文・写真/市川美奈子(海外書き人クラブ/台湾在住ライター)

台湾の南部に、高雄(たかお)という街がある。
台湾南部最大の都市であり、市内には台湾最大の国際港である「高雄港」を擁している。
かつては台湾南部の小さな村に過ぎなかったこの地は、1895年の下関条約で台湾が日本に割譲されてから、徐々に発展を遂げていった。
高雄の近代化を牽引したのが、この地に作られた「台湾製糖株式会社」だ。その台湾製糖株式会社の初代社長に就任したのが、国内初の製糖会社「日本精製糖株式会社」を設立した鈴木藤三郎(すずきとうざぶろう)である。
日本と台湾の双方で製糖業の礎を作った鈴木藤三郎は、どんな人生を送ったのだろうか。

鈴木藤三郎。(写真:森町教育委員会)

鈴木藤三郎は1855年に、遠江国周智郡森町村(現・静岡県周智郡森町)の古着商太田文四郎の次男として生まれた。4歳で菓子商の鈴木伊三郎の養子となり、12歳から菓子の行商を手伝うようになる。

1883年、藤三郎は足掛け7年かけて、氷砂糖の製法を独自に考案。弱冠28歳、若き発明家の誕生であった。藤三郎は翌年、地元の実業家の支援を受け、森町に氷砂糖工場を作っている。1889年には現在の江東区に「鈴木製糖所」を設立した。

1895年12月には国内初の製糖会社である「日本精製糖株式会社」を鈴木製糖所の後継会社として設立し、本格的に製糖事業を開始した。江戸時代には高級品として扱われていた砂糖が1890年代には一般家庭にまで普及したのは、ひとえに藤三郎による製糖事業のおかげといえるだろう。

日本精製糖株式会社を描いた絵。(写真:森町教育委員会)

藤三郎は日清戦争直後の1896年7月から1897年5月まで、1人で世界一周の旅に出ている。目的は国外の製法技術の視察と機械の買い付け。今から100年以上も前の時代に、通訳を伴わずたった1人で長期間海外に赴いたところに、藤三郎の度胸とチャレンジ精神が垣間見える。

帰国後、藤三郎は海外の見聞をもとに「糖業政策談」「日本糖業論」を発表し、国力を強くするためには製糖業が必要であることを力説した。これが井上馨らの目に留まり、藤三郎は「台湾製糖株式会社」の発起人のひとりとして、1900年に台湾へ向かうことになる。

藤三郎は工場建設に適した地を求めて、自らの足で台湾南部を歩いて回った。その範囲は、現在の台南市、高雄市、そして屏東県など広い範囲に及んでいる。

台湾のサトウキビ畑を視察中の鈴木藤三郎。(写真:森町教育委員会)

25日間に及んだ実地調査の結果、水が豊富で交通の利便性も良い現在の高雄市橋頭(チャオトウ)区に、台湾製糖株式会社の初の本格的な近代製糖工場である「橋仔頭(チャオズトウ)工場」が建設された。

在りし日の橋仔頭工場。(写真:森町教育委員会)

1902年に稼働したこの工場は、のちに「橋頭糖廠(チャオトウタンチャン)」に改名され、1999年まで現役の工場として稼働していた。

現在は工場の敷地全体が「台湾糖業博物館」という観光施設として一般開放されている。工場の中には歴史を感じさせる大掛かりな機械が当時のまま残されており、ちょっとしたタイムスリップ感が味わえる。

橋頭糖廠。1999年まで稼働していた。
当時使われていた機械が工場内に保存されている。

初代社長だった藤三郎は、工場を経営する傍ら、従業員の心の安寧にも気を配っていた。故郷を離れた日本人職員たちのために建てられた「黒銅等身聖観音」が、工場敷地内の社宅事務所の脇に佇んでいる。

社宅事務所。当時頻発していた抗日運動に耐えうる建物にするために、木造ではなく鉄筋コンクリート構造とされた。オランダのコロニアルスタイルが採用されている。
さまざまな願いが込められた黒胴等身聖観音。

工場が稼働しはじめたこの頃、台湾は抗日運動の真っ只中にあった。この像は、日本から派遣された社員を抗日運動から守るため、そして日本人社員が台湾の農民たちとの距離を縮められることを願って作られたと言われており、社宅事務所と並んで立っている。

日本統治時代、異国の地で最高責任者として企業を経営することは、並々ならぬ苦労があったことだろう。藤三郎自身もこの観音像に心を救われたことが多かったに違いない。

観音像は地域の守り神として今でも多くの人々に親しまれており、2022年に建立120周年を迎えた。奈良・薬師寺の東院堂に安置されている「聖観世音菩薩像」を模して作られたこの像は、今は静かに観光客を迎えている。

日本での自らの経験を活かし、台湾の近代化の礎を作った鈴木藤三郎。

そんな藤三郎の功績を称え、2024年11月16日から2025年5月27日まで、台湾糖業博物館内にある糖業歴史館で、鈴木藤三郎特別展が開催される。

この機会に、日本と台湾の発展に尽くした鈴木藤三郎の足跡を訪ねてはいかがだろうか。

台湾糖業博物館
高雄市橋頭區糖廠路24號
https://khh.travel/zh-tw/attractions/detail/211
台北からは高速鉄道で「左営駅」へ。「左営駅」から「橋頭糖廠駅」まで、高雄MRT紅線で13分。「橋頭糖廠駅」から徒歩3分で「台湾糖業博物館」に到着。
開館時間:9:00~16:30

文・写真/市川美奈子 (台湾在住ライター)
民間企業、外務省外郭団体などの勤務を経て、2023年4月から行政機関の職員として台湾に駐在。早稲田大学第一文学部卒。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)の会員。小学生の息子とともに、台湾で活躍した偉人たちの足跡を巡っている。

 

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