小泉セツ&小泉八雲の夫婦がモデルとなった朝の連続テレビ小説『ばけばけ』が注目されています。実はその小泉夫妻と、明治の文豪・夏目漱石と妻・鏡子は、不思議と重なり合う縁で結ばれていた、というのをご存じでしょうか。

夏目漱石の研究家として知られ、『心を癒す漱石の手紙』などの著書を持つ、作家で雑誌編集記者の矢島裕紀彦さんによると、二人の文豪とその妻たちには奇縁と呼ぶしかないような不思議なつながりがあると言います。

多数の文献や手記を紐解きながら、二組の夫婦の知られざる素顔を全26回の連載にて紹介します。

第22回では、俳句を通して繋がった八雲と漱石のエピソードをご紹介します。二人の縁を深く結びつけたのは、八雲の松江時代の教え子・大谷正信でした。

文・矢島裕紀彦

芭蕉の名句を諳じていた八雲

明治29年(1896)4月11日、29歳の夏目漱石は宇品(広島)から門司(福岡)へ向かう汽船に乗っていた。松山中学を辞し、新たな勤務先である熊本五高へ赴任するためであった。松山からは高浜虚子と同道し、この前日、宮島に一泊した。宮島から一緒に宇品へ向かい、東京へ向かう虚子と、先刻、別れたばかりであった。

門司行きの船にしばらく揺られていると、漱石に話しかけてくる者があった。初対面のその人物は、なんと正岡子規門下の俳人・水落露石であった。漱石と露石は、互いにその奇遇に驚いた。

露石には従兄弟の武富瓦全という道連れがいて、九州行脚へ向かうところだった。漱石も加わり、その後、一緒に太宰府天満宮や久留米の水天宮、熊本市内を見物した。4月13日、露石は東京・根岸の子規へ手紙を書き送った。船の中での偶然の出逢いを報じた露石のその手紙の中に、漱石は自らの筆で「名乗りくる小さき春の夜舟かな」と一句を綴り込み、露石はそこに「京の桜の噂とぞなる」と書き添えた。

露石は大阪の老舗の小間物問屋の8代目。蛙が好きで「聴蛙亭」とも称し、自邸の庭の池にたくさんの蛙を飼い、それを題材に句会を開いたりしていた。それらの句を集めた私家版の句集を刊行したいと思い、この頃、準備を進めているところだった。子規の別号である「獺祭書屋主人」の序文(6月28日付書簡で送付)を得て、その一書『圭虫句集』が刊行されたのはこの数か月後。『漱石全集』に収録された水落露石宛て漱石書簡(明治29年9月18日付)に、一部文字不明のまま

過日は兼て御話しの△△集御恵投被下(くださり)ありがたく奉謝候

とあるのは、この『圭虫句集』を受け取った御礼ではないか。そんなふうにも推察できる。

露石は、翌年(明治30年)春には『続圭虫句集』を刊行。そこには河東碧梧桐の序文とともに、漱石の2句も掲載された。

「鳴く蛙なかぬ蛙とならびけり」

「大方はおなじ顔なる蛙かな」

漱石らしい飄逸味があふれている。

「圭虫」とは無論、蛙のこと。この2冊の『圭虫句集』が刊行される合間の明治30年(1897)1月、俳句文芸雑誌『ほとゝぎす』が創刊された。編集発行人は松山の柳原玉堂だったが、実質的な主宰者は正岡子規であった。20号まで松山で発行されたあと、明治31年(1898)11月から編集人は玉堂から虚子へと引き継がれ、発行場所も東京に移転、雑誌名も『ホトトギス』となった。

『ホトトギス』には、漱石も子規や虚子を通して多くの俳句を投稿した。後年、『吾輩は猫である』や『坊っちやん』といった小説の発表場所となったのも、『ホトトギス』だった。ちなみに、明治39年(1906)4月号に掲載された『坊っちやん』の自筆原稿は、同じ号に掲載された『吾輩は猫である』第10章の自筆原稿ともども、虚子の手から蒐集癖のある水落露石のもとに贈られた。露石が『ホトトギス』のため金銭的な支援を行なった謝礼の意味があったらしい。

『吾輩は猫である』(上・中・下)の復刻版(日本近代文学館刊)。

小泉八雲は、俳句にも深い興味と理解を示した。『小さな詩』(『霊の日本』所収)で俳句について論じ、次のように綴った。

日本の短詩の作者は、ちょうど日本の画家が、イメージとかムードとか、あるいは感情とか情緒をあらわすのに、ほんのひと筆かふた筆でそれを表そうと苦心するのと同じように、厳選した二、三のことばでもって、画家が意図したものと同じものを表現しようと苦心する。そして、この目的を達するためには、詩人も画家も、ともにひとしく、暗示力――この力だけに頼っている。

セツによれば、八雲は子供らの唄う歌を覚えて一緒に口ずさむように、俳句を覚え口に上(のぼ)したという。『思い出の記』でセツは語る。

発句を好みまして、これも沢山覚えていました。これにも少し節をつけて廊下などを歩きながら、歌うように申しました。自分でも作って芭蕉などと冗談いいながら私に聞かせました。どなたが送って下さいましたか『ホトトギス』を毎号頂いておりました。

明治31年(1898)にアメリカで出版された八雲の作品集『異国風物と回顧』の中に収められた一篇『蛙』も、そんな俳句への理解から生まれたものだった。篇中に八雲は書く。

古池や蛙とびこむ水の音

この句以降、蛙を題材にした句が無数に詠まれてきた。現代でも文人たちは、蛙についての句作を楽しんでいる。その中でも著名なのは、日本の文学界で「露石」という俳号で知られる若い俳人である。彼は、大阪にある自邸の庭の池に何百匹もの鳴き蛙を飼っている。そして、定期的に俳人仲間を自宅に招聘して、宴が終わるまでに各人が一句ずつ池の蛙を題材にして句作することを慣らわしにしている。ここで生まれた句を集めたものが、一八九七年の春に私家版の句集として刊行された。愛嬌のある蛙の絵が表紙を飾っているだけでなく、本文中にも挿入されている。

引用文中の「私家版の句集」は、前述の『続圭虫句集』に他ならない。漱石の2句も、八雲は味読していたことになる。

漱石が八雲に対して抱き続けていた、秘かな想い

『ホトトギス』や『圭虫句集』を八雲の手許に届けていたのは、大谷正信であろう。大谷は松江中学における八雲の教え子で、その後、京都三高と仙台二高で虚子や碧梧桐と同級生となり、次第に俳句に傾倒した。明治29年(1896)9月、東京帝国大学の英文科に入学。まさにこのとき、新任講師として小泉八雲が招聘され再会した。

大谷の生家は松江で酒造業を営む裕福な家だったが、父が酒造業を廃して新しい商売に手を出して失敗。家郷からの仕送りは途絶え、大谷は学資を自ら手当てする必要に迫られていた。そんな窮状を知った八雲は、大谷に同情した。八雲が進める執筆活動のため参考資料を集めて提供することを依頼し、報酬として月々一定の援助をすることを約した。

同じ頃、大谷は虚子や碧梧桐の紹介で新俳句運動を唱導する子規門に加わり、本格的に俳句の道に踏み出していた。『子規全集』には、早くも明治29年(1896)9月13日付で、子規から大谷正信(本郷区駒込西片町)への手紙が収録されている。大谷は、俳句に興味を持った八雲へ、さまざまな資料を届け解説を施すには最適の門下生だった。

なお、八雲のこの作品集『異国風物と回顧』が、芭蕉の蛙の名句を英訳して紹介した最初らしい。その英訳文は、「Old pond-frogs jumping in-sound of water」。後年のサイデンステッカー訳の「The quiet pond/A frog leaps in,/The sound of the water.」より、日本人の感性としては素直に入ってくる気がする。大谷が収集し八雲に提供した資料は、他にも、『富士山』『昆虫の楽士』『死者の文学』(『異国風物と回顧』所収)、『香』『仏足石』『仏教に関する日本の話』(『霊の日本』所収)、『蝉』『日本の古い歌』(『影』所収)、『蜻蛉』(『日本雑記』所収)などの原稿作成に役立てられたという。

大谷の大学卒業に際し、八雲は大谷にわざわざ手紙を書き、

君は男らしく自己の学資を支払ったものであり、私に何らの恩義を負うところがない。

と記した。一方、大谷は後年、

大学の課程を了(お)ふるを得たのは全く先生の高恩の然らしむるところで、叩頭百万すと雖も感謝の意を表わし尽すべくもないのである。(『己がこと人のこと』)

と綴っている。

大谷はその後、さまざまな雑誌に健筆をふるい、自然と漱石とも交際するようになった。明治41年(1908)に英文学者として金沢四高に赴任した後も交流は続き、漱石から著書を献呈したり、大谷から金沢銘菓の「長生殿」を送ったりもしていた。上京して漱石山房を訪れた大谷夫妻を、漱石と鏡子が大いに歓待したこともあった。

大谷が2年間英国へ留学し、その思い出を随想録『滞英二年案山子日記』としてまとめ「故小泉八雲先生の霊に捧ぐ」という献辞を添えて上梓した際には、漱石は大谷に宛ててこんな手紙を書いている。

御送被下(おおくりくだされ)候「滞英二年」正に落手 御芳情万謝仕(つかまつり)候(略)巻頭の小泉先生へのデヂケーションは甚だ結構に候 いまだ日本の著書にて八雲先生に捧げたものは一つも無之(これなく)大いに嬉しく存候(大正2年1月10日付)

漱石が八雲に対し抱き続けていた秘かな尊敬の念が、手紙文中にあふれている。

大谷は大正10年(1921)、新設された広島高等学校の教授に就任した。折から第一書房から『小泉八雲全集』全17巻が刊行されることになり、大谷は精根込めてこの仕事に打ち込み、全体の3分の1に当たる3200ページ余りを執筆したという。

*  *  *

矢島裕紀彦(やじま・ゆきひこ)
1957年、東京都生まれ。早稲田大学政経学部卒。著書に『心を癒す漱石の手紙』『打つ 掛布雅之の野球花伝書』(以上、小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』『ウイスキー粋人列伝』(以上、文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(宝島社)『文士の逸品』(文藝春秋)『文士が愛した町を歩く』『鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾』(以上、NHK生活人新書)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ出版部)『あの人はどこで死んだか』(主婦の友社)ほか多数。漱石没後百年の2016年、サライ.jpで『日めくり漱石』を1年間連載。グランドセイコー広告の掌編小説シリーズ『時のモノ語り』で2018年度朝日広告賞朝日新聞特別賞受賞。https://atelier1328.com

(この連載を通しての主な参考文献)
『漱石全集』全28巻、別巻1(岩波書店、1993~1999年)/夏目鏡子述・松岡譲筆録『漱石の思い出』(文春文庫、1994年)/夏目伸六『父・夏目漱石』(文春文庫、1991年)/夏目伸六『父・漱石とその周辺』(芳賀書店、1967年)/高浜虚子『回想子規・漱石』(岩波文庫、2002年)/松岡陽子マックレイン『漱石夫妻 愛のかたち』(朝日新書、2007年)/荒正人『増補改訂漱石研究年表』(集英社、1984年)/江藤淳『漱石とその時代』第1部~5部(新潮新書、1970~1999年)/『新潮日本文学アルバム夏目漱石』(新潮社、1983年)/『別冊國文学 夏目漱石事典』(学燈社、1990年)/『夏目漱石の美術世界』(東京新聞、NHKプロモーション、2013年)/出久根達郎『漱石先生とスポーツ』(朝日新聞社、2000年)/江戸東京博物館・東北大学編『文豪・夏目漱石』(朝日新聞社、2007年)/平岡敏夫『「坊つちやん」の世界』(塙新書、1992年)/恒松郁生『漱石 個人主義へ』(雄山閣、2015年)/小泉節子、小泉一雄『小泉八雲 思い出の記 父「八雲」を憶う』(恒文社、1976年)/小泉八雲、平井呈一訳『日本瞥見記』上・下(恒文社、1975年)/小泉八雲、平井呈一訳『東の国から・心』(恒文社、1975年)/小泉八雲、平川祐弘編『怪談・奇談』(講談社学術文庫、1990年)/小泉八雲、池田雅之編訳『虫の音楽家』(ちくま文庫、2005年)/『明治文学全集48 小泉八雲集』(筑摩書房、1970年)/小泉時共編『文学アルバム小泉八雲』(恒文社、2000年)/小泉凡監修『小泉八雲、開かれた精神の航跡。』(小泉八雲記念館、2016年)/池田雅之監修『別冊太陽 小泉八雲』(平凡社、2022年)/池田雅之『小泉八雲』(角川ソフィア文庫、2021年)/田部隆次『小泉八雲』(北星社、1980年)/長谷川洋二『八雲の妻』(今井書店、2014年)/関田かをる『小泉八雲と早稲田大学』(恒文社、1999年)/梶谷泰之『へるん先生生活記』(恒文社、1998年)/池野誠『松江の小泉八雲』(山陰中央新報社、1980年)/工藤美代子『神々の国』(集英社、2003年)/工藤美代子『夢の途上』(集英社、1997年)/工藤美代子『聖霊の島』(集英社、1999年)/平川祐弘編『小泉八雲回想と研究』(講談社、1992年)/平川祐弘『世界の中のラフカディオ・ハーン』(河出書房新社、1994年)/熊本大学小泉八雲研究会『ラフカディオ・ハーン再考』(恒文社、1993年)/西川盛雄『ラフカディオ・ハーン』(九州大学出版会、2005年)/西成彦『ラフカディオ・ハーンの耳、語る女たち』(洛北出版、2024年)/池田雅之『日本の面影』(NHK出版、2016年)/ラフカディオ・ハーン『小泉八雲東大講義録』(KADOKAWA、2019年)/芦原伸『へるん先生の汽車旅行』(集英社インターナショナル、2014年)/嵐山光三郎『文人暴食』(新潮文庫、2006年)/河東碧梧桐『子規を語る』(岩波文庫、2002年)/『正岡子規の世界』(松山市立子規記念博物館、1994年)/『子規全集』18巻、19巻(講談社、1979年)/『志賀直哉全集』第8巻(岩波書店、1999年)/『芥川龍之介全集』第4巻(岩波書店、1996年)/瀬沼茂樹『評伝島崎藤村』(筑摩書房、1981年)/矢島裕紀彦『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫、2009年)/矢島裕紀彦『鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾』(NHK生活人新書、2003年)/矢島裕紀彦『文士が愛した町を歩く』(NHK生活人新書、2005年)/矢島裕紀彦『文士の逸品』(文春ネスコ、2001年)

 

ランキング

サライ最新号
2026年
4月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

市毛良枝『百歳の景色見たいと母は言い』

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店