
2009年の『天地人』は、越後の上杉家家老として知られる直江兼続を主人公とした作品です。主人公の直江兼続を妻夫木聡さん、上杉謙信を阿部寛さん、織田信長を吉川晃司さん、明智光秀を鶴見辰吾さん、羽柴秀吉を笹野高史さんが演じました。特筆すべき登場人物は長澤まさみさん演じる初音です。真田幸村(演・城田優/最近では真田信繁の方が多い)の異母姉で「忍び」という設定で、「狂言回し的存在」としてさまざまな場面に登場しました。主人公の直江兼続だけでなく、信長とも親しいキャラクターとして活躍しました。
本作は、直江兼続の子役を演じた加藤清史郎さんが発した「わしはこんなところ来とうはなかった!」という台詞が話題になったことでも知られています。主人公が上杉景勝(演・北村一輝)の家臣直江兼続ということで、本能寺の変は物語の本筋ではありません。本能寺の変の直前、上杉軍は、柴田勝家(演・菅田俊)率いる軍勢と対峙するため、魚津城(富山県魚津市)に拠っていました。
武田家滅亡の日に
大河ドラマの中で「織田信長、明智光秀、本能寺の変」に至る場面設定で頻繁に登場するのが、天正10年(1582)3月の武田家滅亡の際に、舞台となる法華寺(長野県諏訪市)です。宿敵武田家を滅ぼした直後の高揚感、快川紹喜国師の恵林寺を焼き討ちするか否かの選択、徳川家康(演・松方弘樹)も在陣しているという「映える」ポイントもあります。
制作陣としては、この逸話が史実かどうかという問題はさておいて、入れ込みたい素材なのだと思われます。『天地人』では、松方弘樹さん演じる徳川家康も在陣している中で、光秀の台詞から問題が発生します。「武田が滅亡したいま、もはや天下は目前。お喜び申し上げます。奥に茶席を設けております。殿にはごゆるりとお休みいただき……」といったところで、信長が刀の鞘で光秀を突き、「遅すぎるぞ光秀」と一喝するのです。
「恐れながら、遅いとは?」光秀は痛みをこらえて信長に問うのです。おそらく視聴者の多くも、信長が何に怒っているのかわからなかったと思います。ちょっと常軌を逸した信長ですが、さらに光秀を足蹴にして、倒れた光秀の体に足をのせたまま足を押し付けたのです。
「織田殿。もうそのあたりで」と止めに入ったのが徳川家康でした。この直後、光秀は家康にお茶を点てます。光秀は意味ありげに家康にこう話しかけるのです。
光秀「まこと、上様についていくおつもりですか? ご嫡男信康さまを自害させ、ご正室を殺さねばならなかった恨み、いまだお忘れではありますまい」
家康は、「今宵のこと、決して他言いたしません」と光秀の問いに答えることはありませんでした。
光秀の屈辱
備中高松城で毛利方の清水宗治と対峙している秀吉は、出陣要請の書状を安土に送ります。
信長「光秀、備中へいって猿を手伝え」
光秀「わたくしがでございますか?」
信長「そうだ。不服か?」
光秀「いえ」
ナレーションが解説します。
「明智光秀にとって秀吉の配下に置かれることは大きな屈辱でございました。光秀が主信長に刃を向ける本能寺の変まであと15日のことでございました」
信長と上杉謙信との対話
上杉景勝のもとに、明智光秀から書状が届き、兼続が光秀の謀反を察します。場面は京に転じます。鶴見辰吾さん演じる明智光秀が甲冑姿で、「時は今なり。敵は本能寺にあり」と全軍に下知します。
1万を超える兵に囲まれた本能寺では、「敵の旗印は水色桔梗。明智殿ご謀反」と小姓が信長に告げます。数秒あって信長が、「是非に及ばず」と「本能寺定番」の台詞を発します。
ここで突然、「信長様。明智様が」といいながら登場してきたのが、長澤まさみさん演じる初音です。本能寺の変に際して、架空の人物が信長の側にいるのは、1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』での祈祷師加納随天(演・平幹二朗)以来のことです。濃姫ではなく、初音という設定なのです。
「お逃げ下さい」という初音に「信長の夢、お前が見届けよ」と信長が語りかけます。
信長「天下の夢か。はかないまたたきであった」
初音は合戦にも参戦して、明智兵を殺害するなど活躍します。信長は弓で応戦しますが、敵兵の射た矢が右肩に矢が刺さります。奥の間に向かった信長ですが、突然、信長は謙信の行場のような洞窟内にいる幻想の中に陥った状態になります。信長の目の前に、上杉謙信(演・阿部寛)の「亡霊」が現れ、問答を交わします。
信長「謙信入道か」
謙信「いかにも」
信長「ふっ。一度会うてみたいと思うておった」
謙信「天・地・人。天の時、地の利、人の和。その三つを合わせ持つ者こそ、天下を治めるに値する」
信長「時はいつも俺に味方した」「地の利も我がものであった」「……人か?」
謙信「人の心をないがしろにした。人の心は、力で動かすことはできぬ」
信長「きれいごとではこの世は治らん。ぶちやぶる力なくして何ができる。それが悪だというなら、俺は喜んでその道を選ぶわ。信じるは己のみ」
謙信「さても哀しき男よ」
信長「であろう」
激しい炎の中に座する信長。そして、その瞬間、本能寺が爆発し、炎が激しく天上を揺らします。
「享年四十九。奇しくも謙信が死んだ年齢と同じでございました」
ナレーションが切なく響きます 。
本作では、本能寺の変での信長の最期の場面に上杉謙信の「亡霊?」が現れるという演出がとられました。2002年の『利家とまつ 加賀百万石物語』では、信長の最期に遠く離れたところにいた前田利家に言葉をかける場面が描かれましたが、さらにバージョンアップした形です。この流れは、2011年の『江 姫たちの戦国』の本能寺で、信長の眼前に当時9歳だった姪の江(演・上野樹里)が現れるに至ってピークに達するのです。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











