文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)

ロサンゼルスを中心とする都市圏は「クルマ社会」として知られてきたが、近年は公共交通機関を見直そうとする動きが活発になってきている。近郊のオレンジ郡で建設が進む新交通システム「OC Streetcar」もそのひとつである。

オレンジ郡交通局(OCTA)が建設を進める現代型路面電車で、郡の政治行政の中心部であるサンタアナから、アジア系移民の多い街として知られるガーデングローブまでを結ぶ。全長は約4.1マイル(約6.5キロ)、停車場は10か所。2026年後半の開業へ向け最終テスト段階に入りつつある。

これは単なる新しい公共交通機関の話ではない。約1世紀前に失われた都市交通文化を、現代の技術でよみがえらせる試みでもある。そして、その短い距離のなかにオレンジ郡の多文化的な表情が凝縮されていることから、新たな観光資源になることも期待されている。

5月上旬に、この建設中のルートを車でたどってみた。起点となるサンタアナ駅は長距離鉄道『Amtrak』、地域鉄道『Metrolink』、そして長距離バス『Greyhound』が発着する複合ターミナルだ。駅前広場の向かい側にOC Streetcarの停車場が建設中だった。

サンタアナ駅舎。
サンタアナ駅前広場の停車場。

停車場から続く道路の真ん中に線路が引かれ、上空には送電線が張られている。この日は路面電車そのものを見ることはなかったが、すでにテスト用の車両が時折走っているらしい。

開通後は10~15分ごとに運行し、最大で211人の乗客を運ぶということだ。運賃は未発表だが、市バス代と似た金額が見込まれている。

サンタアナはオレンジ郡の行政中心地である。ダウンタウンには郡庁舎や郡裁判所といった建物が集中する地域がある。それと同時にロサンゼルス近郊でも特にラテン文化の色彩が濃い街でもある。スペイン語の看板が並ぶタコス店やメキシコ料理店が軒を連ね、ストリートアートも盛んだ。

サンタアナ駅前の交差点を横切る線路。
サンタアナ中心部の旧オレンジ郡裁判所。現在は博物館になっている。

サンタアナを抜けてしばらくすると、街の雰囲気は少しずつ変わっていく。やがてベトナム系、中国系、韓国系などアジア系コミュニティの商店やレストランが目立ち始める。終点のガーデングローブ市には新しい韓国人街があるし、隣のウェストミンスター市には全米最大級のベトナム系コミュニティ「リトルサイゴン」がある。

路面電車の魅力は、単に人を運ぶ効率性だけではない。街との距離感にある。地下鉄ほど閉鎖的ではなく、バスほど慌ただしくもない。車窓から街並みを眺め、人々の生活を感じながら移動する。速度が少し遅いからこそ、都市の細部が見えてくる。

フリーウェイを高速で走り抜けるだけでは見えにくかった地域の細部を、路面電車という低速の移動手段が可視化してくれるに違いない。

旧オレンジ郡裁判所前の停車場。
サンタアナ市内ダウンタウン。

都市に路面電車を走らせるというアイデア自体は新奇なものではない。アメリカ西海岸の他都市にも路面電車やライトレールは存在する。サンフランシスコには歴史的なケーブルカーや路面電車が残っているし、サクラメント、サンディエゴ、シアトル、ポートランドなどでも市中の道路に線路が走っている。日本でも似た例が多いことは周知のとおりだ。

しかし、OC Streetcarは一度ほぼ完全に消滅した路面電車文化を約1世紀ぶりに復活させようとしている点において、その歴史的意味が他都市とは少し異なる。新しい交通機関であると同時に、「失われた都市の記憶」を再生するプロジェクトでもあるのだ。

20世紀初頭のロサンゼルス一帯にはPacific Electric Railway、通称「レッドカー」が巨大な交通網を作り上げていた。最盛期にはロサンゼルスを中心に1600キロ以上もの路線を張り巡らせ、オレンジ郡やロングビーチ方面まで赤い路面電車が走っていたということだ。現在はクルマ社会になってしまっているロサンゼルス一帯は、かつては全米有数の「路面電車の地域」だったのである。

しかし第二次世界大戦後、急速なモータリゼーションが始まる。高速道路建設、自家用車の普及、郊外型住宅地の拡大によって、路面電車は次第に役割を失っていった。オレンジ郡の路線も1930年代に廃止され、その後は「車なしでは暮らせない地域」として発展していく。

OC StreetcarはかつてのPacific Electric Railway路線のひとつとほぼ同じルートを走る。初期の工事にはアスファルトの下に埋もれていた線路を掘り起こす作業も含まれていた。

工事は2018年に始まり、当初は2021年開業予定だった。しかし、パンデミックによる工事停止、地下の未確認埋設物、汚染土壌の処理、人骨発見による調査、建設訴訟など複数の問題が重なり、開業予定は2024年、2025年、そして2026年へとなし崩し的に延期されてきた。

建設費も当初計画から大きく膨らんだ。2018年前後には約3億〜4億ドル規模とされていた事業費は、2022年には約5億900万ドル、2024年には約5億7900万ドル、そして現在は約6億4900万ドルに達している。

公共工事の進捗が予定より遅れることも、予算が超過することも、けっして珍しいことではないが、その度合いがいささか過ぎるようでもある。

一部報道では2026年内の開業すらも危ぶむ声がある。ルートを車で走らせてみた筆者も同じ感想を抱いている。何しろ、まだ全ルートのうち3分の1くらいは工事中で通行止めになっているのだから。本当にあと半年以内に完成するのかについては疑問視せざるをえない。

8年以上にも及ぶ長期工事の影響は沿線地域の経済や地元住民の生活にも及んでいる。サンタアナ中心部では道路封鎖や駐車場減少が続き、客足低下に苦しむ商店主たちから不満の声も上がった。実際、地元では「本当に必要なのか」という議論が現在も続いている。公共交通拡充を歓迎する声がある一方、「バスで十分ではないか」「税金に見合う効果があるのか」という反対意見も多い。

2026年5月6日撮影。工事中による一部の道路閉鎖は続いていた。

だが、それでもなお、この計画が注目される理由が他にもある。OC Streetcarの車両は架線から給電を受ける電動式で、排ガスを出さず、騒音も比較的少ない。深刻な渋滞と環境負荷に直面する南カリフォルニアにおいて、持続可能な社会への転換を象徴する存在として期待されているのである。

スピードや利便性を追求する現代において、路面電車はそのトレンドに逆行しているように見えなくもない。はたして都市生活者と観光客に新しい移動手段として受け入れられるのか、あるいは無用の長物と化すのか。今後の展開を注意深く追っていきたい。開通した暁には、何はともあれ乗車してみるつもりだ。

文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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