てくる。ローマは深い。

「ミケランジェロの胸像」ヴォルテッラ作 ローマ・カピトリーノ美術館蔵。デスマスクを元に作られたとされる。

※データは2026年6月現在

【参考文献】
「システィーナのミケランジェロ」青木昭 (小学館)
「世界美術大全集」第12巻 小学館刊
「ルネサンス画人伝」ヴァザーリ (白水社)
「ミケランジェロの暗号」ベンジャミン・ブレック ロイ・ドリナー (早川書房)

文・写真/中川豊
1949年生まれ。旅人、メディア・プロデューサー。1971年5月から約9か月をかけキャンピングカー(三菱J-30を改造)で走破。経路はインド・コルカタから中近東、北アフリカを経てジブラルタル海峡を渡り、最終地はポルトガル・リスボン。以来旅を続け、訪れた国は80を超える。

 

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