取材・文/坂口鈴香

大島京子さん(仮名・52)の両親は住宅型有料老人ホームに入居している。ずっと面会はできていないが、タブレットでテレビ電話はできている。ところが、両親が楽しみに通っていたデイサービスや訪問リハビリが利用できなくなり、父親はとうとう歩行器なしには歩けなくなってしまったという。母親も認知機能の低下が顕著になっている。

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突然の出向命令。とても介護とは両立できなかった

両親の様子に胸を痛めながらも、大島さんは両親がホームに入っていてくれてよかったという思いもまたある。というのも、今年になって大島さんは通勤に1時間40分もかかる別会社に出向を命じられたのだ。非正規雇用なのにもかかわらず、だ。

「非正規雇用でも、『出向』は正規社員と同様に命じられるものなんですね……。釈然としません。実は異動願いはずっと出していたんです。両親の介護のため、実家に近い部署にです。それが今回命じられたのは近場どころか、それまでの勤務先よりもさらに遠い勤務地でした。しかも仕事は今までの業務とは全く畑違いの仕事です。おまけに実際に出向先に行ってみたところ勤務時間も延長されていました。それまでの上司からは、事前に一言の説明もありませんでした。出向先に伺った初日に、いきなり勤務条件変更契約書に署名を迫られて判明したんです。正直このまま出向先に通い続けられるかどうかもわからず、母の介護を抱えてなくてよかったとつくづく感じています」

というのも、大島さんには実家への通い介護で疲弊した経験があるからだ。父親が入院し、母親は認知症で介護サービスを拒否していた。母親の朝食と昼食を置いて出勤し、戻ると母親の失禁による大量の洗濯物と掃除をして、夕食を食べさせる。夜遅く自宅に戻って家事をすると、毎晩数時間しか寝れない。ギリギリのところで介護を続けていた大島さんに、母親のケアマネジャーは「あなたのやっていることは虐待です」と責めたという。1日の大半を“放置”されている母親のことを思っての言葉だったが、大島さんは激しく傷ついた。だから、両親がホームに入ってくれたことは、大島さんにとってはこの上ない僥倖だったのだ。

両親がホームに入居してからも、大島さんは母親の暴言でストレスがたまっている父親と食事に出かけたり、数日自宅で過ごさせたりしていた。ホームにいるからといって、大島さんの介護は終わったわけではなかった。

これまでの職場も決して介護に理解があったわけではなく、社内では窮屈な思いをすることも多かったという。

「昨年、介護休暇を申請しようとしたところ、上司から『ご両親はもうホームに入っているのに、なぜ休暇を取る必要があるんですか?』と言われて取得を認めてもらえなかったんです。本来、介護休暇は毎年取得できるはずです。でも上司からこう言われてしまうと反論してまで取得するのはためらわれます。有給を取りながら対応していくしかありませんでした」

それでも、まだ今の環境よりはマシだったと大島さんはため息をつく。

「出向先に飛ばされてもうすぐ1ヶ月経とうとしてますが、一緒に飛ばされたもう一人は、ずっと体調不良で休んだまま。出向辞令は3人だったのに、1人減り2人目も休み、私だけが出社し続けているという状態です。会社としては、いらない社員をバシバシ削って、容赦なく人件費を削っていきたいのでしょう。私が新卒の正社員として勤めた同じ業界では、その当時、新入社員一人ひとりに、先輩社員が本当に親身になって、業務の一つひとつを噛んで含めるように説明して、温かく育ててくださったことを思い出すにつけ哀しくなってしまいます。いつから日本の会社は人材を一から育てることよりも、戦力になるものを即戦力として雇っては使い捨てる方に舵を切ってしまったのでしょうね」

このコロナ禍で労働環境は改善していくどころか、いっそう悪化していくのだろう。超高齢化社会を支える働き手がこれほど疲弊しているのだから、高齢者がフレイルになることなどかまっていられないということなのかもしれない。

ケアマネジャーが言ったように大島さんの通い介護を「虐待」とするのなら、ガラス越しでの面会さえも禁止して外部との接触を一切遮断することも、親にとっては一種の「虐待」なのではないのか。

2階から飛び降りようとした入居者

そんなことを考えていたら、大島さんからさらに衝撃的な報告が届いた。

「先日父とテレビ電話をしていたら、父が『2階の入居者が窓から飛び降りをはかって、救急車で運ばれて行った』と言うんです。詳しい事情は分かりませんが、認知症の人が多く入居している施設なので、玄関は施錠されていて自由に外に出ることもできません。やはり鬱屈が溜まった結果なのかもしれませんね」

それでも大島さんは希望を捨てていない。先日、両親はコロナワクチンの1回目を打つことができた。

「ホームに提携している病院のお医者さんが来てくれたそうで、父は『ものすごく久しぶりに外部の人と話した』と喜んでいました。事前に『半袖の衣類を着ておくように』と施設スタッフから説明があったものの、いざ接種が始まったら入居者の半数以上が長袖だったそうで、もたつく人や裸にされる人が続出してものすごく時間がかかり、看護師さんもスタッフも苦労していたそうです。まあ、入居者の半数以上が認知症の施設ですからね。それでも父にとっては喜ばしいできごとだったようです」

それから、大島さんの仕事にも少し変化があった。会社で副業が認められ、大島さんも早速申請し認められたのだ。

「副業を営むにあたって、会社内では得られない外のビジネスに触れ、さまざまな刺激や気づきを得ることで本業に生かしてほしいとの狙いで、副業を認める方向に大きく方針転換したというのが表向きの理由ですが、実際のところはリストラじゃないかというのが、内部でのもっぱらの噂です。会社は副業を認めるのと同時に、週休3日、4日制を導入していて、当然お給料は従来の8割から6割に減ります。乱暴に言えば、給料が減った分、副業を認可してあげるから自分で稼ぎなさいよ、ということなのだと思います」

本音と建て前は、副業の内容も同様のようだ。

「笑っちゃうのが、単に『収入補填』を目的とした副業は認めないというんです。あくまで本業では得られないプラスアルファーのスキル獲得の手段として、副業を認めるんだと言うわけですが、しょせん綺麗事のお題目ですよ。『副業に収入補填以外の、何の目的があるんだよ!?』と、しがない非正規雇用の身としては声を大にして言いたいですね」

大島さんはそう嘆きながらも、週末にせっせと副業ブログの執筆にいそしんでいる。平日は遠距離通勤でヘトヘトになって「バタンキューです」と自嘲するが、バタンと転んでもただでは起きない精神は見習いたい。

老いも若きも、このコロナ禍をなんとか生き抜こう。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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