
シャンパーニュというと、「乾杯の一杯」というイメージが強いかもしれません。けれど、ワインのプロからすると、それだけで終わらせるにはもったいないワインだといいます。
シャンパーニュは数あるワインの中でも和食に合わせやすく、さらに和食の中でも天ぷらはワインとの相性がいい料理の一つです。
では、シャンパーニュと天ぷらを合わせると、どんな美味しさが生まれるのでしょうか? 一見すると意外な組み合わせですが、食べ進めるほどに、その相性のよさが見えてきます。
この記事では、「天ぷら×シャンパーニュ」というペアリングの魅力を探ります。
「天ぷら」に合うワインは?
「天ぷらって、本当にワインとよく合うんですよ」
そう教えてくれたのは、京都で149年続く老舗ワイン商「ワイングロッサリー」の6代目、吉田まさきこさんです。
天ぷらといえば、ビールや日本酒を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし吉田さんは、「ビールや日本酒以上に、ワインと合わせやすい料理の一つ」だといいます。
その理由の一つが「油」です。
「ワインと料理を合わせる時、『少し油を足した方が、ワインと合わせやすくなる』ということがあるくらい、油はペアリングにおいて重要なんです」と吉田さん。
天ぷらは、ただの揚げ物ではありません。新鮮な魚介や野菜に薄く衣をまとわせ、短時間で揚げることで、素材そのものの旨みを閉じ込めます。
「『素材の味』と『油』。この二つの要素があるので、ワインとは非常に合わせやすいんです」
そこで今回、吉田さんが選んだのが、フランス・シャンパーニュ地方の「ヴィルマール 1er クリュ リリー・ラ・モンターニュ グランド・レゼルヴ NV」(以下、ヴィルマール)です。

天ぷらに一番すすめたいのは「シャンパーニュ」
天ぷらは幅広いタイプのワインと合わせられるそうですが、その中でも吉田さんが一番に挙げるのがシャンパーニュです。
理由は、天ぷらとシャンパーニュ、それぞれの特徴にあります。
シャンパーニュが持つきれいな酸は、天ぷらを食べた後の口の中をさっぱりさせてくれます。その一方で、衣の中には魚介や野菜そのものの旨みが残っています。
「シャンパーニュのミネラル感が、その食材の旨みを引き出してくれる。そこが、とてもいいんです」
油をすっきり流すだけではなく、素材そのものの美味しさにも寄り添う。それが、天ぷらとシャンパーニュの相性のよさなのです。
映画監督コッポラさんと天ぷらを食べて気づいたこと
吉田さんには、「天ぷらとワイン」の相性を改めて実感した、忘れられない出来事があるといいます。
世界的な映画監督として知られ、自らワイナリーも所有するフランシス・フォード・コッポラさんが来日した時のことです。
吉田さんは当時、天ぷらについて「どちらかというと、すっきりしたワインの方が合うのではないでしょうか。コクのあるカリフォルニアワインは、少し合わせにくいかもしれません」と話したそうです。
するとコッポラさんは、「そんなことはない。僕のワインはエレガントだから天ぷらにも合う」と反論。翌日、一緒に天ぷら店へ行き、コッポラさんのワインを実際に合わせてみることになりました。
結果は……、「すごく合ったんですよ」と吉田さん。それ以来、「天ぷらは、本当にいろいろなタイプのワインと合わせられる」と、強く感じるようになったといいます。
数あるシャンパーニュから、なぜ「ヴィルマール」に?
数あるシャンパーニュの中から、吉田さんはなぜヴィルマールを選んだのでしょうか?
ドメーヌ・ヴィルマールは、シャンパーニュ地方のプルミエ・クリュ(一級)に格付けされるリリー・ラ・モンターニュ村で、自分たちの畑のぶどうからシャンパーニュを造る小規模生産者です。
「ドメーヌ・ヴィルマールは、一級の中でも非常に質のいい畑を持っています。そして、昔からビオロジック(化学肥料や農薬を使用しない有機農法)、有機栽培に取り組んできた生産者です。だから、畑そのものの状態がとてもいいんです」と吉田さん。

そして、ドメーヌ・ヴィルマールを特徴づけるのが、木樽を使ったワイン造りです。シャンパーニュの土台となるワインを木樽で造ることで、樽の香りを付けるのではなく、味わいに複雑さや奥行きを生み出します。

「木樽を使うのは、ワインに複雑味を与えるためです」
さらに、瓶の中でじっくり熟成させることで、繊細な泡と豊かな味わいが育まれていきます。
つまりヴィルマールは、天ぷらの油を軽やかにしてくれる爽やかさと、素材の旨みを受け止める奥行きの両方を備えたシャンパーニュなのです。
造り手は「静かな強さ」を持つ人
ヴィルマールを造るローラン・シャンさんについて、吉田さんは、「静かなエネルギーに満ちた方です」と話します。細身で物腰が柔らかく、とても穏やか。しかし、ただ優しいだけではないといいます。
「見た目は細身で優しいんですが、その中に力強さがある。静かな強さというか、芯がある方ですね」

「息子さんが一緒に働き始めたことを、ローランさんもとても嬉しそうにされています」と吉田さん。
写真:Domaine Vilmart
そして吉田さんは、その人柄とワインにも、どこか共通するものを感じています。
「造るワインも、本当にきれいです」
派手に主張するのではなく、繊細で美しく、それでいて研ぎ澄まされた水晶のような輝きがある。そんな造り手の人柄を知ると、ヴィルマールの味わいにも、少し違った興味が湧いてきます。
ローランさんと「圓堂」で天ぷらを囲んだ思い出
吉田さんとローランさんとの間には、日本ならではの思い出もあります。
ローランさんは何度か来日しており、吉田さんと寿司店を訪れたこともあるそうです。日本の寿司にとても感動し、その時の写真を後からアルバムにしてくれたこともあったといいます。
そして今回、天ぷらとのペアリングのお話を聞いた京都祇園天ぷら圓堂(以下、圓堂)でも、過去にローランさんと一緒に食事をしています。
その時は、料理ごとにヴィルマールの異なるシャンパーニュを合わせたそうです。
実際に自分のシャンパーニュと日本料理を合わせたローランさんは、「和食と合わせると、自分のシャンパーニュがこんなに美味しくなるんだ」と驚き、とても喜んでいたそうです。
造り手自身が、日本料理との相性を実感した一本。
今回、再び「圓堂」の天ぷらとヴィルマールを合わせることには、吉田さんにとっても特別な意味がありそうです。

シャンパーニュは「乾杯だけ」のワインではない
吉田さんが今回、もう一つ伝えたいと話すのが、「シャンパーニュは、乾杯だけのワインではない」ということです。
結婚式や祝いの席で最初の一杯として飲み、その後は白や赤ワインへ移る…。そんなイメージを持つ人も多いでしょう。
しかし、シャンパーニュはすっきりしたものからコクのあるものまで味わいの幅が広く、さまざまな料理に合わせることができるといいます。今回の「ヴィルマール」も同様です。
「ほとんどすべての食材に合うと思います。魚でも野菜でも大丈夫です」
野菜、魚、肉と素材が次々に変わる天ぷらのコースでも、一本のシャンパーニュで通して楽しめるのです。
最初は冷たく、少しずつ温度を上げて
飲み方にも、吉田さんならではの提案があります。
「最初は、しっかり冷やしてください」
一杯目は冷たく、キリッとした状態で。そこから食事を進めるうちに少しずつ温度が上がれば、香りや味わいにもふくらみが出てきます。さらにグラスを少し大きなものへ変えると、また違った表情が楽しめるそうです。
「天ぷらの素材が変わるたびに、シャンパーニュの表情も変わっていきます。それが、今回のペアリングで一番楽しんでいただきたいポイントですね」
「ヴィルマール」がなければ「プルミエ・クリュ」「グラン・クリュ」を目印に
もし今回セレクトいただいた「ヴィルマール」が見つからない場合は、どう選べばいいのでしょう?
「もちろん、ほかのシャンパーニュでも大丈夫です」と吉田さん。大手メゾンのシャンパーニュも、天ぷらとの相性は十分に楽しめます。
ただし、「いつもとは少し違うものを飲んでみたい」という場合には、小規模な造り手のシャンパーニュを探してみるのも一つの方法です。
その際の目安として吉田さんが挙げるのが、
「Premier Cru(プルミエ・クリュ=一級)」
「Grand Cru(グラン・クリュ=特級)」
という表記です。

「小さければ何でもいいということではありません。小規模で、なおかつ、いい場所にいい畑を持っている生産者を探してみてください」
ラベルの文字を少し注意深く見る。それだけでも、いつものシャンパーニュ選びから、一歩踏み込んだ楽しみ方ができそうです。
天ぷらとシャンパーニュは本当に合う? 「圓堂」でテイスティング

吉田まさきこさんが天ぷらに合わせて選んだ「ヴィルマール 1er リリー・ラ・モンターニュ グランド・レゼルヴNV」。
実際に天ぷらと合わせると、どのような味わいになるのでしょうか?
今回テイスティングしてもらったのは、ソムリエ資格とともに日本酒の資格も持つ、京都祇園天ぷら圓堂の榎坂大(えのさか・ひろし)さんです。
「ヴィルマール」と天ぷらを実際に合わせた感想を尋ねると、「非常に相性がいいと思います」と榎坂さん。
天ぷらには野菜もあれば、魚介もあり、時には肉もあります。それだけ食材の幅が広い料理でありながら、「その中で、シャンパーニュは非常に合わせやすいですね」と話します。

泡と酸が油を切り、食材の旨みを伸ばす
まず相性のよさを感じるのが、シャンパーニュの「泡」と「酸」です。
「天ぷらには油分があります。そこにシャンパーニュの泡と酸が入ることで、口の中をものすごくすっきりさせてくれる。まず、これが大きな理由です」
ここまでは、前半で吉田さんが語った理由とも重なります。しかし、榎坂さんは、シャンパーニュの役割は単に油をさっぱりさせるだけではないといいます。

「食材の旨みを伸ばしてくれる。これも大事なんです」
油っぽさを切るだけなら、一度口の中をリセットするという考え方です。ところがシャンパーニュの場合は、天ぷらを食べた後に残る食材の旨みに重なり、むしろ余韻を長くしてくれることがあるといいます。
「長く熟成されたシャンパーニュの味わいが、天ぷらを食べた後の旨みと重なって、口の中で長く余韻を楽しませてくれる。そこも、シャンパーニュと天ぷらの相性のよさだと思います」
「油を切る」と「旨みを伸ばす」。相反するような二つの役割を同時に果たしてくれるところに、天ぷらとシャンパーニュの面白さがあるようです。
圓堂の天ぷらは「油」よりも「素材」を前へ
圓堂の天ぷらを口にすると、まず驚くのが衣の薄さです。
榎坂さんは、「油の味を前面に出すというより、京野菜など、素材そのものの味を前へ出すような揚げ方です」と説明します。
衣はできるだけ薄くして、季節の魚介や野菜が持つ味を消さないようにする。

衣が薄いのがよくわかる。
圓堂では、季節に合わせた食材を選び、京都らしい京野菜のほか、車海老、穴子、鮎なども季節や状態に応じて提供しています。

薄い衣の中に、食材そのものの旨みを閉じ込める。
前半で吉田さんが語った「天ぷらは素材を生かす料理」という言葉が、圓堂の一品一品にも表れています。
創業時から使う「綿実油」

衣だけでなく、油にもこだわりがあります。「創業当時から、質のいい綿実油を使っています」と榎坂さん。
油は、天ぷらの味を大きく左右する要素です。圓堂では綿実油を使い、食材によって揚げる温度を細かく変えています。例えば海老なら180度前後が一つの目安。ただし職人が頼りにするのは、温度計の数字だけではありません。
「基本的には感覚です」
食材を油へ入れた瞬間に出る泡や、衣の状態を見ながら火加減を調整していきます。食材から水分が抜ける時に出る泡の状態を見ながら、揚がり具合を判断する。
「水分が抜けることで、旨みが凝縮されていきます」と榎坂さん。
衣、油、温度。そして一瞬の変化を見逃さない職人の経験。その積み重ねが、軽やかでありながら旨みの凝縮した天ぷらにつながっています。
塩には「米粉」を混ぜる
天ぷらのおいしさを支えているのは、揚げ方だけではありません。
圓堂では、天ぷらを塩、レモン、天つゆ、大根おろしなどで味わいますが、その塩にもひと工夫があります。
「塩と米粉を半々くらいで合わせています」
さらに、塩と米粉の粒の粗さがそろうようにミキサーにかけるそうです。なぜ、米粉を混ぜるのでしょうか?
「塩をつけすぎても、辛くなりすぎないようにするためです」
天ぷらには油分があるため、普通の塩だけだと思った以上に多く付いてしまうことがあります。米粉を加えることで、少し多めに付けても塩味が強くなりすぎない。天ぷらそのものの味を損なわないための、細かな工夫です。
家庭で天ぷらを揚げるなら「一度に入れすぎない」
家庭で天ぷらを美味しく揚げるには、どんな点に気をつければいいのでしょうか?
「まず粉ですね。きちんとふるってください。それを冷たい水で溶きます」
一般には「天ぷらの衣は混ぜすぎてはいけない」といわれます。ただし総料理長の金子さんは、家庭なら粉の塊が残らない程度に、ある程度しっかり混ぜてもいいといいます。
それ以上に大切なのが、「一度にたくさん揚げないこと」です。
食材を一気に入れると油の温度が急激に下がり、カラッと揚がりにくくなります。目安は、鍋の3~4割程度。

「家庭だと、『早く全部揚げたい』と思って、どんどん入れてしまいますよね。でも、結局そのせいで温度が下がり、余計に時間がかかってしまう。少しずつ揚げた方が、結果的にはきれいに仕上がります」
急がば回れ。家庭の天ぷらこそ、少しずつ揚げることが美味しく仕上げる近道なのです。
家庭なら「野菜 → 魚介 → 肉」の順で揚げる
揚げる順番にもコツがあります。
金子さんが家庭向けにすすめる基本は、「まず野菜から。その後に魚介。肉があるなら、最後に肉」という順番です。

野菜と同じタイミングで揚げるといいだろう。
魚介類や肉は油を傷めやすいため、まずは野菜から始めた方が油の状態を保ちやすいといいます。野菜の中でも、葉物など軽いものから始め、根菜、芋類など火が通るまでに時間のかかるものを後にするといいそうです。
ただし、これは絶対の決まりではありません。
「天ぷら全体に海老の風味を少し付けたい」という場合には、あえて最初に海老を揚げてもいいそうです。
海老の香りが油へ移り、その後に揚げる蓮根などにも、ほのかに海老の風味が加わる。順番一つで味を変えられるところも、天ぷらの面白さです。
「焼き芋」を天ぷらにすると、驚くほど美味しい
家庭でもすぐ試せそうなアイデアとして、特に印象的だったのが「焼き芋の天ぷら」です。圓堂で提供されるさつま芋は、生のまま揚げたものではありません。
「一度焼き芋にしてから揚げています」
焼き芋にすることで水分が抜け、甘みが凝縮され、ねっとりとした食感になります。そこへ衣をまとわせて再び揚げると、甘みが逃げずにしっとりするといいます。

また、家庭なら、わざわざ焼き芋から作る必要はありません。
「最近は、焼き芋を売っているお店やスーパーも多いでしょう。それを買ってきて、衣を付けて揚げてみてください」
さらに、「お店ではやりませんけど、家庭なら蜂蜜を合わせても美味しいですよ」という提案もいただきました。
焼き芋を買ってきて天ぷらにし、好みで蜂蜜を少し添える。いつもの天ぷらとは違う一品として、家庭でも手軽に楽しめそうです。
最後に
取材の最後に、榎坂さんは今回のペアリングの楽しみ方を、こんな言葉でまとめました。
「一つのコースの中で、天ぷらとシャンパーニュの両方の表情が変わっていく。そこを楽しんでいただけたらと思います」
天ぷらは、野菜、魚、海老、穴子と、食材が次々と変わっていきます。一方、グラスの中のシャンパーニュも、時間がたち、温度が上がるにつれて香りや味わいを変えていくものです。
「天ぷらにシャンパーニュ」。一見すると少し贅沢で、特別な組み合わせに思えるかもしれません。けれど、食材とワインが互いに表情を変えることこそ、このペアリングならではの面白さだと思います。
■京都祇園天ぷら圓堂
住所:京都市東山区八坂通小松町566
TEL:075(551)1488
営業時間:昼の営業(ランチ)11:00 – 15:30(ラストオーダー 14:30)
夜の営業(ディナー)17:00 – 21:30(ラストオーダー 20:30)
定休日:年中無休
HP:https://www.gion-endo.com

●ワイン監修/吉田まさきこ(ワイングロッサリー代表取締役社長)

ワイングロッサリー代表取締役社長。J.S.A.認定ソムリエ、シャンパーニュ騎士団公認 オフィシエ(将校)、アルザスワイン騎士団公認 シュヴァリエ(騎士)。
大学卒業と同時にワインの世界に足を踏み入れ、ヨーロッパを中心に世界各国のワイン生産地を数十回以上訪問。特にブルゴーニュ、シャンパーニュ、アルザスでの滞在が長く、得意分野としています。
過去のワイン講師歴は、合計200回以上、延べ4000人の受講者を数えます。HP:https://kyoto.winegrocery.com Instagram:@winegrocery_official
●取材・執筆/末原美裕

ワイン初心者がプロフェッショナルからの教えを受けながら、取材を通して、一つ一つワインの知識を積み重ねていく過程を記事にしている。和食の一品とワインの至高のペアリングをソムリエ・料理人とともに検証する過程を描く。記事を読んでいる方とともにワイン通を目指します。
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●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)











