よくよく考えてみますと、都会に住んでいる人たちにとって季節の変化は「感じ取るもの」から、情報によって「認知するもの」に変化しているように思います。特に春の訪れは、テレビや新聞、情報サイトなどから報じられる日本各地の開花だよりや春を呼ぶ行事からキャッチしているのではないでしょうか? 

ニュースで「偕楽園の梅が開花」とか「静岡で河津桜が見頃」などと聞けば、春を感じに出かけたくなる人も多いでしょう。

しかし、そんな春を知らせる情報とは関わりなく、冬眠をする動物や地中の虫たちは、微妙な気温の変化や日照時間が徐々に長くなるのを感じ取り活動を始めます。昔の人たちは、動植物たちの行動変化を参考に季節の移ろいを感じ取っていたのでしょう。

古来より日本人は二十四節気を定め、季節を区分してきました。一年を24に分けることで、月日の移ろいを感じ取ってきたのです。自然に触れる機会が減り、季節の変化を感じづらくなった今だからこそ、二十四節気を軸にすることで、季節を愛でる機会を持つことができるのではないでしょうか。

さて今回は、旧暦の第3番目の節気「啓蟄(けいちつ)」について下鴨神社京都学問所研究員である新木直安氏に紐解いていただきました。

啓蟄とは?|生命が土を押し開くころ

2026年の「啓蟄」は、【3月5日(木)】にあたります。「啓(けい)」は「戸を開くこと」、「蟄(ちつ)」とは「虫が土の中にこもること」を意味します。つまり「啓蟄」は、「冬ごもりをしていた虫が、暖かくなって地上に出てくる時期」という意です。

また、この頃に鳴る雷は、立春後初めて鳴るものを指して「初雷(はつらい、はつかみなり)」と呼びます。別名「虫出しの雷」です。雷鳴が虫を地上へ促すと考えられたことに由来します。

七十二候で感じる啓蟄の息吹

啓蟄の期間は、例年【3月6日ごろ〜3月20日ごろ】。七十二候ではこの時期をさらに三つに分け、自然の細やかな変化を映し出しています。

初候(3月6日〜10日頃)|蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)

土中にこもっていた虫が戸を開くように姿を現します。虫に限らず、さまざまな生き物が目覚め始めます。

次候(3月11日〜15日頃)|桃始笑(ももはじめてさく)

花が咲くことを昔は「笑う」と表現していました。桃のつぼみがほころび、花が咲き始める頃を指します。

末候(3月16日〜20日頃)|菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

青虫が蝶へと姿を変える意。変化と再生を象徴する言葉だといえます。

啓蟄を感じる和歌|言葉に映る啓蟄の情景

皆さま、こんにちは。絵本作家のまつしたゆうりです。そろそろこの花のことを思い出す季節かなと、今月は春気分いっぱいなこの歌をご紹介します。

春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子(をとめ) 
大伴家持(おおとものやかまち)『万葉集』4139 

《訳》春の庭園で、紅に輝く桃の花の下が照るような道に、立っている乙女よ。

《詠み人》この歌は、『万葉集』を編纂したと言われている大伴家持が詠んだ歌です。貴族で歌人でもある彼は、心の機微を自然に喩えた歌をたくさん残しています。

啓蟄
絵/まつしたゆうり

桃の開花期間は3月下旬〜4月上旬頃ということ、今はまだ早いかと思いますが、三月三日の桃の節句に合わせてひと足早く花屋の店頭を賑わし、家にも飾っておられる方がいらっしゃるかと思います。そんな桃の花を詠んだ歌はいくつかありますが、多くは「毛桃」と表記されたり「実が成る」ということに注目されています。

当時のお菓子といえば「お菓子」の字の中にも「果」の字が残っているように、主に果物でした。その中でも、大きめの実を付ける桃は特別な思い入れがあったはず。とはいえ現在の桃よりはだいぶ小さく、「毛桃」というだけあって産毛がたくさんあり、酸っぱさもあったよう。今のスモモに近い感じでしょうか。単に味だけではなく、『古事記』の物語にも「魔を払った」エピソードがあるように、邪気祓いの効果としてもポイントが高かったのでしょう。

けれどこの歌は、珍しく桃の「花」に注目して詠んでいる。「こんなに美しい花なんだから、歌にしたくなるのは当たり前だよね」と今の感覚では思いますが、当時は「誰も注目していなかった美しさに初めてスポットライトを当てた!」くらいの衝撃があったのかもしれません。

「これはこういうものだから」という固定観念って、ぜったい持ってしまいますよね。脳は身体の全体の30%ものエネルギーを使う臓器なので、できるだけ省エネをしたい仕様。そんなときに活躍するのが「これはこう」というラベリングです。

そうしてしまえば、自動的に処理されるので、いちいち「これはどういうことなんだろう?」と考える手間が省けます。そうやって空いたリソースで別のことが出来ているメリットはある。けれど一度ラベリングしてしまったばっかりに、見落としてしまっているものもたくさんあるのだと思います。

それは自分で付けたラベリングもあれば、他者が貼り付けたラベリングもある。そして他者から貼り付けられたラベリングを、自分でもそうだと思い込んで何度も貼り付けてしまうことも。そうやって、自分で自分を苦しくしたり、自分の周りのものを否定的に見たり、逆に肯定的に見すぎたり。それってなかなかひとりでは剥がせないものだと思います。

だからこそ、いろんな価値観に触れてみるって、とても大事なことなんです! 今は全世界と繋がり、多様な価値観に触れられるメリットもあれば、AIが自動で自分の価値観に合うものばかりをオススメしてきて、違う価値観に出会う機会が減るデメリットもあるでしょう。

「今までの私は選ばない」ものに出会ったとき、例えばそれを誰かがオススメしてくれたとき、少し、一歩を踏み出し冒険してみるのもいいのではと思うのです。

わたしもここ十年、着物ばかりを着ていましたが、勧められるままに「ぜったいに似合わない!」と思っていたふわふわワンピースを買ってみました。新しい服を纏う自分は、新しい価値観と出会えるのでは、とわくわくしています。

今まで無意識に、自動的にラベリングしているものを、一度棚卸しして見つめてみませんか? 毎日、身の回りのものひとつ、ペリリとシールを剝がす遊びをしてみたら、今ある物事が、新しい光できらめき出すかもしれません。

「啓蟄を感じる和歌」文/まつしたゆうり 

啓蟄に行われる行事|菰外しと春支度

啓蟄の頃に行われる風習のひとつが「菰外し(こもはずし)」です。冬のあいだ松の幹に巻かれていた菰を取り外す作業で、春の訪れを告げる風物詩でもあります。

「菰(こも)」とはイネ科植物で編んだむしろのこと。秋に松の幹へ巻きつけ、越冬する害虫を誘導し、啓蟄に取り外して焼却するという習わしでした。

近年では害虫駆除の効果は限定的とされますが、今では春を告げる景観として受け継がれています。実用から風物へ… 時代とともに意味が変化した行事の一例です。

啓蟄に見頃を迎える花|春の花がいよいよほころぶ

啓蟄の頃、花々も次々に咲き始めます。虫の目覚めとともに、植物もまた活動期へ入ります。淡い桃色や鮮やかな黄色が、春の光を受けて輝きます。

啓蟄の季節に咲く花といえば、桃です。日本で古くから栽培される桃は、この頃に淡紅色や白色、濃紅色の5枚の弁花を咲かせます。夏に実る肉厚な実が有名な桃ですが、花の観賞用の品種は「花桃(はなもも)」と呼ばれる種類。

桃の花は、その花の色から桜や梅と間違われやすいですが、花弁の先が尖っているのが特徴です。

菜の花

菜の花も春にまぶしい黄色の花を咲かせます。「菜の花」と聞くと、河川敷や畑などに広がる一面黄色いじゅうたんの光景を思い浮かべますが、「菜の花」という種類の植物があるわけではありません。

「菜の花」はアブラナ科の植物の総称のことです。そのため、アブラナ科アブラナ属であるキャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ザーサイなどの花は、すべて「菜の花」といえます。

菜の花

啓蟄の味覚|旬を味わい、季節を身体に取り込む

大地が目覚める頃、食材もまた春の顔を見せます。山菜のほろ苦さや、春告魚(はるつげうお)の旨みは、季節の変わり目を舌で感じさせてくれます。

山菜|わらび

古くは『万葉集』にも詠まれた山菜、わらび。若芽の部分を山菜として食用とし、白和え、酢味噌和え、くるみ和え、マヨネーズ和えなど、好みの味で楽しめる春の食材です。お浸しや和え物にすると、わらび本来のぬめりと春の風味を楽しめます。手軽に、そばやうどんのトッピングや、味噌汁の具にもおすすめです。

わらび

魚|鰊(にしん)

啓蟄の頃に美味しい魚は、鰊です。厳しい冬の寒さが過ぎた春に産卵魚が漁獲されたことから「春告魚」とも呼ばれます。春鰊は産卵時期に北海道西岸に来遊するもので、栄養をたっぷり蓄えており、熟した卵巣は「数の子」として親しまれています。

食べ方は、塩焼きや蒲焼き、煮付け、マリネなど様々です。また、身欠きや昆布巻き、丸干しといった加工品としても活用され、にしん漬けや塩辛、にしんそばなど、多様な食べ方をされます。

京菓子|わらび餅

万葉の時代から親しまれてきた山菜、わらび。『源氏物語』の「早蕨 (さわらび) の巻」で「君にとて あまたの春をつみしかば 常を忘れぬ初わらびなり」という歌が詠まれていることからもわかります。

「わらび餅」に使われるのは、山菜としての蕨ではなく、根っこから採れる「わらび粉」です。冬の寒い時期に根を掘り起こし、冷水で何度もさらして精製しますが、10kgの根から採れる粉はわずか数百グラムともいわれるほど貴重です。

本わらび粉を水に溶いて鍋で練り上げると、生地は透けるような琥珀色に。ほどよい弾力と、すっとほどける口溶けが生まれます。きな粉や餡(あん)と合わせれば、甘さは控えめでも余韻は深く、春の気配を静かに運んでくれる一品です。

わらび餅
写真提供/宝泉堂

まとめ

冬ごもりの虫たちが地中から這い出る頃を指す「啓蟄」。少し見慣れぬ漢字のため言葉のイメージを持ちづらいかもしれませんが「虫が出てくる頃」という意味を知れば、身近に感じられるのではないでしょうか。

一日ずつ春へと近づいていく日々。散歩をした際に周りを見渡せば、冬には感じられなかった虫や植物の息遣いが感じられるはずです。

●「和歌」部分執筆・絵/まつしたゆうり

絵本作家、イラストレーター。「心が旅する扉を描く」をテーマに柔らかで色彩豊かな作品を作る。共著『よみたい万葉集』(2015年/西日本出版社)、絵本『シマフクロウのかみさまがうたったはなし』(2014年/(公財)アイヌ文化財団)など。WEBサイト:https://www.yuuli.net/ インスタグラム:https://www.instagram.com/yuuli_official/

監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com 
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/菅原喜子(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook

 

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