文・絵/牧野良幸

作家の森村誠一さんが7月に亡くなられた。90歳だった。そこで今回は森村誠一さん原作の映画を取り上げたい。『人間の証明』である。

森村誠一といえば思い出すのは角川文庫だ。1970年代後半に角川書店が大々的に行なった「森村誠一フェア」である。どこの書店でも文庫本コーナーに森村誠一の文庫が平積みされていた。そして角川映画。「読んでから見るか、見てから読むか」。本と映画を同時に売る角川商法は一世を風靡した。

『人間の証明』は『犬神家の一族』に続く角川映画の第2作である。公開は1977年(昭和52年)。

1977年、僕は大学二年生だった。その年の日本の配給収入ランキングを調べてみると、1位が洋画の『キングコング』(覚えていない……)。2位が高倉健主演の『八甲田山』。そして3位に『人間の証明』が入っている。

その下には野村芳太郎監督の『八つ墓村』や菅原文太主演の『トラック野郎』シリーズも、トップテンに入っている。斜陽と言われていた日本映画だけれど、結構がんばっていたんだなあと思う。意外なのはあれだけ熱狂した『ロッキー』が8位というところだ。ちょっと自分の感覚と違う。まあ若者の好みが日本人全体の好みと一致するわけはないから、このあたりが正当かもしれない。

でも当時洋画一辺倒だった僕でさえ『人間の証明』は見たのである。映画館まで足を運んだのだ。やはり圧倒的な宣伝量に影響されたのだろう。本が好きで毎日書店に立ち寄っていたから、「森村誠一フェア」のコーナーで知らず知らずに刷り込みをされていたのかもしれない。なにより宣伝がうまかった。

「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね」

当時、日本で暮らしていた人なら知らない人はいないキャッチコピーだ。あと

「ママ〜、ドゥ、ユ〜、リメンバ〜」

これもたいがいの人がメロディを口ずさめるだろう。主題歌はジョー山中の歌で大ヒットした。

そんなこんなで攻められたら誰でも映画が見たくなるのではないか。僕の場合、小説の方は読まなかったから角川商法の「見てから読む」にあてはまらず。「見ただけ」であるが。

前置きはこれくらいにして、映画の話に入ろう。監督は佐藤純彌。脚本は松山善三。

主演は当時人気上昇中の松田優作。男から見ても憧れの俳優だった。

そして日本映画の黄金期から活躍する岡田茉莉子。1955年(昭和30年)の成瀬巳喜男監督『浮雲』での人形のような美しさは今見ても息を呑む。小津映画ではきっぷのいい娘を演じていて、こちらはすがすがしい。

その岡田茉莉子もこの映画では40代となり風格がある。岡田茉莉子は若い頃に小津監督から野球選手に例えて「きみは1番打者」と言われたという話を読んだが、『人間の証明』では間違いなく4番打者だ(ちなみに小津監督がその時4番打者にあげたのは杉村春子だったという)。

岡田茉莉子のほかにも三船敏郎(特別出演)、鶴田浩二、長門裕之、ハナ肇らの名優が出演している。当時の角川映画は異端児あつかいされたと思うが、70年代は古い映画界の枠組みが崩れてきた時代だった。ちなみに配給は東映である。

一方、若手もたくさん出演している。松田優作のほかに岩城滉一、坂口良子、竹下景子、范文雀、西川峰子ら。テレビ世代を意識したようにも感じる。さらに音楽評論家の今野雄二や、映画監督の深作欣二、原作者の森村誠一まで端役で出演しているのだから、やりたいように映画を作る角川映画の本領が出ている。

ストーリーはよく知られたものだ。赤坂の高層ホテルのエレベーター。そこで混血の黒人が刺されて死ぬ。彼の名はジョニー・ヘイワード(ジョー山中)。

松田優作が演じる棟居(むねすえ)刑事らの捜査で、被害者はニューヨークから来日したことがわかる。遺留品には古びた麦わら帽子と『西條八十詩集』があった。「母さん、僕の麦わら帽子……」はその詩の一節だ。

事件の謎は映画の途中で誰の目にも明らかになるので、簡単にあらすじを書いても差し支えないだろう。

ジョニーには戦後の米軍占領下における出生の秘密があった。そこには岡田茉莉子が演じるファッションデザイナー八杉恭子が関わっていた。棟居刑事はニューヨークまで足を運び、真実を突き止めるというストーリーである。

映画館に入る時はサスペンス物を期待していたが、終わってみれば母と子のヒューマニズムを描いた映画で、見る前の想像とのギャップを面白く思った。

見る前の想像と違うといえば、麦わら帽子のシーンもそうだった。僕は麦わら帽子がUFOみたいに飛びながら、時間をかけて落ちていくだろうと想像していたのだが、映画ではくるくると回って勢いよく落ちていった。麦わら帽子の落ち方を気にした観客は僕くらいだったかもしれないが。

でも今回エッセイを書くためにDVDで見たら、結構ふわふわと落ちていくではないか。落ち方もいろいろあり何カットも撮ってある。これなら納得の落ち方である。どうして劇場で見た時に気づかなかったのだろうか。

角川映画は話題性があったゆえに先入観もあっただろう。映画は年月を経て見返すと印象が変わるものだが『人間の証明』も例外ではない。僕には「見てても、もう一度見る」というキャッチコピーが必要なようだ。

【今日の面白すぎる日本映画】
『人間の証明』
1977年
上映時間:133分
監督:佐藤純彌
脚本:松山善三
出演:松田優作、岡田茉莉子、夏八木勲、ジョージ・ケネディ、岩城滉一、范文雀、ジョー山中、ほか
音楽∶大野雄二
主題歌:ジョー山中「人間の証明のテーマ」

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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