2019年に樽詰めしたミズナラカスクのブレンド用サンプル。ミズナラ由来の特徴として、赤みを帯びた琥珀色が表れている。

ありがたいことにジャパニーズウイスキーが世界で好評をいただいています。そんな中、日本の木樽「ミズナラカスク」が注目を浴びているのをご存知でしょうか。今回は、この大変個性的で魅力的な木樽についてお話しいたします。

肥土伊知郎(あくと・いちろう)1965年、埼玉県生まれ。東京農業大学醸造科学科卒業後、サントリー入社。2004年に、「イチローズモルト」で知られるベンチャーウイスキーを設立。現在の日本のクラフトウイスキーブームの魁となった。

樽熟成はウイスキーの神秘

秩父蒸溜所のブレンダー室に並ぶサンプル小瓶。現在、全部で3万樽のウイスキーを所有している。
ラベルには、採取した日付、ナンバリング、蒸留所名、樽詰め年、樽の大きさ、木材、何度目の樽詰めかなどを記載。

まずはウイスキーの製造工程を簡単にお話ししましょう。ウイスキーは麦芽を粉砕して水と合わせて発酵させ蒸留して造ります。この原酒はまだ無色透明で、「ニュースピリッツ」などと呼ばれます。

ここまでにかかる期間は大体1週間。大麦を麦芽にするモルティングから数えても2週間ほどです。でも、樽に入ってから少なくとも3年以上、場合によっては10年、30年もの製造期間がかかります。時間軸でいうと、ウイスキーは実に99%を樽の中で過ごしているわけです。

看板の「cooperage(クーパレッジ)」とは樽工場のこと。樽の修理も行なう。
ベンチャーウイスキーは2018年に樽工場を設立。肥土さんが強い思いを寄せるミズナラの樽作りを、原木の買い付けから手がけている。

では、樽の中で何が起きているのか。この工程こそ、ウイスキーの非常におもしろいところなんですね。大きく分けて、4つの化学変化が起きています。

ひとつ目は蒸散。原酒にある刺激臭などがここで和らぎます。次に、樽からの抽出物によって琥珀色に変化し、木由来の香りが加わる。さらに、熟成の過程で当初はなかった香りも生まれます。最後に、アルコール成分と水がなじみ、まろやかな口当たりになる。

科学的に証明されていることもありますが、この4つの現象を人工的にコントロールしようとしても、なかなかうまくいきません。極端な話、木のチップを加熱して原酒に浸しても色は付きますが、熟成感は出ません。ですから、時間というものが織りなす味わい、それがウイスキーならではの一番の魅力であり、神秘だと私は思うのです。

特に2018年から自社で樽作りを始め、原木の調達から手がけるようになってからは、これは本当に大自然からいただいたおいしさなんだと身に沁みて実感するようになりました。

ウイスキー樽の木材は、さまざまな種類のオーク( 楢〈なら〉)です。その木そのものが大きく育つまでの時間もあれば、樽になるまでの時間もある。例えば、日本のミズナラには樹齢が150年、200年という木もあります。

北海道の銘木市で競り落としたミズナラ原木。ねじれながら生長する特性を持つため、原木選びが樽の品質を大きく左右する。
木の道管に沿って割った瞬間、甘くスパイシーな香りが弾けた。
厚い木板に整え、頑丈な樽に仕上げていく。

樽にはそれぞれの個性がある

ウイスキーに使われる樽には新樽もありますが、主流となるのは、他のお酒を熟成させた後の空き樽、つまり古樽が使われます。新樽、古樽ともに、樽は「カスク」と呼ばれます。

伝統的によく使われてきたのは、大きく分けてバーボンカスクとシェリーカスク。ざっくりいえば、華やかで軽やかなのがバーボン、干し葡萄のような濃厚な甘さをもたらすのがシェリーです。

もちろん、樽の大きさや熟成年数などによっても風味は変わります。さらに、樽は何度も繰り返し使うため、何度目の使用かによっても仕上がりは異なります。

また、「カスクフィニッシュ」といって、仕上げに違う種類の樽に短期間だけ移し替え、複雑さや個性的なフレーバーを与える手法もあります。ラム、ポートワイン、赤ワイン、梅酒。クラフトビールのIPA樽を使ったときには、グレープフルーツのようなジューシーな味わいが出たんですよ。

ミズナラの魅力に取り憑かれた

樽工場責任者の宮澤一揮さん(中央)は、スペインでの研修も経験。18〜25歳の若い力を結集してよりよい樽作りに邁進。

しかし、私にとって唯一無二の樽といえば、やはりミズナラカスクです。ベンチャーウイスキーを立ち上げる少し前、2004年頃のことでしょうか。40年もののミズナラ熟成のウイスキーを飲んだことがあります。

もう本当に驚きました。ウイスキーとしてのおいしさはもちろん、伽羅や白檀のような高級なお香のフレーバーが、その中にあったのです。おいしくて、しかも強烈な個性がある、一回飲んだら忘れられない味。もしこんなものが造れたら、最高のウイスキー人生になる。そんな思いをそのときに抱いてしまった。

そのため、自社の樽工場で作る樽も、ほぼ100%がミズナラの新樽です。新樽は木のタンニンがそのまま残っているため、“樽負け”するといわれることもありますが、それを超えて熟成させていくと、樽負けが樽負けじゃなくなるときがくる。私はそう考えています。

初期はタンニンがバラバラに浮遊していて刺激を感じやすい状態ですが、長期間熟成させることでクラスター(集合体)構造を形成し、刺激が和らいでいく。これはワインでよく知られた現象ですが、ウイスキーの熟成においても間違いなく起きると感じています。

本当のミズナラの真価、かつて衝撃を受けたあの40年熟成のような圧倒的な香りは、時間をかけてこそ表れるものではないか。

私の夢は、秩父の30年もののウイスキーを飲むことです。もうすでに17年ものが眠っており、今はちょうど折り返しを過ぎたところなのです。私はミズナラに取り憑かれて、今もそれを追い続けているのだと思います。(談)

モルト原酒をブレンドした「リーフラベル・シリーズ」。左から、赤ワイン樽で熟成した「ワインウッドリザーブ」700ml 46度、8800円(以下同)。ミズナラ樽で後熟した「MWR(ミズナラウッドリザーブ)」。2つの秩父蒸溜所の原酒がひとつになった「ダブルディスティラリーズ」。

取材・文/渡辺菜々緒 撮影/鈴木泰介

※2026年サライ3月号より

3月号大特集は『ジャパニーズウイスキーを極める』

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2026年
6月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

市毛良枝『百歳の景色見たいと母は言い』

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店