取材・文/沢木文

仕事、そして男としての引退を意識する“アラウンド還暦”の男性。本連載では、『不倫女子のリアル』(小学館新書)などの著書がある沢木文が、妻も子供もいる彼らの、秘めた恋を紹介する。

【その1はこちら

* * *

大山尚次さん(仮名・60歳)は結婚している30年間、“来るもの拒まず去るもの追わず”という考え方で、浮気を楽しんでいた。しかし、妻が乳がんであっという間に亡くなってしまってから、仕事も恋愛も、全くやる気が起きなくなった。

結婚している男がモテるのは、女房がいるから

「結婚している男がモテるのは、女房がいるからなんだよね。まず、着るものほか身につけるものなど、女房が身の回りをキレイにしてくれる。あとは、女房が家を守っていてくれるから、多少ハメを外すこともできるんじゃないかな。独身で女性と恋愛している男なんて、港がない船のようなものだ。俺が稼いだ金で買った家で一緒に暮らして、女房と一緒に庭の世話をして、互いにいい人生を過ごしている。その“自信”は大きいよ。でも男って勝手だから、キレイな女性が来ると、フラフラッとそっちに行っちゃう」

奥様が亡くなってから1年間、全く、そんな気持ちが起きなかったという。

「独身になって見事にモテなくなったからね。それに、こっちの気分も重くなった。独身になったのだから、相手の女性に責任を持たねばならない。結婚している方が浮気できるというのは、遊ぶだけでいいからなんだよ。向こうも俺を略奪して結婚して……なんて考えていないんだから」

それまで関係があった女性も、大山さんと目に見えて距離を置き始めた。

「SNSでブロックされた時は、寂しかったな。まあ、お互いに浮気相手だからね。俺の浮気はワンナイトだからさ。“高いワインとメシをオゴって、ホテルの部屋で会って、バイバイ”というのが流れ。また会いたいとかそういう気持ちはない。でも、女房が死んでから変わった。ささいなことを伝える相手がいないってすごく寂しいものだって。その“欠損感”で、生きているんだか、死んでいるんだかよくわからない生活だったよ。かろうじて会社に行っていたけれど、あのときは、不潔極まりないオヤジだった」

このままでは人生が終わってしまうと、大山さんが立ち上がったのは、鏡に映った自分を見てから。そこには禿げ上がったおでこと白髪、深いしわと青黒い顔色の汚いオヤジが映っていた。奥様の死後、23区内の自宅に、86歳の母親が家事の手伝いに来たときに「あんた、あたしと同じ年になるまであと26年は生きるんだよ。若いのにジジむさくて、おおイヤだ」と言われた。

「60歳って、老人ではないんですよね。まだ生きなくてはならない。それで、まずは歯の治療を徹底的にした。女房の死後1年、不摂生を続けて、虫歯と歯槽膿漏が悪化して壊滅的になってしまったのを、インプラントと入れ歯でキレイに整えた。歯がよくなると、食事が旨くなる。会食を積極的に入れて、外で食事をするようにした。それから、中高年向けの結婚相談所に登録して、“妻向き”の女性を紹介してもらうことにした」

「せっかくだから若い妻を」と希望した大山さんは、30~40代の女性を紹介される。しかし、その多くは金目当てだったという。

「それでもいいと思ったけれど、あからさまに金のことばかり聞かれてうんざりしてしまい、退会しました。年収や資産総額を聞かれるのはいいけれど、女房の保険金の額と使い道、息子への遺産配分なんかも聞かれたんだよね。まあ60歳の男の後妻に入るってことは介護要員になると考えられたかもしれない。とはいえ、あからさまに言われるといい気分ではないよね」

そんなとき、不動産投資などの資産運用の勉強会の後の、ワイン会で今の恋人と知り合う。大山さんがホレてしまったという。

「彼女はワインの輸入をする会社を持っていて、資産家のワインコレクションの手伝いをしている。ほっそりしていて華やかで美しい人だよ。数年前から面識だけはあったけれど、そんなに話をしていたわけではなかった。それに、彼女にはご主人がおり、恋愛対象ではなかった。しかし、そのときは、どんな風向きか、向うから話しかけてきて、ほぼ同じ時期に彼女のご主人が亡くなっていることがわかった。そして、いろんな話をするうちに、2人で食事をすることになったんだよね」

【彼女は50代後半だから、そういうこともわかってくれた。次ページに続きます】

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