
ありがたいことにジャパニーズウイスキーが世界で好評をいただいています。そんな中、日本の木樽「ミズナラカスク」が注目を浴びているのをご存知でしょうか。今回は、この大変個性的で魅力的な木樽についてお話しいたします。

樽熟成はウイスキーの神秘


まずはウイスキーの製造工程を簡単にお話ししましょう。ウイスキーは麦芽を粉砕して水と合わせて発酵させ蒸留して造ります。この原酒はまだ無色透明で、「ニュースピリッツ」などと呼ばれます。
ここまでにかかる期間は大体1週間。大麦を麦芽にするモルティングから数えても2週間ほどです。でも、樽に入ってから少なくとも3年以上、場合によっては10年、30年もの製造期間がかかります。時間軸でいうと、ウイスキーは実に99%を樽の中で過ごしているわけです。


では、樽の中で何が起きているのか。この工程こそ、ウイスキーの非常におもしろいところなんですね。大きく分けて、4つの化学変化が起きています。
ひとつ目は蒸散。原酒にある刺激臭などがここで和らぎます。次に、樽からの抽出物によって琥珀色に変化し、木由来の香りが加わる。さらに、熟成の過程で当初はなかった香りも生まれます。最後に、アルコール成分と水がなじみ、まろやかな口当たりになる。
科学的に証明されていることもありますが、この4つの現象を人工的にコントロールしようとしても、なかなかうまくいきません。極端な話、木のチップを加熱して原酒に浸しても色は付きますが、熟成感は出ません。ですから、時間というものが織りなす味わい、それがウイスキーならではの一番の魅力であり、神秘だと私は思うのです。
特に2018年から自社で樽作りを始め、原木の調達から手がけるようになってからは、これは本当に大自然からいただいたおいしさなんだと身に沁みて実感するようになりました。
ウイスキー樽の木材は、さまざまな種類のオーク( 楢〈なら〉)です。その木そのものが大きく育つまでの時間もあれば、樽になるまでの時間もある。例えば、日本のミズナラには樹齢が150年、200年という木もあります。



樽にはそれぞれの個性がある
ウイスキーに使われる樽には新樽もありますが、主流となるのは、他のお酒を熟成させた後の空き樽、つまり古樽が使われます。新樽、古樽ともに、樽は「カスク」と呼ばれます。
伝統的によく使われてきたのは、大きく分けてバーボンカスクとシェリーカスク。ざっくりいえば、華やかで軽やかなのがバーボン、干し葡萄のような濃厚な甘さをもたらすのがシェリーです。
もちろん、樽の大きさや熟成年数などによっても風味は変わります。さらに、樽は何度も繰り返し使うため、何度目の使用かによっても仕上がりは異なります。
また、「カスクフィニッシュ」といって、仕上げに違う種類の樽に短期間だけ移し替え、複雑さや個性的なフレーバーを与える手法もあります。ラム、ポートワイン、赤ワイン、梅酒。クラフトビールのIPA樽を使ったときには、グレープフルーツのようなジューシーな味わいが出たんですよ。
ミズナラの魅力に取り憑かれた

しかし、私にとって唯一無二の樽といえば、やはりミズナラカスクです。ベンチャーウイスキーを立ち上げる少し前、2004年頃のことでしょうか。40年もののミズナラ熟成のウイスキーを飲んだことがあります。
もう本当に驚きました。ウイスキーとしてのおいしさはもちろん、伽羅や白檀のような高級なお香のフレーバーが、その中にあったのです。おいしくて、しかも強烈な個性がある、一回飲んだら忘れられない味。もしこんなものが造れたら、最高のウイスキー人生になる。そんな思いをそのときに抱いてしまった。
そのため、自社の樽工場で作る樽も、ほぼ100%がミズナラの新樽です。新樽は木のタンニンがそのまま残っているため、“樽負け”するといわれることもありますが、それを超えて熟成させていくと、樽負けが樽負けじゃなくなるときがくる。私はそう考えています。
初期はタンニンがバラバラに浮遊していて刺激を感じやすい状態ですが、長期間熟成させることでクラスター(集合体)構造を形成し、刺激が和らいでいく。これはワインでよく知られた現象ですが、ウイスキーの熟成においても間違いなく起きると感じています。
本当のミズナラの真価、かつて衝撃を受けたあの40年熟成のような圧倒的な香りは、時間をかけてこそ表れるものではないか。
私の夢は、秩父の30年もののウイスキーを飲むことです。もうすでに17年ものが眠っており、今はちょうど折り返しを過ぎたところなのです。私はミズナラに取り憑かれて、今もそれを追い続けているのだと思います。(談)

取材・文/渡辺菜々緒 撮影/鈴木泰介
※2026年サライ3月号より












