「仕事から帰ると、もう何もしたくない」

そんなふうに思うことはありませんか?

「昔は好きだったことが、億劫で仕方がない」
「口には出さないが、心中ではいつも『めんどくさい』と感じている」

体も気力も、思うようについてこない。そんなとき、参考になるのが中医学の視点です。

中医学では「気・血・水(き・けつ・すい)」の三要素で体の巡りを捉えます。

「気」は生命エネルギー
「血」は全身に栄養を運ぶもの
「水」は体内の水分の巡り

この三つが過不足なくバランスよく巡っているとき、体は軽く、気力も充実しています。

本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国の伝統医学の知恵から、身体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。

今日は、お疲れを抱えた50代の男性が相談に訪れているようです。
ちょっと、覗いてみましょう。

【今日のお悩みカード】

相談者|54才/男性(会社員・管理職)
主な症状|何をするのも億劫。趣味のゴルフも楽しめず、無気力感がある。

「めんどくさい」のメカニズム

「病院に行くほどではないのですが、中医学ならこの無気力感に合う処方があるのではないかと思いまして…」

そう言って、うつむきながら相談者は話し始めました。

「休みの日にゴルフへ行く気も起きないし、好きな映画を観ようとしても、途中で寝てしまう。

最近、『風呂キャン界隈』という言葉を見かけますよね。お風呂に入りたくないわけじゃないけど、脱ぐのも、洗うのも、乾かすのも全部がしんどい…という。まさに自分も同じ感覚です。

若い人は、素直に言葉にできてうらやましい…」

志村先生は、朗らかに笑いながら言いました。

「『風呂キャン』、もちろん知ってますよ。中医学では、その状態を『気虚(ききょ)』と呼んでいます。生命エネルギーである『気』が不足している状態ですね」

相談者は力のない目で問い返します。

「『気』、ですか…。漠然としてますね」

志村先生は、静かに話し始めました。

「そうですね。でも、こう考えてみてください。生命活動を止めた直後の体と、眠っている人の体。物体としては同じ姿に見えますが、そこには決定的な違いがあります。これこそが、『気』です」

「なるほど…」

「目に見えませんが、『気』は確かに存在していて、体内の『血』と『水』を動かしています。

イメージとしては、スマートフォン(以下、スマホ)のバッテリーに近いかもしれません。スマホは開くたびに電力を消費するように、私たちも考え、動き、感情を働かせるたびに『気』を使っています。

十分な『気』の補充がないまま使い続けると、だんだん残量が減り、やがてデータセーバーも起動。そうなると、デバイスは無駄な電力消費を抑え、最低限の機能しか使わなくなりますよね。

今のあなたが感じている億劫さも、それと同じです。

『めんどくさい』は、傍からは怠惰に見えるかもしれませんが、そうではありません。体にとっては、これ以上の消耗を防ぐための、充電切れのサインなんです」

「元気」って、どこからくるの?

「では、その『元気』はどこで作られているのでしょうか?

中医学では胃腸、つまり、食べたものが源と考えます。食事を消化・吸収して『気』を生み出すことが、胃腸の大切な仕事です。

ところが、よく噛まずに食べたり、緊張した状態で食事をしたり、冷たい飲料の摂りすぎなどが重なると、胃腸の働きはいとも簡単に落ちてしまいます。

過労やストレスなど、日常的な消耗があるところに加えて『気』を作る力が落ちてしまえば、結果としていつも元気が足りない状態──『気虚』にますます陥ってしまいます」

志村先生は続けます。

「『気』が不足すると、まず現れるのが『億劫さ』です。痛みや発熱のようなわかりやすい症状ではなく、なんとなく感じる程度の事柄として表れます。

趣味が楽しくなくなる、
人との会話が面倒に感じる、
やるべきことを後回しにしたくなる…。

これらは、体がエネルギーを節約しようとしているサインなんです。

『加齢だから仕方ない』『気合が足りない』で片付けられがちですが、これが続くとご本人はじわじわと不安も感じます。

中医学では、そのような未病の段階からしっかり対処できますので、安心してくださいね」

今日からできる「気」の養生

「消耗が激しいときは、漢方の処方が早いこともありますが、まずは基本の養生から始めてみましょう」

そう言って、志村先生は具体的なアドバイスを始めました。

1. 胃腸を休める・整える

「まずは腹八分目、よく噛むことが基本です」

「…腹八分目、ですか」

どこか他人事のような相談者に、先生は問いかけます。

「そうです。でも、その前にちょっと試してみましょう。今、頭の中でこんがりと焼けたステーキを思い浮かべてみてください。じわっと唾液が出てくる感覚はありますか?」

相談者はしばらく考えてから、静かに首を振りました。

「…正直、あんまりないですね。そういえば最近、食事も『食べなきゃいけないから食べている』という感じです」

「それが、体からの正直な答えです」と志村先生は頷きます。

「胃腸が弱っているときは、どんなに良い食材を食べても、消化・吸収はできません。スタミナをつけようと焼き肉、レバー、うなぎなど、重いものを食べるのは逆効果なんです。

弱った胃腸にさらなる負担をかけ、エネルギーを消化に使い果たしてしまいます。今はそうした食事は控えましょう」

「え?」

相談者は、思わず聞き返しました。

「意識して、スタミナのつくものを食べるようにしているんですが…」

志村先生は力強く説明します。

「そのお気持ちはよくわかります。でも、食べ物を想像して、じわっと唾液が出ないときは、受け入れる体制が整っていません。今のあなたに食の養生としておすすめなのは、さつまいも、じゃがいも、山芋などの芋類、かぼちゃなどです」

「芋、ですか…」

相談者は、もの足りない様子です。そんな相談者に、先生は笑って言いました。

「地味に聞こえますよね。でも芋類は、胃腸が弱っているときでも負担が少なく、『気』を養ってくれる食材ですよ。

ただしこれも、料理が「美味しそう」と感じることができる胃腸の状態であることが前提です。芋類よりもさらに大切なのは、消化できる体をつくることです」

2. 睡眠

「『気』を回復させる最大の機会は、睡眠です。ご自分の心がけとして、少し早く就寝するだけで、体の回復力が変わります」

3. 湯舟に浸かる入浴

「さきほど、『風呂キャン』の話もありましたが、余力があれば湯舟に浸かると、よりぐっすり眠ることができます。

入浴で一度上がった深部体温が、その後、緩やかに下がることで自然な眠気が促されます。これは副交感神経が優位になるため、睡眠の質が高まるとも言われていますしね。

今日はお風呂にお湯を張り、首までゆっくり浸かってリラックスしてください」

自分の元気度を測るリトマス試験紙

「ところで、何か好きなことや、楽しみにしていることはありますか?」と志村先生が尋ねます。

「そうですね…。昔はゴルフが大好きで、週末が待ち遠しかった。でも最近は、誘われても断ることが増えています。あとは映画も。トム・クルーズの新作をいつも楽しみにしていたんですが…。もういくつも出ているのに、まだ観ていません。どうしても観る気にすら、ならなくて」

先生は明るい表情で答えました。

「そうですか。でもそれが、あなたにとっての心のリトマス試験紙です。好きなものへの意欲は、自分の元気度を正直に教えてくれているんですよ」

「なるほど…。じゃあ、楽しめなくなっているときは、要注意のサインだと考えればいいのか…」

相談者の表情に、ようやく納得の色が浮かびました。

「まさにその通りです。そして、きちんと養生して気力が満ちてくると、自然にゴルフのスイングを確認したくなったり、新作映画が気になったり、意欲が戻ってきます。

実際に体調が整って、『また推し活が楽しくなってきました』と報告してくださる方もいるんですよ。私も、ずいぶん励まされています」

おわりに

「トム・クルーズは60代になってもまだ、自分でスタントをこなしているそうです。自分も昔みたいにワクワクして、瑞々しい気持ちで映画を楽しみたいものだが…」

「胃腸が整えば、きっとまた映画館に出かける気力が湧いてきますよ」

志村先生は、力強く太鼓判を押しました。

「今日は、胃腸の働きを後押しする処方もお出ししましょう。養生と合わせて、まず一週間試してみてください」

相談者は、小さく頷きます。そして、ドアを開けて出ていく姿は、来たときより少しだけ、背筋が伸びているように見えました。

※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。

中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。

身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。

●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:CoCo美漢方神戸@cocobikobe0310
※ご相談のご予約はインスタグラムからお願いいたします。

●構成・文/もぱ(京都メディアライン)

 

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